2話 せんじゅ×みなかぜー01
「あら、茉莉さんではありませんか」
……確かに僕は茉莉だけれど。そんな呼びかけられ方をすると何と言うか、こう、くすぐったい。ここまで……お嬢様っぽい?……喋り方をする人と付き合った事が無かったからだろう、きっと。
僕は立ち止まると、呼ばれた方――右の方――を見た。相変わらず暑苦しそうな格好をした女性が立っていた。こちらを睨んでいるように一瞬見えたが、気のせいだろう。昨日も思ったが、千寿さんは少し目つきが悪い……否、きつい感じがする。
「ああどうも、こんにちは、千寿さん」
「はい、こんにちは。昨日は色々とご迷惑をお掛けしまして」
「いえ、そんな……」
そんな覚えは無い。散々迷惑を掛けられた覚えがあるのは鞘香さんの方だったりする。
「昨日はあれから皆さんにお会い出来たのですか?」
「……」
意図せず、少し言葉に詰まってしまう。意味はもちろん直ぐに理解できるのだが、いかんせん言葉遣いに慣れていなさすぎる。
「――ええ、はい。一応全員と会えました」
「そうですか。それは良かったですね」
「ええ、よかったです」
……どういう返しをしているんだ僕は。此処に来る前の事は知らない……というか思い出せないが、此処に来てから少なくとも一週間、主に栞と話をしていたので、どうも真っ直ぐな言葉が真っ直ぐに伝わらない。皮肉っぽく何かを言われるのに慣れたというか、言葉の裏を読み取ろうとしてしまうようになったというか。
まあともかく。大分捻くれてしまったようだ。……元からかもしれないけれど。というか多分元からだろう。元から僕はこういう性格なのだ。じゃなかったら、他人と喋りながらこんなにごちゃごちゃと考え事をしないだろう。
「あ!! お前は…………そうだ茉莉だ!!」
と、嫌でも覚えてしまった、僕があまり得意ではないだろうタイプの人間――あくまでも。あくまでも第一印象の話だが――で、僕や栞とはある意味正反対の人間の大きな声が割り込んできた。南風だった。
「……そうだよ」
そんなに勢いよく名前を呼ばれても……どういう風にリアクションを取ればいいのだろう。あいにく僕はそこまで社交的……ノリの良い人間ではないのだ。
「あら、南風さん、こんにちは」
「おう千寿!! ちっす!!」
千寿さんの独特な雰囲気にも呑まれず、というか彼自身がそれ以上の雰囲気を作り出しているのか。誰に対しても態度を変えないのは好ましい事だとは思うけれど、何故だろう、あんまり羨ましくはなかった。それはきっと偏見なのだろうけれど。