18話 コダマ
「どうも」
とそんなような。
それだけの言葉を発して、友好的なのかどうかよく分からない感じで、木霊さんが僕を見ていた。手を差し出す訳でもなく、そもそもそんなに僕と言う人間に対して関心が無いようだった。
否、というよりも、おおよそ全ての事物に対して関心が無いような――えらく失礼な感想だとは思う――感じを受けた。
もう一つ意外な事に――これも考え方によっては失礼だけれど――大分僕より年が上のように思えた。【此処】にはおよそ子供しかいないと思い込みかけていた僕にしてみれば、それは十分に意外な事だった。
ただ、存在に現実感がないというか、存在がそもそもおかしいというか、実際の年齢は計りかねた。少なくとも僕より十歳は上のように思えたが、それさえも曖昧なのだった。そう見えてしまうのは、【代償】の一種かもしれないので、聞くのは躊躇われたのだが。
「木霊君、もう少し愛想よくしたらどうだい? 初対面からそんな態度はよくないと思うよ」
栞が、他の人に対するのと変わらぬ態度で言う。
「失礼? それは違う。第一印象だけがいい人間の方がたちが悪い」
ぎろりと栞を見、その後僕もねめつける様に見て、木霊さんが言った。
「だからと言って、いきなり敵対する事もないだろう?」
「……誰に嫌われようと、問題ない」
木霊さんは、誰も寄せ付けないようなオーラを放っていた。良い言い方をすれば、一人が好きな人間なのだろう。悪い言い方をすれば、世界を見捨ててしまったような、そんな印象さえ受けた。
「君に問題がなくてもね――」
「誰にも問題なんてないだろう? 嫌なら私に関わらなければいい」
「……やれやれ」
と、栞は諦めたように溜め息を吐くと、僕に振り返って言った。
「とまあ、木霊君はこういう人間だ。はっきりと言ってしまえば、人間を嫌悪している」
栞の酷いものいいにも、木霊さんは眉一つ動かさない。早く出て行けと言わんばかりだ。
「……」
僕としても、手に持つブツの問題もあるし、上手いフォローの言葉も全く浮かばなかったので、大人しく栞に従おうとした。と、呼び止める様に木霊さんの声が聞こえた。
もっともその相手は、僕ではなく栞だったが。
「ちょっと待て、栞、今日は……やけに…………音が大きくないか?」
音? 何の事だろう? もしかして、【びてびか】の事がばれてしまったか? うう、何故僕がこんなにも肝を冷やさないといけないんだ? 確かに僕が悪いのだけれど、どうしてか理不尽に思えた。
「……昨日は……雨だったからね……」
それに対して、栞がよく分からない返答を返す。昨日は雨だっただろうか? よく覚えていない。というか、昨日までの一週間は、ほぼベッドの上で傷を癒すために過ごしたから、天気の事になど構っている余裕も無かった。
「そうか。……それにしても、大きすぎると思うんだが」
「……人と関わらなさ過ぎて、ついに耳までおかしくなってしまったんじゃないのかい? ……音はいつもと何も変わりはない」
「……ならいい」
「……」
結局、ほとんど会話らしい会話も無いまま、木霊さんとの初会談は終了した。