14話 びてびか
「ををいちょっと待ってよ茉莉君!!」
立ち去ろうとした僕達を、少しおかしな「お」の発音で呼び止めたのは、もちろん鞘香さんだった。
「? どうしたの?」
「つい時雨ちゃんと話すのに夢中になっちゃって忘れる所だった。これを渡しておいて欲しいんだけど」
と言いながら、抱えていた鉄の塊――どう贔屓目に見ても、それは単なる鉄の塊にしか見えなかった。
「……これを?」
「うん!!」
……いや、そんなに元気よく返事をされても。
というか、
「……これ……何?」
「何に見える?」
いや、鉄の塊にしか見えないから聞いてみたのだけれど。
「……鉄、の塊」
「に見える?」
「にしか見えない」
「をを、なら成功だよ!!」
「成功?」
「うん、それはねー、【びてびか】なんだ!!」
「びてびか?」
「うん」
……いや全然分からないし。今までの感じからいくと、名前を省略したものなのだろうくらいの予想は立つけれど、それでもどういう名前を省略したものなのかについては全く検討も付かなかった。
「……えーと、びてびかって?」
「だから、【微妙に鉄じみているビデオカメラ】だよ!!」
そんなにニコニコしながら言われても
……というかそれは、
「盗撮機じゃないか!!」
思わず件の【びてびか】とやらを落としそうになる。
「違うよ!!【びてびか】だよ!!」
違くないよ。名前は確かに【びてびか】なのかもしれないけれど、僕が言っているのはその機能の方な訳で。
「ちなみに……誰に頼まれたの?」
「ん? 千鶴子だけど?」
やっぱりか。 何となく納得してしまった。
「いやだよ。自分で渡せばいいじゃないか」
そんな微妙に犯罪的な事に手を貸したくないし。
「一回持って行ったんだけど「茉莉君から受け取りたい」って」
意味が分からない。渡す人によって何が変わるというんだろう。
「……」
「とにかく、頼んだからね、茉莉君」
言葉を失っている僕を置いて、鞘香さんは戻って行ってしまった。
栞が
「随分千鶴子君に気に入られてしまったみたいだねぇ」
と、少し笑みを浮かべながら――実際にはどうか分からないが、にやにやしているように見えた――言った。