11話 薄い女と塞ぐ女
やれやれだよ、本当に。
栞が何とか説得してくれたから良かったものの、危うく何も――かどうかは微妙ではあるが――悪くないのに殴られる、否、蹴られる所だった。あの興奮した様子からいくと、割りと本気の蹴りが来ていた事が予想されるので、僕は栞に感謝していた。
「悪かったな、まつり、だっけか? つい興奮しちまって」
「うんまあ、誤解が解けたんならよかったよ」
「俺は南風だ!! よろしくな!! もし時雨を泣かしたら蹴るからな!!」
その二つの言葉は並べていいようなものではないと思う。
笑顔で「蹴るからな」、とか言われてもなあ。
僕と軽い握手を交わし、南風は時雨の方に向かって行った。
それをしっかりと見送ってから、英知が僕に近寄って来て小声で言った。
「よお、酷い目にあったな。ああ、あってはいないのか。とにかくまあ何事もなくてよかったよ。それと――」
さらに小声になって続ける。
「――あいつのシスコンは本物だから、その部分だけは注意しとけよ。それ以外は大抵いい奴だから」
「……忠告ありがとう」
「君達、あまり南風君の近くでそういう態度を取らない方がいいよ」
「そういう態度?」
「小さな声で喋る事だよ。あらぬ誤解を招くからね」
あらぬ誤解? よく分からなかったが、そう言う栞の声も小さかった。
「まあそれは分かってるんだが、かといって大きな声で喋る訳にもいかねーだろ?」
「ふむ。確かに難しい問題ではあるね」
「ちょっと待ってくれ、あらぬ誤解とやらがやっぱり分からないんだけど」
「それは――」
栞が答えようとした所で、南風が割って入って来た。
「おいお前ら!! 何をこそこそしてるんだ? まさか時雨の悪口を言ってるんじゃないだろうな!!」
「――とまあこういう具合に。ちょっと被害妄想過多な所が彼の一番の欠点だろうね、きっと」
なるほど。なるほどなるほど。
「ちげーよ!! さっきの話の続きをしてたんだよ!! 何ならお前も加わるか?」
「さっきの話って何だ?」
「だから物語の終わり方についてだよ」
「ああそんな話もしていたな、よしちょっと待ってろ、時雨を部屋まで送って来るから」
と、こちらに来かけた――おそらくだが場合によっては蹴るつもりで――南風が、時雨さんの所に戻ろうと振り返り、足を止めた。
止めて、こちらに向き直り、「やっぱり今直ぐ話す事にするわ」と言った。
その背後では時雨さんと誰かが、かなり「普通」に話していた。
「をを、久しぶりだね、時雨ちゃん」
「……あ、鞘香ちゃん。……うん、久しぶり」
「どを? ちょっとは治った? 人が怖いの」
「……ううん、……まだ駄目みたい。…………ごめんね」
「謝る事ないよを。仕方ないじゃん。怖いものは怖いんだから」
「……うん、……ちょっとずつ頑張るよ」
「をを、その意気だよ。無理せずに頑張ればいいよ」
「……うん。……あ、そうだ。……あのね、鞘香ちゃん、この前の――」
話しているのは鞘香さんだった。そして何故かその手には、鉄の塊を持っていた。