9話 シグレ
改悪前の作品から読んでくれている人は直ぐに分かると思いますが、新キャラです。改悪版があまりにも元とずれているので(大筋はずれていませんが)、いっその事もっとぶらしてしまえ、という事で登場していただきました。もしかするとこの調子で(結果的に、バッドエンド的なハッピーエンドか、ハッピーエンドにみえるようなバッドエンドのどちらかにはなるでしょうが)アナザーエンドに到達するかもしれません。面白くなるように努力しますので、これからもよろしくお願いします。
「あれ?」
僕がそう言って立ち止まると、栞はどうした茉莉君、とでも言いたげな迷惑そうな目をして振り返る。
が、そんなどこか蔑むような目も――どうかしていると自分でも思うが――特に気にならなくなって来たので、そのままよく目を凝らす。何か人影が見えたような気がしたのだ。
「ん? はあん。茉莉君。君はなかなか目ざといね。というか、やっぱり君は何かおかしいんじゃないか? 是非とも君の【能力】を教えて欲しい所だ」
それは出来ない。
しないのではなく出来ない。
何故なら僕は、自分の【能力】も【代償】も、何故か綺麗さっぱり忘れてしまっているのだ。もしかすると、僕は【能力者】ではない可能性すらある。随分と薄そうな可能性ではあるが。
「それはまた……今度ね」
しかし僕はそう言ってお茶を濁す。今更ではあるし、自分の考えにも少し反するが、やはり僕は栞をいまいち信用し切れていないのかもしれない。
「その今度はいつ来るんだろうね」
その言い回しに、微妙に心を見透かされている心境になりつつも、少し影に近づいてみる。
「あ、茉莉君。あんまり近づかない方がいいよ」
「何で?」
と、もう一歩踏み出しながら言うと、答えは前方から控えめに帰って来た。
「……こ、こないで」
と。目茶苦茶怯えたような声で。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ、時雨君。彼は君をいじめたりしない」
「……本当に?」
「本当さ。私が君に嘘を付いた事があるかい?」
「……いっぱいある……けど」
「まあそうだね」
「あるのかよ!!」
「そりゃあるさ。私なんて体の半分は嘘で出来ているようなものだからね」
「それも嘘だろ? 君の冗談は分かりにくいし笑いにくいんだよ」
体の半分は水で出来ていますみたいに言うな。
「冗談ではないのだけれどね」
「ふぅん。それで時雨さん、だっけ。できればもう少しこっちに来てもらいたいんだけど」
「……いや。……来ないで」
うむう。何故こんなに怖がられているんだ。
「無理だよ。彼女は人間恐怖症なんだから」
さいですか。
何だか少しだけ疲れたので、心の中で溜め息をついた。
「だからさ、それがナンセンスだって言ってるんだよ俺は」
「意味が分からない。とりあえずナンセンスの意味が分からない」
「そっちかよ。いいか、ナンセンスっていうのは、無意味とかくだらないとか馬鹿げたとか言う意味だよ」
「そうか。でも何でそれがなんせんすなんだ?」
「気持ち悪い発音で言うなよ。だから、最初からハッピーエンドって分かってる物語に何の意味があるんだって言ってるんだよ」
後ろから、二人の男の声が聞こえてきた。
振り返って見ると、一人は英知のようだ。もう一人は……初めて見る顔だった。
「ふむ、ちょうどよかった南風君。時雨君をちょっと呼んでくれないか?」
その栞の呼びかけに対し、二人同時に僕を見つけ、
「おう茉莉、お前はハッピーエンドが決められている創作品についてどう思うよ?」
「そこのお前!! 時雨をいじめたら殴るくらいでは許さねえからな!!」
と片や陽気に、片や怒号交じりに声を掛けて来た。
僕はどちらに先に対処しようかなあ、と考えていた。