1章 世界の有り方 1話 栞の講義ー01
「その現象は始めは「病気」と判断されていたし、大体そんなようなものだと、大抵の人間が認識していた。「狐憑き」とか「イタコ」とか、そんなものの一種なのだ、とね。実際始めの内は、そのいわゆる「症状」も大した事なかった。
病気――まあ、実際そんなに単純に割り切れる問題ではないんだが、説明に便利だからここでは病気で統一するよ――に罹った人間は、特殊な【能力】を発現する。そう、巷で言われている、いわゆる超能力の類だね。この辺りの説明は本来君には不要な類かもしれないが、折角だ、説明することにするよ。それで問題なければ、だけれど。
ふん、そうかい? なら詳しく話そうか。
始めの数年の間は、くだらない【能力】ばかりだった。
やれ透視能力があるだの、やれ浮遊できるだの、そういったくだらない、いかにも想像力の乏しい人間の考えそうな能力だよ。
でね、――聞いているかい茉莉君。君が聞かせてくれと言ったのだから、そんな聞いているかどうかよく分からない態度を取られると心外だな。
いや、別に謝る必要はないのだけれどね。君がそのまま寝てしまいそうだったから、ちょっと言ってみただけだよ。
そういったこの【能力】騒ぎが始まる以前からあったような――テレビでよく胡散臭い特番が組まれるような――超【能力】だったんだよ。最初の頃は。
それが段々と、「事実は小説より奇なり」なんてバイロンも言っているように、とんでもない【能力】に目覚める人間が増え始めて来た。もっとも私なんかは否定的な人間だから、大抵の事は起こるべくして起こるのだから、そんな言葉は大抵の人間には当てはまらないと思うのだけど――ああ失礼。どうでもいい話だったね。話を元に戻そうか。
その後の政府の対応だけど、これはさすがに話さなくてもいいか。
……ん? まさか忘れているのかい? ……ふぅん。話す事については何も問題はないんだが。
……まあいいよ。話してあげよう。
始めはテレビなどで面白がられていた【能力】だけど、数が増えるにつれて段々扱いがぞんざいになって来た。つまり有り体に言えば、飽きたんだろうね。テレビなんて見なくても、探せば一つの町に一人や二人はいるんだから。珍しくも何とも無くなってしまった。それどころか、この頃には最初に言ったように、【能力】を持つ人間は「病気」に罹っていると見なされるようになって来た。しかし当然医者はこれを治せない。何の事はない。政府がそう定義しただけで、本当はこの【能力】という現象は、病気なんて簡単なものではとてもあり得ないのだから。
医者がさじを投げたと分かるや政府は――まぁ凄くありがちな話なんだけど――こんどは「病人」を隔離する事にした。
政府の認識はいつだってずれている。その時だって、それで全て解決できると考えていたんだ。政府の馬鹿な役人達は。
君もその身を持って体験してるだろうが、私達のこの【能力】は非常に多岐に渡る。何時誰がどのようなタイミングで発祥するのか。何が原因で人間にこのような【能力】を駆使する事が可能なのか、物理法則はどうなっているのか、治療する方法はあるのか、エトセエトセ。その他諸々《もろもろ》疑問は尽きないが、これらの問題のただ一つとして、政府も医者も正しく答えを見つけられていない。この国の無能さが垣間見えるようだね。
……ん? さっきから口が悪すぎるって?
……不快に感じたのなら謝るよ。でも直そうとは思っていないしこれからもきっと思わない。そういうものだと思ってくれ。
んん? 怪訝そうな顔をしているね。しかしね茉莉君。そういう人間だっているんだよ。誰に好かれても、はたまた誰からも好かれなくても、或いは嫌われてしまってもそれは別に構わないんだ。
人に嫌われないようにする労力というのは、君が思っているそれより、ずっとずっと大きかったりするんだよ、人によってはね。
……話を戻そうか。
政府はそれでも、一つの結論を出した。結論らしきものを捻り出した。それは成果とも言えない抽象的なものなんだけど、まぁ政府としても何らかの発表――少なくともそれらしき物――をしないと、格好が付かなかったんだろうね。
ほら、ここにその【能力】に関して、現在政府が定義したものの一部がある。いきなり全部渡すと訳が分からないだろうから、本当に必要な一部分だけ抜粋しておいた。後から目を通しておくといいよ。
こんないい加減なものを定義にするなんて、よっぽど政府も困っていたと見える。結局何も分かっていないくせに、いかにも分かった風に書くのだから、全くもって小賢しいね。
……ふむ。ざっと見た感じだけど、君の体には目立って特異な部分は無いようだね。ちなみに君は何を【代償】としているか、聞いてもいいかな?
言いたくないみたいだね。いや、何も気にする事はないよ。言いたくないのなら言う必要は皆無だ。
私だって自分の【能力】をひけらかすのはごめんだからね。
でもまあ、ここでは信用という物ががかなり大事でもあるからね、気が向いたらでいいから教えてくれると、私も嬉しいし、恐らく君の為にもなるだろう。
……ん? 私の【能力】かい?
……君は意外とムッツリなんだな。女性の秘密をそんなに気安く聞くものじゃないと、一般的に言われているのを知らないのかい?
信用ねぇ……ま、今は秘密にしておこうか。
話を続けるけれど、病人を隔離して、最初の一ヶ月は確かに上手く行っているように見えた。でも本当は全然上手くなんて行っていなかったんだ。
その理由は、大きく分けて二つある。
一つ目、病人の数が増えすぎて、収容する場所が足りなくなった事。取るに足らない些細な【能力】の者まで、政府は次から次へと考えなしに隔離していった。
その結果、その隔離は次第に魔女狩りの様相を帯びてきた。
人より少し劣っている、優れている。そんな人間までも病人として収容されていった。
二つ目、こちらの方により政府は辟易したようだ。
強い【能力】を持った者を閉じ込めておく事など、はなから不可能だということだ。各地で脱走事件が相次ぎ、隔離施設はその機能をまったく果たさなくなった。
分かりやすくする為にもいくつか例を挙げておくとするなら、
・【人の心を操る】力と引き換えに、【人間はもちろん、動物や植物、生き物全てに嫌われる】という【代償】を持った【能力者】は、看守を操って堂々と正門から脱走した。
・今渡した定義にも書かれているが、【通常の視力】を【代償】として失い、【視る】という事に特化した人間は、自分の【能力】に磨きをかけ、施設の警備の綻びを【視て】、真夜中に脱走した。
挙げだしたらキリがないが、様々な場所で、様々な方法で、脱走事件が起こった。
その結果、馬鹿な政府の隔離計画は見事に失敗しましたとさ、と」