7話 フォリス
「……さて、では、食堂の案内はまたにするか」
食堂とやらに着くなり、そう言って引き返そうとする栞。今までさんざん振り回されて来たとはいえ、さすがにこの行動は理解しがたいものがあった。
「いや、いやいや、意味が分からないよ栞」
「意味なんて分からなくてもいいんだ。そもそも私の喋る言葉に意味を求めるなんていうのが馬鹿らしいとは思わないかい、茉莉君?」
「思わない。ちょっと待てって。本当に意味が分からないよ、栞。君らしくも無い」
付いて来なかったらそのまま僕を置いていくつもりだったのか、廊下を5メートル程戻った所で栞ははたと立ち止まった。どうやら僕の言葉のどこかが引っかかったらしい。
「……私、らしい?」
「そうだよ、まだ君と会ってほとんど時間も経ってないけど、それでも君が支離滅裂な事を言ってそれをよしとするような人間じゃない事くらいは理解した」
つもりだけど、と心の中で続けた。続けて、食堂の中を覗き見る。
はたしてそこには、一人の女の子がいた。否、少女がいた。金髪の長い髪にまず目がいく。座っているので顔はよく見えなかったが、白いワンピースを着ているようだった。一心不乱にパスタを食べる様子が少し滑稽だった。
視線を栞に戻す。と、こちらも何故か俯いて、
「……しい。どうして……れば、個性を……」
とぶつぶつと何か呟いていた。何だこの状況?
栞は一旦放っておこうと決めて――触らぬ神に何とやらだ――食堂のドアを開けようとした。が、それに気付いた栞が物凄い速さで僕の背後に回りこみ、僕の右手と口を押さえ込んだ。
「んにんんんわよ、いぉい?」
「黙ってくれ。頼むから。彼女の紹介は最後にしたい。というか、出来る事なら君一人で勝手に出会ってくれ」
「ぁあ?」
どういう事なんだ?彼女を一目見てから、栞の様子が明らかにおかしくなってしまった。
「めんどくさいんだよ、彼女は、色々と。私たちとは全然別の意味で」
「ん」
いつの間にか目の前に例の少女が立っていた。背はそれほど大きくなく、自然僕らは見上げられている。二つの青色の目が僕らをじろりと見る。
「何だ?……と。まあ、茉莉君。君が余計な事をしたせいで紹介せざるを得なくなったが、彼女がフォリス《ふぉりす》君だ」
「ぷはっ。余計な事ってなんだよ!! 君が食堂に行こうって言ったんじゃないか」
「確かに言ったけれどね、それとこれとは別の話だ」
「別って――」
「ちょっとあなた」
僕と栞の会話に割り込む形で少女は話しかけてきた。それも、随分と流暢な日本語で。しかも、その言葉は長々と続いていく。
「そこのあなた、そうあなたよ男の方、あなたここでは見ない顔だけど、もしかしたら私の気のせいかもしれないわね、だって私他人の顔に何か興味ないもの、自分の顔だってそうだけど、人の顔を覚えたってほとんど何の特にもならないとか思うし、それに個人を見分けるのに顔を使うのって何だか簡単すぎて嫌になるわ、ああそうそう人は顔じゃないとか言ってる奴ほど大人になると顔を気にしたりするのよ――」
「いや、というか、君まだ子供じゃ――」
どう見ても彼女は僕より三つ以上下に見えた。頴娃君より一つ二つ下だろうか。だから僕はいつものように突っ込みを入れようとしたが、彼女の休まる事のない口撃に口を噤むはめになった。噤まざるを得なくなった。
「顔を気にしないなんて奇麗事ばっかり言っていると偽善者呼ばわりされるのよ、実際の所偽善者なんだろうけど、やらない善よりやる偽善なんて言葉もあるようにそれならやっぱり外見じゃないって言った方がいいのかというとやっぱりそれは違うと私は思うわ、根本的にそれは問題点がずれているのよきっと、美なんていう人間の欲望に近しい部分で嘘をつく人間はそれはもう信用できないわ、人は人を助けないけれど、人は人を利用はするのよ、それが形によっては助けると捉えられることもあるだけで実際はそんな事もなかったりして、結局人はその人を外見で判断するのが正しいっていうかそもそも何の話をしていたのかしら、そうあなた、そこのぼさっと突っ立ってるあなた、結局あなたは私に会った事があるのかしら?」
やっと一区切りついたらしい。フォリスは口撃を止めた。本当に呆気に取られるくらい日本語がペラペラだった。もしかしてハーフなのだろうか。
「初めまして、茉莉といいます。よろしく」
と言い終えるかどうかの所で、またフォリスは色々と喋り始めてしまった。
「……ああちなみに、私は助けるつもりは無いから、というか止め方を私も知らないから、頑張ってくれたまえ茉莉君」
と、栞がフォリスの口撃の邪魔にならないくらいの声量で呟いたのが聞こえた。