4話 自販機
「……というか、鞘香が茉莉を案内してたって事でいいんだよな?」
「そをだよ!!」
「だとしたら、お前達の立ち位置的に、自販機はまるっきり逆方向だぜ?」
「そをだったっけ?」
「おいおい、しっかりしてくれよ鞘香……お前【此処】に来てもうどれくらいになると思ってるんだよ」
とちゃかすように言った後、ふと英知は何故か少し真剣な目になって続けた。
「お前、実際の所【此処】に来てどれくらいになる?」
「正確には覚えてないけどー、多分一月くらいじゃない? どうしたの急に?」
「別に。よし!! そういう事なら俺が案内してやるよ!! 茉莉」
結局、英知に案内してもらうと、一分もせずについた。
何だよ。何なんだよ。最初鞘香さんに案内されていた時、相当の距離を歩いたぞ? どこをどう歩けばあんなに迷えるんだ?
ほんのほんの少しだけ恨みの感情を込めて鞘香さんを見た……ってあれ? いない。
いない? そんな馬鹿な? ついさっきまでそこに確かに【居た】のに。
「どうした茉莉? 探し物か? 自販機ならそこだぜ?」
「いや、鞘香さんが……」
「? 何を言ってるんだ? 鞘香ならそこに……ああなるほど。そうだった。なあ鞘香、言ってもいいかな、お前の【代償】の事」
「別にいいよ。一緒に生活するとなったらいずれ説明しなきゃいけない事だし。それに私が説明するのも何か飽きちゃった。英知に任せる」
「……そうか。あ、その前に茉莉、お前は鞘香の【作品】に何回か掛かったか?」
「そうそう!! この人掛かってくれるんだー!!」
「あはは、そうか。お前は正直な奴なんだな。それで? どれに掛かったんだ?」
「ええと、落とし穴と、ドアだけど」
「え、落とし穴も? をを、嬉しいなあ」
「…………おいおい。お前は何か……変な奴だな」
何故か英知に変な奴呼ばわりされた。何だか【此処】に来てから、会う人会う人に言葉は違うとはいえ、似たような事を言われてる気がする。
「……具体的にどの辺りが変なのさ」
「いやいや、笑って悪かった。ドアはともかくとしても、落とし穴は、一部を除いてあそこにある事さえ気付いていないんだ」
「ええ? あんな道の真ん中にあるのに?」
「そこで鞘香の【代償】が関係して来るんだけど、鞘香の【代償】は、【存在感が薄くなる】事なんだ。作った作品の数に比例して」
「え? その存在感とやらは、【作品】にも影響して来るの? 今の話だと」
「察しがよくて助かる。最近では、彼女自身の【存在】もだんだんと忘れられて来てるみたいなんだ。だから俺は鞘香に事ある度にもう何も作るなって言ってるんだけど――」
ふと、英知が鞘香さんの方を見る。
「やだよ?」
「――とまあいつもこんな感じで断られてる訳だ」
そんな話があるか? 人の存在が薄まっていくなどそんな馬鹿な話が――あるのかもしれないな。だって【能力】なのだから。何故なら【代償】なのだから。
「さてと、じゃあさっさと買って部屋に行こうぜ。何を買うんだ?」
「コーヒーを五つ」
「五つ? ああ、栞の奴がいるのか……ああいいっていいって、俺が出す。今日茉莉と出合った記念に」
「……何か、気持ち悪いよ?」
鞘香さんが言う。結構びしびし言うなあ、この子。
「まあそういうなって鞘香。それに茉莉は多分金持ってねえと思うんだわ」
「いや、ここに五千円――?」
おかしい。
僕はこの金をいつ? どのように、手に入れた? というか、何故ズボンの後ろのポケットに迷わず僕は手を入れた? 普段僕はそこを使っていないのに。
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「――じゃあ、今回は甘えようかな」
英知が何故か少し怖い顔、というよりも真剣な顔ををしていたが、僕がそう言うと、
「そうしろそうしろ」
と言いながら千円札を自販機に突っ込んだ。