3章 個性的で個人的な面々 1話 センジュ
思うんだけど。思ったのだけれど。
誰かがいる部屋には、それなりの変化が欲しい。
「着いたよ」
と栞が言うまでに、ゆうに十以上のドアを素通りして来た。おそらくそれらの部屋には誰もいやしないのだろうが。
それにしても。
目の前のドアは、今まで通り過ぎたそれと、何一つ変化のない、ただの平凡な、いわゆる「普通の」ドアである。
覚えにくい事この上ない。確実に一週間は誰もいない部屋に入る事になるだろうな、と思った。
というか、だ。何なのだろう【此処】は。
これほど規則正しくドアが並ぶ建物というと、学校か或いは――
――――――――
――まあ、考えてみれば、そんなのどうでもいい事だ。
何故か栞が何時まで経ってもドアを開けそうにないので、その理由について少しは考えてみればよかろうものを、僕は何も考えずにドアの取っ手に手をかけた。
「つっっ?」
慌てて手をどける。
何だ? 今のは? 電気? ……静電気にしては、やたらと痛かった。
「誰ですか?」
と、部屋の中から落ち着いた感じの声が聞こえる。女の人の声だった。少し警戒しているようだった。
「ああ、私だよ千寿君」
「栞さん? あなたが鞘香の【作品】の事を忘れるなんて、不思議な事もありますね」
「いや、【作品】の威力をその身を持って体験したのは、茉莉君だよ、新入りの。昨日説明しただろう?」
「ああそういえば。でもそれなら、教えて差し上げればよかったのに、その【微妙に静電気発生装置】の事」
もっともだ。もっと言ってやれ千寿さんとやら。その変な名前も気になるけれど、今は手がしびれてそれどころでは無かった。
「それじゃあ面白くないだろう?」
「まあそれもそうですねぇ」
同意しちゃったよ。反撃の弱い事弱い事。まあ別にいいんだけれど。
「で? どうやって開けるんだよ栞。言っておくけど、もう僕は触りたくないからな」
「ふふ。そんなに痛かったのかい? それは気の毒に。このドアはね、こうやって開けるんだよ」
そう言いながら栞は、何の事もなく普通にドアを開けた。
んん?
「……君の手は絶縁体ででも出来てるのか?」
「馬鹿な事を言うなよ。このドアはね、この鞘香君の【作品】はね、利き手で触ると電流が流れる仕掛けになっているのさ」
そう言われてよく見ると、栞は左手でドアノブを掴んでいた。……栞は右利きなのか。どうでもいいけれど。
「君もほら、今度は左手で持ってみなよ」
本当は嫌だったけど、おそるおそるドアノブに左手で触れる。
不思議な事に、今度は電流は流れなかった。
「……どういう仕掛けなの? これ」
「さあ? どうしても気になるのなら、後で直接本人に聞いてみるといい」
というか。
「もう一つ疑問なんだけど、これ、両利きの人はどうなるの?」
「さあ。それは試してみないと何とも。そんなに気になるなら君が両利きになって試してみるといい」
「嫌だよ!!」
一言で言うと、部屋の中は汚かった。というよりも、雑然としていた。
「まあどこかその辺りに座って下さい。スペースがないようでしたら、その辺のものは、何でも勝手に動かしていいですから」
千寿さんは、顔の半分以上が隠れていた。
エジプトの女の人が付けている――実際に付けているのかは知らないが、本で読んだのかそういうイメージが僕にはあった――マスクのようなものをつけ、フードも被っている。目つきが少しだけキツい感じだった。目力が強いと言った方がいいのかもしれない。彼女の近辺には水晶やらタロットカードやらが散らかっているので、街角の占い師かよ、と突っ込みそうになったが、こらえた。
それにしても、何でこんなに散らかっているんだろう。
「鞘香の【新作】が爆発しまして」
と千寿さんが言った。あれ? 僕今口に出していたかな?
「口に出さなくても、そのくらいは分かります」
まただ。まさか頴娃君と似ている【能力】なのか?
「どうせ千寿君も頴娃君に似た【能力】を持っているのか? とか考えているんだろう? 今度は」
と後ろから今度は栞がぴたり言い当てて来る。
「君の考えは分かりやすすぎるんだよ。顔にも直ぐ出るみたいだし、ね」
そうだろうか。ちょっとこれから気をつけた方がよさそうだ、と思った。
「という事は、この部屋に鞘香さんも住んでいるんですか?」
「寝るのはそれぞれ別の場所ですけれど、昼間居る場所、という意味ならそうです。あと、英知君もよくこの部屋に来ますね」
また新しい名前だ。そろそろ僕の記憶力も危うくなってきた。