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大砲島100年 〜沈黙の再開発〜

作者: neru314


第1話:幻影の未来都市


夕暮れの二層構造の大きな橋が橙色に染まる頃、城ヶ崎優太は大砲島の海岸沿いをゆっくりと歩いていた。かつて「東京のミライ」と謳われたこの一帯は、今や寂れた観光地の様相を呈していた。


「ここに来るのは20年ぶりかな…」


優太は46歳、都市開発コンサルタントとして東京の再開発プロジェクトに携わってきた。最近、都庁からある極秘プロジェクトの誘いを受け、久しぶりに大砲島を訪れていた。


関東テレビの球体展望室は修繕中で立入禁止。近隣の店舗は半分が閉鎖され、その空き店舗にはポップアップストアが並ぶだけ。かつての熱気は何処へやら。


「なぜ大砲島には未来がないと言われてきたのか…」


優太は手帳に書き込みながら呟いた。


---


「お待たせしました、城ヶ崎さん」


都庁の会議室で優太を出迎えたのは都市計画局長の佐伯だった。


「これからお話しする内容は極秘事項です。録音などはご遠慮ください」


佐伯は周囲を見回してから、分厚いファイルを開いた。


「大砲島の問題点は三つ。空洞化、輸送力不足、そして観光地としての限界です」


資料にはグラフと数字が並ぶ。来場者数の減少、テナント撤退の増加、鉄道の混雑率。


「90年代のバブル期に夢を詰め込みすぎたんですよ。海を埋め立てて作った人工の島。景気が良かった時代の象徴でしたが、そのコンセプトが現代に合わなくなった」


優太は頷きながら質問した。「それでも広大な土地があるのに、なぜ再開発が進まないのですか?」


佐伯は小さく笑った。


「それが今回のプロジェクトの本質です。実は…土地の大部分が定期借地権なんです。そして、その期限が近づいている」


優太の目が見開いた。


「つまり…」


「そう、都が静かに土地を買い戻していたんです。ここ10年、目立たぬように」


第2話:静かなる主導権回収


「定期借地のタイミングを待っていたんですね」


会議室のホワイトボードには、大砲島の区画図が描かれ、色分けされた土地の所有権移転状況が示されていた。


「観光施設の多くは30年の定期借地権で開発された。そのほとんどが2025年から2030年の間に期限を迎える」佐伯は赤ペンで期限切れの区画を丸で囲みながら説明した。


「しかし単に待つだけではなく、都は戦略的に土地を買い戻していたんですね」優太は感心した様子で言った。


佐伯はファイルから極秘文書を取り出した。「都市再生特別措置法の改正を利用した区画整理事業。表向きは防災強化のための再整備事業として進めてきました」


「いわば"都による主導権回収作戦"だったわけですね」


「その通り。しかし突然動けば反発も大きい。だから10年かけて少しずつ。そして動き出すきっかけが必要だった」


「きっかけ?」


「ええ。それが次の話です。関東テレビと田中社長の話です」


第3話:予期せぬ引き金


「関東テレビをご存知ですか?」佐伯は窓際から遠くを指さした。球体の展望室が見える。


「もちろん」優太は答えた。「日本を代表する民放テレビ局ですが、確か近年は苦戦していると聞きます」


「メディア業界全体が苦しんでいる。特に関東テレビは2010年代からの視聴率低下で本社移転の噂もあった。そこに田中社長が登場した」


「田中雄二。関東テレビの新社長です。2023年に就任して以来、大改革を行った人物」


佐伯はタブレットを取り出し、株価チャートを表示した。


「彼の就任以来、関東メディア・ホールディングスの株価は3倍になった。なぜか?コンテンツ戦略ではなく、不動産戦略です」


「大砲島の土地...」


「正解。関東テレビは大砲島に約7万平方メートルの土地を所有していた。バブル期に安く手に入れた一等地です。田中社長は"出口戦略"として不動産の流動化を始めた」


「つまり、売却?」


「最初は一部だけでした。しかしガバナンス体制の変化により、株主から圧力がかかった。視聴率より資産効率を求める声が強まったんです」


優太は黙って聞いていた。


「そして昨年、関東テレビは衝撃の発表をした。本社機能を六本木に移転し、大砲島の土地を売却する、と」


「それが引き金になったわけですね」


「ええ。関東テレビが動いた瞬間、他の権利者も動き始めた。私たちが待っていたタイミングでした」


第4話:二重の交通革命


「都が目指す"次の顔"—大砲島MICE構想」


優太の前に広げられた設計図は、驚くほど大規模なものだった。大砲島一帯を一新する再開発計画。高層ビル群と広大な国際会議場、展示施設が描かれていた。


「MICEとは、会議(Meeting)、企業研修(Incentive)、国際会議(Convention)、展示会(Exhibition)の頭文字です。ビジネスイベントによる経済効果を狙った都市開発モデルです」


「関西万博の成功を受けてのタイミングですね」優太は指摘した。


「鋭いですね。2025年の関西万博で日本のMICE戦略は実績を作った。その成功モデルを東京でも、という流れです」


佐伯は図面の一部を指さした。「そしてこれが最重要ポイント。二つの鉄道計画です」


「二つ?」優太は身を乗り出した。


「まず一つ目、地下鉄南北線の品川延伸、そして大砲島直通計画。品川駅から約4キロの海底トンネルを建設し、大砲島まで直通させる。これにより、目黒、赤羽台、王子、駒込といったビジネス街から乗り換えなしで大砲島に到達できる」


「そしてもう一つは?」


佐伯は別の路線図を広げた。「羽田空港直通の真下を通る貨物線を旅客化して、約15分で大砲島に到達する高速鉄道です」


優太は図面をじっくり見つめた。「これは…爆発的な効果になりますね」


「まさにその通り。国内アクセスは南北線で都心から、国際アクセスは羽田から。大砲島が東京の新たな玄関口となります」


佐伯は別の資料を取り出した。「実は、都はこの二重の交通革命を見越して土地の買い戻しを進めていました。試算では、両路線の発表だけで周辺地価は100%上昇、完成後は300%の上昇が見込まれます」


「だから10年かけて静かに土地を集めていたんですね」


「正解です。この情報を事前に知っていたのは、都庁の極秘チーム5名だけ。我々は地価が跳ね上がる前に、可能な限り多くの土地を確保する必要があったんです」


「しかし、この規模の開発には巨額の資金が必要です。都だけでできるものではない」


佐伯は微笑んだ。「そこで最終章。巨塔の参入です」


第5話:百年の計


「今から機密情報をお話しします」


佐伯は部屋の鍵をかけ、窓のブラインドを閉めた。


「先週、東和地所、日本不動産、成大建設不動産の3社と極秘会談を行いました。そして彼らは参加を決めた」


「三大不動産デベロッパーが全て?」優太は驚きを隠せなかった。


「この100年で初めてのことです。彼らが共同事業体を組むのは。総投資額7兆円の超大型再開発。南北線延伸費用2兆円、羽田直通線建設費用1.5兆円も含めた官民連携プロジェクト」


「関東テレビは?」


「完全撤退です。本社跡地は国際会議場になる」


佐伯はさらに詳細な図面を広げた。「これが世界都市・東京湾岸の"次の100年"を担う設計図です」


そこには未来都市の姿があった。南北線と羽田直通線の新駅を中心とした複合開発。水上交通とドローン配送網。自然エネルギーを活用したスマートシティ。そして何より、世界中からビジネスパーソンが集まるアジアのハブとしての姿。


「二重の鉄道網により、大砲島は国内外からの最高のアクセス拠点となります。南北線で都心から、羽田直通線で世界から。住宅開発も同時に進め、新しい国際的な職住近接の街を作る計画です」


優太は図面を見つめながら言った。「南北線沿線と羽田空港周辺、両方の地価が連動して上がりますね」


「ええ、まさに『二重の沈黙地価上昇戦略』です。発表のタイミングも計算済み。まず南北線延伸を発表し、数ヶ月後に羽田直通線を発表、最後にMICE構想の全容を明かしていく」


「城ヶ崎さん、このプロジェクトのコンサルタントとして参加していただけませんか?」


優太は窓の外に広がる大砲島の景色を見つめた。かつての夢の跡。そして、これから生まれ変わる未来の姿。


「喜んでお受けします」


---


1ヶ月後、優太は再び大砲島の海岸を歩いていた。夕日に照らされたレインボーブリッジを見上げながら、彼は思った。


「終わりは、新しい始まり」


その日から3年後、大砲島は巨大なクレーンと建設車両で埋め尽くされていた。地下鉄南北線の延伸工事も本格化し、品川駅では巨大なシールドマシンが海底トンネル掘削を開始。一方、羽田空港からは海上高架橋の建設が始まり、東京湾上に巨大な橋脚が立ち並んでいた。東京の新たな100年が、静かに、しかし確実に始まっていた。


エピローグ:新生大砲島と二重の交通革命


2028年春、南北線大砲島延伸が開業。2029年秋、羽田空港直通線も開業した。品川から12分、羽田空港から15分で大砲島に到達できるようになり、初日から国内外の利用者で賑わった。


「あの時、決断して良かったですね」


優太は佐伯と共に、新しい展望台から生まれ変わった大砲島を見下ろしていた。


「ええ、でも何より二つの路線による相乗効果が予想以上でした」佐伯は微笑んだ。


駒込、王子、赤羽台といった南北線沿線には、続々と高層マンションが建設され、地価は発表前の3倍に跳ね上がっていた。一方、羽田空港周辺も国際ビジネス拠点として再開発が進み、外資系企業の誘致が相次いでいた。


「大砲島は死んだのではなく、進化したんです。バブルの夢から、真の国際ハブへ」


大砲島国際MICEシティは既に全面開業し、アジア最大級の国際会議場として世界中から注目を集めていた。南北線で都心から通勤し、羽田直通線で海外出張に向かう新しいビジネススタイルが定着していた。


「そして沿線住民と空港周辺住民の皆さんには、想定を超える資産価値向上という贈り物もありました」


遠くでは、次の開発フェーズに向けた準備が始まっていた。二本の鉄路で結ばれた都心、大砲島、そして世界。東京湾に浮かぶ人工島の新たなストーリーが、地下と海上を走る鉄路と共に、今まさに黄金時代の幕を開けていた。


【完】

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