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第1章 魔王様と私 第2話

「ん……あれ?」 

 私、どうしたんだっけ。体が少し重い……。

「どうした。まだ眠っていてよいのだぞ」

 耳元から聞こえたのは、低くて夜に響き渡るような、それでいて、不思議と優しい……これって!

「あ……魔王様」

 そうだ……私、彼と――。

 もう、昨日までの私じゃないんだ。何もかも、変わってしまった。

 唇を噛む。どんな顔をしていいか分からなくて、寝返りを打って向こうを向きたいのに、抱きしめている手が許してくれない。

「俺が怖いか」

 その声に思わず顔を見ると、違うと言ってほしそうだった。私も、今すぐ彼に危害を加えられるとか、そういう意味で怖いわけではない。でも、この状況に、気持ちが追いついていかない。だからまた、同じことを答えた。

「よく、分かりません」

「今は、それでよい。眠れ」

 それどころじゃないと言いたい気分だけど、包む込むような声に促されて、目を閉じた。

「魔王様は、眠らないのですか?」

「お前を見ている」

 眠ってしまったらお話もできないのに、どうして?

 一緒に起きていたら、あなたが私を求めた理由を知ることができるかもしれないのに。

「私にあんなことをしたのは、なぜですか……?」

「その答えはお前の中にある。おやすみ」

「はい……」

 何もかも分からないまま、朝までぐっすり眠った。


 この魔界にも、朝日は差し込むらしい。ほのかな光を感じて、目を開けた。

「魔王様……?」

 いない。

 シーツの上には、私一人。泣きたいほどの心細さに囚われた。今まで、孤独を感じても、一人でいるのが嫌いなことなんてなかったのに。

 私の体は、柔らかくて清潔な、白いワンピースに包まれていた。何も着ていないような、素晴らしい着心地。

 きょろきょろしていると、彼が現れた。マントをはためかせ、世界を支配しているという自信を漂わせて。

「おはよう、我が妻よ」

「お、おはようございます」

 そうだ、花嫁って言われたんだっけ。全然実感がない。

 彼はベッドに腰かけ、私の肩に手を置いた。もう片方の手で、頬に触れてくる。

「気分はどうだ」

「普通、です。あの、混乱はまだしてますけど」

「体に痛みは? 無理をさせたからな」

「それは……少し怠いですけど、痛いところはありません」

「そうか」

 ホッとした顔を見せられると、文句が出てこなくなってしまう。

「何か言いたそうだな」

「当たり前です……でも、何から言えばいいのか」

「空腹なんじゃないか?」

「そういうわけじゃ……わっ」

 パチン、と彼が指を鳴らすと、果物やパン、お菓子を盛った器が現れた。ほかほかと湯気を立てて、香り高い、おいしそうなお茶も。

「足りなければもっと出す。いつでも言ってくれ」

「これは……奥さんを甘やかしすぎっていうか」

「ハハッ、それはいい」

 嬉しそうに笑うと、何だかかわいくて。明るくて、チャーミングな魔王様なのかもしれない。

 心が柔らかくなって、お茶のカップを手に取った。口をつけようとして……ためらった。

「どうした?」

「物語で読んだことがあるんです。その国のものを食べると、もう元の世界には戻れないって」

「帰るつもりなのか」

「それは……」

 十八年も生きた場所だもの。帰れるものなら帰りたい。帰らない覚悟で、出てはきたけど。

「残念ながら、というべきか……俺にもこの国にも、そのような力はない。お前が自力で帰ろうと思えば、それを止める術はない」

「え……」

 そうなの?

「だが、たやすいことではないぞ。人の世との境となる空間では、常に時空が歪み、ねじれている。どこへ飛ばされるか分からん。戻れたとしても、数百年の時が流れている可能性もある」

「……」

 ゾクッとした。それじゃあ、食べ物や飲み物で引き留める必要もないんだ。

 納得してお茶を飲み、果物を摘まんだ。

「おいしい」

「よかった」

「魔王様も、ほら」

 ひとかけ取って、彼の口へ運んだ。びっくりした顔をした彼は、フッと微笑んで口を開け、食べてくれた。私の指についた汁まで、丁寧に舐め取っている。え、恥ずかしい。っていうか、私ったら何してるのっ。

「ありがとう」

 舐めた指を大事そうに握って、甘い目で見つめてくる魔王様。魔王って何だっけ、と思ってしまう。

 そんな風にして、お腹が少し膨れるまで食べて、お茶を飲んだ。頭がはっきりしてきて、私は思い出してしまった。聞かなければならないことがある。

「何が聞きたい」

 布団の上で軽く握った私の拳を、彼が包む。

「聞いたら……私、今度こそ殺されるかもしれません」

「それはあり得ん。言ってみろ」

 そうかな……でも、これだけは。

「私の前にここへ来た娘たちは……どうなったのですか」

 殺されたのではなければ、どこへ。さっきの話で、何となく予想はついている。彼は、痛ましい表情を浮かべた。

「お前の前に、十人の娘がここへ来た。朝まで祭壇に放置すれば、役立たずと咎められるだろう。それで連れてきたのだが……そのうち九人は、到着した日のうちに恐怖と疲労で命を落とした。亡骸と魂は、天界の者に預けた」

「十人目……は?」

「逃げ出そうとして……時空の歪みに巻き込まれ、行方知れずだ」

「……」

「それも、もしも見つけたら頼むと、天界に託してある。見つかればよいがと願っている」

 天界と魔界って、物語だと音信不通だったり、争っていたりするけど、そうではないのかな。

 ……ということは。

「では、魔王様の花嫁となった娘は」

「お前だけだ」

 抱きしめられ、唇が重なる。まだ私から応えることはできないけれど、少し、この方のことを知ることができた。それが嬉しくて、長いキスを受け入れ続けた。


 夜の行為は、三晩続いた。二日目の夜は、戸惑いの中で彼を迎え入れた。最初の時のような衝撃や困惑はなかったけれど、婚礼という儀式に必要なことなのだろうと、頭で理解しようとした。

 三日目は、体が慣れてきて、彼の魔術の助けを借りることなく繋がった。

「魔王様……」

「そうだ、それでいい……掴まっていろ」

「はい……」

 この行為には、儀式以外の意味がある。その答えが見つからないまま、今は私の唯一の世界であり、世界のすべてである彼に縋った。

 眠りに落ちる時、彼は私を抱きしめて言った。

「俺はお前を選んだ。次はお前が俺を選ぶ番だ」

「それは……どういう?」

「お前はこれで正式な妻となった。次に肌を合わせるのは、お前が俺を夫と認めた時だ」

「私が、あなたを……」

「そうだ。心から、な。待っているよ」

 額に口づけられ、夢かうつつか、「はい」と呟いた。


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