表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

第1章 魔王様と私 第1話

「すまないねぇ、ジーナ」

「運がよければ、生きて帰ってこられるだろうよ」

「変に期待させるんじゃないよ。そんな娘は一人だっていやしなかったじゃないか」

 遠ざかっていく、里の人たちの声。私は、魔王様に捧げられた生贄。里を一望できる山の頂上に作られた祭壇の前で、じっと待つ。


 私が生まれ育った里では、十五年前まで、一年に一人ずつ生贄を捧げていた。その年に十八を迎える乙女の中で、いまだ純潔を保っている者。それを魔王様への供物とすれば、引き換えに豊作に恵まれる。天災も飢饉も、すぐさまおさまる。そう信じられてきた。

 娘たちはこの風習を恐れ、先を争って婚姻を結んだ。でも、大抵誰かしらは残っていて、その子が犠牲になる。夜に山に置き去りにし、朝になれば姿はない。どこへ連れ去られたのか、知る者はない。

 十五年間、風習が途切れていたのは、生贄にされるくらいならと子を作る者が減ってしまい、里の存亡と天秤にかけた結果だという。幸い、この十五年の間は何事もなく、特別に豊かとは言えなくても人々はそれなりに生を謳歌していた。

 今年、生贄の風習が復活したのは、雨が少なくて作物の出来が悪かったから。条件を満たす乙女は、私一人。断る術はなかった。


 膝を抱えて座り、星空を見上げて待った。どうせ死ぬなら伸ばせるところまで伸ばしてみよう、と長くした金髪が、風になびく。

 魔王様、遅いなあ。本当に来るのかな。実はここで待ちくたびれて飢え死にっていう結末? それなら今までの娘たちも発見されているはずだし……。

 答えの出ないことを次から次へと思いめぐらせていると、不意に人の気配を感じた。正確に言うと、人ではなかった。月を背にして目の前に立ったのは、頭の上に立派な角を生やした男性。髪は、短くて黒っぽい。マントをはためかせ、私をじっと見下ろしている。

「魔王様……?」

 世界を背負っているかのような、圧倒的な存在感。

「逃げないのか」

 訝しむ声は、想像していたよりも優しい。だから、素直に答えた。

「逃げても、帰る場所などありません」

「そうか」

 彼は私をさっと抱き上げ、飛び立った。夜を越え、海を越え、景色が変わり、人の世を離れたことを知った。

 黒々と光る岩山。見たことのない木や花。驚くほど澄んだ空気は、彼の横顔にも似ていて……などと考えているうちに、王宮に入っていた。

 そっと下ろされたのは、大きな部屋。天蓋付きのベッドに座らされ、ホッと息をついた。

「ここは……」

「魔界だ」

「魔界……」

 本当にあったんだ。では、前に生贄になった人たちも、ここに?

「少し休め」

「あ……」

 彼は、マントを翻して出ていった。

 私は、ベッドに身を投げ出し、これからのことを考えようとした。でも、できなかった。自分で感じることができたのより多くの時間を、飛び越えてきた気がした。

「とにかく、まだ生きてる……」

 呟いて、糸が切れたように眠った。

 

 目を覚ましたのは、髪を撫でる手を感じたから。誰かがベッドに腰かけている。誰か……誰かって!

「起きたか」

 飛び起きた私の背を自然に支えた魔王様は、乱れた髪をそっと直してくれた。どう反応したらいいのか分からない。彼は私の頬に手を添え、なぜかとても満ち足りた顔をしている。この表情の意味は何? 「うまそうな生贄だ」っていうこと!?

「震えているな。何が怖い? 言ってみろ」

 あなたの存在も、私が連れてこられたわけも、多分今からされることも怖いんですけど! 

 もう、これは直球で聞くしかない。

「私は……殺されてしまうのですか」

「何を言う。お前は俺の花嫁だ」

「え?」

 唇が重なった、と分かったのは、離れた後だった。

「接吻は初めてか?」

 何だろう、楽しそうな顔。

「初めてに、決まっています……」

 純潔を守ってきた乙女なんですからっ。

「そうか。案ずるな。すべて俺が教える」

「教える、って……何をっ」

「言っただろう。お前は俺の花嫁。今宵は婚礼の夜だ」

 こ、婚礼っ!?

「い、いやですっ」

「なぜだ。好いた男がいるのか」

「そうでは、なくっ……私、魔王様のことを何も知りませんっ」

「これから知ればよい」

 押し倒されてしまった。服も、乱れてしまっている。

「名は?」

「ジーナ……」

「よい名だ。ジーナ、受け入れてくれ……俺を」

「そん、な……」

 誰にも触れられたことのないところを……。

「お願いです……今夜は、もう……」

「残酷なことを言うな」

 残酷、って……どっちが!?

 肌を隠すものはすでになく、恥ずかしくてたまらない。

「魔王さ、ま……」

「泣くな……お前の紫の瞳が涙を湛えているのは……堪える」

 なぜ泣いているのか分からない。でも、涙を止められない。

「いやか? それほどまでに俺のことが」

「分かりません……」

 分からないけど、婚礼って恋をしたからするものだと思ってた。今まで生贄になった人たちもこういうことをされたの? その人たちはどこへ? 殺されてしまったの?

 ……ううん、この人は、きっとそんなことはしない。悲しそうな目をしてる。一糸まとわぬ姿になったのを見れば、角がある以外は人間と変わりのない姿。けれどやはり魔王なのだということを、次の言葉で思い知らされた。

「すまぬが、少しばかり術を使う」

「え……何っ……」 

 体がとろけていく……自分が、変わっていく……。

 想像を超える衝撃。

 圧迫感。

 意識が遠のく中で口づけられ……頬に雫が落ちた、気がした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ