7話
翌朝
ネカフェに窓はない。少々の仮眠しか取っていなかったので少し眠いがまあ大丈夫だろう。あの少女が言っていたことを信じてみたはものの、やはりどことなく怪しさとそして古さを感じ取っていた。
ネカフェのチェックアウトを済ませてから親の顔より見た新大阪駅の街に繰り出す。寝る前に調べた始発の新幹線の時刻はぴったり6時であったので、起きて禊のシャワーを済ませて、着ていた洋服の選択・乾燥を済ませることが出来た。それでもなお駅に着いて40分程余っていた。
「やっと一息つけるな。」
閑散とした駅の構内で自販機に立ち寄ってドクペを買う。ゴクッゴクッと一気に飲み干し、ドクペの少し薬味を感じる甘さに舌鼓を打ちつつ、久方ぶりの平穏を享受する。失って初めて今までただ詰まらないだけだった平穏に有難みを感じるとはなんという皮肉であろうか。今一杯のドクペを楽しめる平穏に感謝し、軽率に廃神社に足を踏み入れて平穏を失わせた過去の自分を恨まずには居られなかった。さりとてもう後には戻れない。あのセブンでのセーブという最大の過ちから始まった逃避行からはもう戻れないのである。あそこまで執念深く殺しに来たヤツなら、間違いなく大阪を離れた程度で諦める筈がない。
俺はスマホを開いてヤツの情報を調べることにした。取り敢えず今宮戎神社の宮司から調べていくしかないが……其処にヤツは該当しなかった。つまりヤツは今宮戎神社の所属ではないということ。にも関わらず神職の姿をしていたのだから…まあどこかしらの神社の宮司なのか、そうでなくとも神社組織の所属であることは間違いないだろう。然しながら弁護士と違って広く名簿が公開されている訳じゃないし、大体神社本庁に属さない神社もあるので、ヤツの特定は困難だ。
正直ヤツの特定に関しては手詰まりだが、ヤツの次の一手を見ることは出来る。
つまり、
「ロード!」
深夜の鶴岡駅までやってきた。不可思議な少女はヤツが朝に仕掛けて来るから逃げろと言ったのだ。既に翌日新大阪から東京へ帰る経路は既に“クリアリング”済みである。ならば恐れることはない。ヤツの行動を見た後に東京に帰ってもなんら問題はないのだ。
来た道を戻るようにして病院に向かい、開きっぱなしのゴミ捨て用の出入口から侵入。自分の部屋まで戻り、病院服に着替えてから就寝した。
2度目の翌朝
やたら院内が騒がしいのを感じる。気になった俺は、耳を澄ませて廊下を通る看護師の会話を聞いた。
「不味いわよ!病院のサーバーがダウンしてるみたい!」
「えぇ!?嘘でしょ!?あれって電子カルテとか入ってるやつでしょ?ヤバいじゃない!」
「しかもあのサーバーは外のネットから物理的に遮断されているから、誰かがサーバー室に侵入したってことなのよ!」
「あのセキュリティ頑丈なサーバールームに侵入とか正気!?誰よ入った奴!」
「それが分からないから不味いのよ!そもそもサーバーダウンなんて情報引っこ抜かれた時の防衛機構としてしか発動しないって聞いてるわ!サーバー復旧しないと何の情報抜かれたのかすら分からないわ!」
看護師たちの会話を聞いて、俺は何となくヤツの狙いを理解する。ヤツは俺の搬送時間帯から入院先を割り出し、早朝にサーバールームに忍び込んで俺のカルテを盗み出したのだ。ならば次にすることは……
俺は身体を捻ってベッドから抜け出し、直ぐ様ベッドの下に潜り込んだ。直後天井が抜ける大きな音と共に誰かが1人落ちてくる。
「どこだ!あの餓鬼は!重症だから身動きすら取れない筈だぞ!」
しめしめ慌てているな?次は何をする?何をする?
「不味い!奴は強力な回復の権能も持たされているのか!」
何故回復しているとバレた!?いやっあっそうか!ヤツは自殺回避の件で俺が未来予知やタイムリープが出来ることに思い至ったのか!ヤツ目線、俺は今宮戎神社からセブンに到着した直後から明らかに様子が可笑しかったんだ。つまり未来を知れる能力が発動したのがセブンであることはバレていて、それ以降監視し続けていたから、俺が搬送された後に秘密裏に運び出してくれるような存在に連絡していないのは知っているのか!そうだよな!俺はあの時度重なるループの影響で、スマホで調べる必要もなく行動出来てそしてしてしまったが故に、ヤツに俺が自力以外で逃げられないことを知られてしまったのか!
「そうか、と、なれば、やたら思慮深い餓鬼は私の次の一手を見たがる筈。つまり…」
しまった!ベッド下に隠れているのが読まれた!
無理やり足を引っ張られて引きずり出される。
「そうだな、お前なら隠れて俺の次の行動を“見る”筈だ!」
そうして腰から出てきたククリナイフを見て直ぐ様ロードした。
危なかった。ヤツに俺の行動が先読みされていた。
深夜の鶴橋駅まで戻ってきて一息ついた。ヤツは俺の能力の概要を知っていた。ヤツは恐らく俺の行動を何パターンも読んだ上で状況に合わせて行動を使い分けているんだ。俺が普通に寝ていたら殺すし、ベッドから居なくなっていればベッド裏を探して殺すし、もしこの深夜に病院近くのコンビニに行けば……
「そうだよなぁ、居るよなぁお前!」
黒尽くめの艶消し加工のされた作業着のような物を着た奴が待っていた。こちらを認識した瞬間走って殺しに来たので……ロード!
数分前の鶴橋駅まで戻ってきた。俺は戻った瞬間に駅のトイレに身を隠して考え始めた。
ヤツは能力の発動条件にコンビニが絡む可能性を読んでいた。つまり意識が覚醒した俺が、能力を発動させたり条件を整えるためにコンビニに行くと読んだのだ。恐らく周辺のコンビニに手先や協力者が居ても不思議ではない。何手先も読んでいて恐ろしいヤツである。
「現時点でヤツに対するアドバンテージは、俺が回復しているという事実と、俺が自販機でもセーブ出来るという事実だな。隠さなければならない事実は俺にはセーブポイントが1つしかないことだ。」
多分俺が朝起きて看護師が騒いでいた時間帯は朝6時程。ヤツが病院のサーバールームに忍び込むのはその直前か。つまり奴はその時間帯に病院以外の場所に現れない。俺がタイムリープしていることを暴いた所でヤツは俺の幻影を探すしかない。先にヤツの部下が存在するかだけ探しておこう。
例の一番近いコンビニ以外の病院周辺のコンビニに、ヤツと同じ服装をした輩も襲いかかってくる奴も居なかった。
「素晴らしい。勝ったな!お前の敗因は!常に後出しジャンケンが出来る俺に対して手を複数用意しなかったことだ!」
一度ロードしてから既定通りに新大阪に向かおうとすると、突然声を掛けられた。
「お困りではないですか?あなた。」
振り返れば痩せぎすの黒縁メガネをかけた男で、黒いスーツをかちっと着ていて、万人が詐欺師と言うような風体である。
俺は警戒しながら、しかし今しがたヤツの弱点を看破したことで、気が大きくなっていたのか少し鷹揚に答える。
「問題ないですよ。そこの紳士の方。俺は困ってなどいない。」
「本当にそうでしょうか?あなたは一人だったから逃げるのに自殺未遂をしなくてはならなかったのではないですか?」
驚いた。夜闇に紛れた紳士は俺が自殺未遂をすることでヤツから逃げたのを知っている。だが腑に落ちない。なぜそれを知り得るんだ?そしてなぜ協力者が居なかったせいで、俺は人垣と避難手段、そして安全な避難先を同時に用意する策を立てなくてはならなかったことに思い至れるのか。これは問いたださなくてはならない。
「紳士の方、あなたは知りすぎている。俺はこれを問い正さなくてはならなそうだな。」
2度目の病院脱出の夜はまだまだ始まったばかりだった。