5話
現在例のセブンを離れて道頓堀周辺を時速5kmで移動中。
今は条件を満たす雑居ビルを探している所である。あっ良いのを見つけた。
雑居ビル自体は人通りが少なく、面している道路は人通りの多い場所。そして階段が道路に面しており、階数を調節して飛び降りられる場所である。
もうお分かりだろう。プランは雑居ビルから飛び降りて負傷し、救急車によって運ばれる時にヤツは同乗出来ず、俺の居場所を特定することができないので逃げおおせるという訳だ。肝心なのは死なないこと。死にさえしなければ半身不随になろうが手足が粉々になろうが何とか意識を保ってロード出来る。問題は救急隊員や病院の方の手を煩わせてしまうことかな。
周りに黒いフードのヤツの姿は見えない。だが気付けて居ないだけで居るのだろう。
俺はヤツに殺される前に見つけた雑居ビルに駆け込む。階段は鉄製で、塗装が剥がれた箇所が所々錆びている。今回は取り敢えず10階から飛び降りよう。きちんと自殺に見せかけて救助されなくてはならないからな、自殺するなら高そうな階からだろう。俺が外階段を駆け上がれば、階下からヤツが駆け上がってくるのが見える。追いつかれる前に飛び降りなくてはならない。雑居ビル自体は人の目が少ないから、追い付かれたら今度こそ死んでしまう!
10階に近づいてきたので、リュックを素早く下ろして放り投げてフェンスを超える。ヤツはもう直ぐ下の踊り場まで来ていた。
「あばよ殺人鬼」
俺は身体が地面に対して平行より足が少し下になる様に飛んだ。10階から1階まで距離があるが、不思議と走馬灯は現れない。自分が認識する間もなく地面に叩きつけられる。グシャ。辺り一帯に自分の血飛沫が飛び散り、さながら池の様になっている。全身が熱い。手足は多分あらぬ方向に折れ曲っている。これでは死んでしまう。周りの人たちは騒然としているような気がするが五感が働かず良く分からない。またやり直すしかなかった。
ロード
セブンの前まで戻って来た。
恐かった、痛かった、死んでしまうと思った。でもやらないと結局殺される。
目から涙が止まらなかった。死にたくないのに、死にたくないから逃げる方法考えて居たのに、逃げるために死ぬような痛みを感じなくてはならないのか。俺が何したって言うんだ!なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ……
セブンの窓の前で座り込んでしまった。偶に近寄って大丈夫か?と心配してくれた人に、殺さないでと言って後退りしてしまう。3人目の人がただならぬ様子を見て110番し始めたのを見て、俺は走り出した。
無我夢中で走って、電車に乗って雑居ビルに向かい、次は9階から飛び降りる。グシャという音と共に意識が朦朧とし始めたのでロードする。またセブンまで戻ってきた。9階ではまだ死ぬ高さだったのだ。
そしてまた走り出し、雑居ビルに行って今度は8階から飛び降りる。駄目だった。またグシャという音と共に意識が保てなくなってしまったのでまたロードする。セブンまで戻ってきた。
もう駄目だった。いつもなら直ぐに代案を考えて実行出来る筈なのにもう何も考えられなかった。ひたすら飛び降りて意識を保てたら終わりにするつもりだった。でももう身体は動かない。恐くて、怖くて、もう飛び降りれる気がしなかった。
だが、視界の端に黒い筒を持った黒いフードの男が近づいてくるのが見える。反射的に逃げ出して雑居ビルの方へ駆け出した。沢山の人にぶつかり、転んで擦り傷だらけになりながら雑居ビルへと向かう。あたかも雑居ビルが安息の地であるかのように、雑居ビルに縋るように走り込む。後ろから追いかけてくる足音が聞こえる。
急いで駆け上がった7階から飛び降りた。駄目だった、飛び降り方が悪くて、下にあった頭の取れた古い標識に棒に刺さってしまった。口からゴシャっと血が止めどなく流れて来る。串刺しになってしまったので、また6階はやり直しである。
またセブンに戻る。もうルーティンとなった自殺にどうこう思わなくなってきた。飛べば助かるのだ。ひたすら成功するまで飛べばいい。ロードする前に意識が飛んでしまうことだけ気をつければ何回だってやり直せる。
雑居ビルにやってきてまた6階から飛び降りる。間違えて頭が下になってしまい。頭が地面に接触してしまう。頭蓋骨がメキッと割れる音がやたら鮮明に聞こえて、意識が飛びそうなのでロードする。
またセブンに戻る。どこからか人がすすり泣く音が聞こえる。遂に幻聴まで聞こえて来たらしい。俺はまた走って雑居ビルへ向かう。何度も転んで擦り傷を作り、駆け下りた階段で足を踏み外して転げ落ちて痣だらけになる。左腕が上手く動かない。折れてしまったらしい。でも大丈夫。成功すれば病院で治療を受けられるし、失敗したらロードで無かったことになる。
雑居ビルに着いて、階段を駆け上がって6階から飛び降りる。今度はちゃんと飛べたが、落ちた瞬間に意識か飛びそうになる。駄目だ、6階では死んでしまう。
それから何度も雑居ビルに向かった。飛び降りるだけが死にかける要因ではなかった。周りを見ずに走ったせいで車に跳ね飛ばされたり、階段から転げ落ちて頭を打ったり、疲れ切って雑居ビルの外階段に座り込んだところをヤツに殴られたり。
もう何度やり直したか分からない。何度も何度も傷ついてボロボロになった。今はきっと酷い顔をしている。何処からか聞こえてくる泣き声もより鮮明に聞こえるようになった。そしてまたループを始める。
またセブンに戻る。無言でまたあの雑居ビルに向かう。実は車に撥ねられたり階段から転げ落ちたタイミングは条件に合致していて、救急車で逃げられる筈だったが、もはや地縛霊と変わらなくなった俺は一切気付かずにループしていた。
そして何度目か分からない雑居ビル訪問。6階では死に、5階ではギリギリ死ぬと死なないの境界ぐらいで、4階は割と余裕を持って意識を保てることが分かったので、自殺っぽく見えなそうという理由で5階から飛び降り続けていた。
階段を駆け上って5階に着く。ヤツはまだ3階ぐらい。リュックを下ろしてフェンスを越えて飛び降りる。今度こそこのループから抜け出せますようにと神様に祈る。すると、地面に落ちて、いつもの様にグシャという音を奏でて辺りに血の池を作っても意識を保てた。全身が熱くて痛い。だが不思議と起きていられて、周りの人たちが騒然としていて、119番に通報する者や駆け寄って大丈夫が声を掛けてくれる者がいる。
ヤツは視界からは見えないが、殺しに来ていない。勝った。やっと逃げおおせることに成功したんだ。俺は安心して意識を手放した。
人が飛び降りてきた現場には大勢の人が集まっている。救急隊員は人垣をかき分けて現場に入ってゆく。その様子はさながらモーセの大海割りのようである。
「こりゃあ酷いね、手足もあらぬ方向に曲がっているし頭も打ってる。」
「何ぼさっとしているんだ!早くしろ!」
「すっすみません!」
「大丈夫ですか?意識ありますか?あったら返事してください」
ぁと小さく返事のようなものを返す死にかけの怪我人。
「意識があるぞ!心拍は?」
「弱いですがまだ動いています!ですが肺に血が溜まっています!」
「まだ助けられる!急いで病院に連れていくぞ!」
救急隊員達は急いで応急処置を行って救急車に乗せる。
その場には物凄い形相の少女と黒いフードを被った男が影から見ていた。
男は隣から殺すような刺すような目つきで睨まれていることに気付いていないのか、悠長に人が飛び降りた現場を見ていた。
「クソッあのオソロシイモノを連れていた奴を殺し損ねた。奴は私が追っているのに気付いていた。突然雑居ビルに行って飛び降りた時は何事かと思ったが合点がいった。奴は恐らく何らかの力によって未来で私に殺されるのを知っていたんだ。どんな未来かは知らないが、尾行は撒けないことを悟った奴は、必ず尾行を撒きながら私が以後容易には手を出せない安全圏に避難することを画策したんだ。病院に入るのは簡単だが病室を探すことは容易ではないし、入館証を持たない人物が入れる程看護師の防壁は低くない。更に言えば私が奴の退院日を知る方法はない。困ったな、早く『神社』の協力を仰がねば奴を取り逃がす!」
男は足早にその場を去ってゆく。その背を睨みつけていた少女は…
「英治は殺させない」
そう呟いてフッと消えた。