4話
目を開けるとそこはセブンであった。
「はぁ、はぁ、はぁ、何だったんだ?何だったんだよ!」
震えが止まらない。トイレに入った途端に後ろから殴られて死にかけた。恐い。なんで、なんで殴られなくちゃならなかったんだ!
嫌だ!死にたくない!誰なんだよ!殺しに来た奴は誰なんだ!!
恐怖と憤りで震え、疑心暗鬼になって辺り一帯を指すような目で見回す。
落ち着け!今は冷静にならなくては犯人の思う壺だ!誰が殺そうとしたのか全く分からない。それに動機も分からん、俺を殺すメリットがあるやつが全く思い浮かばない。
しかし考えても無駄だ。少なくとも犯人は気ままに動く俺の行動ルートを事前に把握する術はないから間違いなく後を付けている。取り敢えず犯人は俺をつけているのだから撒かないといけないが……俺に尾行を何とかする技能はないから仕方ない。
犯人が殺せない状況を作るしかない!幸いなことに犯人は新大阪駅のトイレの個室に入るまで殺さなかった。
つまり人目につく場所では殺せないのだ。ならば!常に人目につく場所に居続ければ殺されない!
俺はそう考えながら雑踏に紛れるようにして大国町駅に早足で向かってゆく。素早く改札を通って御堂筋線に乗って新大阪駅に到着。周囲に注意を払いながら定期券から新幹線切符を取り出して新幹線改札を向かおうとした瞬間、後ろから走ってくる足音に驚いて振り向こうとする。だがそれすら叶わずに、また何かで殴られた。
「ガッ、ぁ゙、」
うめき声にまだ息があることに気付いたのか、追い打ちが来て……
「ゔ、ぁ゙、ロ、ロード」
そしてまた意識は暗転した。
気付けばまたセブンの前に佇んている自分がいた。
公衆の面前であろうと、何が何でも俺を殺すという犯人に意思に怖気付いた俺は、震えを抑えられずにその場に座り込んでしまった。人の目に付く場所なら自分は殺されないという自分の仮説は間違っていた。犯人は何時でも殺せたのか、それともあのタイミングで偶々追いついて即座に殺していただけだったんだ。
本当は心胆寒からしむ出来事に、怯えて動けなくなりそうな自分を鼓舞するためにそれっぽい理屈を考えたが、駄目だった。賢く振る舞うことなんて出来やしなかった。嫌だ!痛いよ!死にたく無い!助けてくれ、誰か、誰か!
俺はなりふり構わず走り出して、大国町駅に駆け込んで電車に乗り、新大阪駅へ向う。
新大阪駅に着いた瞬間に電車から駆け出して階段を降り、新幹線改札に向かう。
しかし、
「ぐ、ガッ、ロ、ロード」
駄目だった。またやられた。また後ろから殴られた。新幹線改札口に辿り着けなかった。また新幹線に乗って帰れなかった……また?
気付けばまたセブンの前だった。
犯人の執念とまた数十分後に訪れる死に震えが止まらなくなる。逃げられなかった。また逃げられなかった!
でも大丈夫だ、突破口はある。俺は震える自分を何とか抑える。
犯人に2度、新幹線改札前で俺を殺した!
ヤツは新幹線改札に近付く俺に慌てて殺したんだ!つまりヤツには新幹線改札通らせたくない理由がある!
ヤツの気持ちになれ、ヤツの立場に立って考えろ!ヤツは俺を絶対に殺したい。だから俺を付け回す。地下鉄にも恐らく乗ってきた。地下鉄?そうか!ヤツの持つICカードでは地下鉄には乗れるが、新幹線にはのれない。
つまり俺を確実に殺すなら新幹線に乗せるわけにはいかないんだ!ヤツは地下鉄に乗っていた俺を静かに尾行して、俺がトイレの個室に入ったその一瞬の隙を付く狡猾さがある。
ならば!新幹線ではなく、在来線で帰れば良いのではないか?幸いなことに今は12時も回っていない。そしたら今日中に東京に帰る事も可能なのではないか?
直ぐ様行動を開始する。
さっきと同じように新大阪駅で降りるが、今度は一味違う。JR京都線に乗って京都・米原まで行ってから東海道本線で東京まで向かう。これなら東京まで帰れる。
長い電車の旅で常に一緒にいる客が居ればそいつが犯人だ。後は簡単。楽しい在来線の旅をしていたらずっと睨みつけながらついて来たなどとでっち上げて通報し、駅員さんや鉄道警察隊の方に取り押さえて貰えばヤツは俺を尾行できない時間が生まれるから逃げ切れる。
矢鱈と尾行技能が高いのか、ヤツの気配は感じ取れないが問題ない。新大阪駅のJR在来線改札を通ってほくそ笑む。こっから9時間の長旅だ。絶対にお前を見つけて警察に突き出して逃げおおせてやるよ。殺人鬼さん!
ホームに8両編成の電車が入ってくる。ヤツの思惑がなんであれ、これだけ人の目がある車内で犯行は行えない。最悪襲ってきても車両を区切るドアを力いっぱい閉めれば殴ることはできない。
俺は緊張しながらも少し安心して電車に乗り込んだ。
順調に京都・米原を過ぎて東海道本線に乗り換えることができた。が、そう上手くは行かなかった。
夜7時を過ぎ、丁度由比駅を通過した時に車両の中は俺ともう一人になった。夏なのに真っ黒の長袖のパーカーを着て、下はありふれたジーンズを履いた男がフードを目深に被って座っている。手には長い黒い筒を持っている。
間違いなくヤツである。新大阪駅で見掛けてからずっといる。ずっと自分の真反対から少しズレた位置に座っている。
そうこうしている内にフードの男は筒から何かを取り出し始めた。
出てきたのは……ゴルフクラブ!?しまった!今は車両に他の客が1人もいない!そうかそれを狙っていたのか!乗車数の少ない区間で且つ夜の時間帯なら!人口密集地を通過してだいぶ経ったこのタイミングで!通勤通学で電車を使う人は勤め先と家、それぞれの間が十何駅も離れている訳が無い!
理由は田舎の一駅の時間は10分を超えることもしばしば故、車を運転したり、親に送り迎えしてもらうのが普通だからだ!区間と時間帯で最も乗客の減るタイミングを狙われた!クソッ!
フードの男がゴルフクラブを出したのを見て、急いで車両の連結部に行ってドアを閉めて耐えようとしたが遅かった。考えが甘かったんだ。
俺は2回目の時に全速力で改札に向かったのにヤツは追いついて殺しに来た。明らかに自分よりも足が速いことを失念していた。
連結部に辿り着く前に少し振り返るとヤツの顔が見えた。ヤツは……今宮戎神社に居た神主らしき男だったのだ!
俺は驚きの余り一瞬だけ固まってしまう。それが命取りだった。直ぐ距離を詰めてきたヤツによって脳天に向かってゴルフクラブが振り下ろされた。恐怖に目を瞑ってしまう。
だが気力を振り絞って殴られて意識を失う前に叫ぶ!
「ロード!」
恐る恐る目を開ければ3度目のセブンだった。
ギリギリのタイミングでロードが間に合ったことに安堵してセブンのガラスの壁にもたれ掛かる。
今まで得体のしれない誰かが殺しに来ていたが、やっと正体を知ることが出来たのだ。警戒対象を絞れるのは大きい。毎回殺されかけるのは恐いが、これでなんとか我慢出来る。
然し何故だ?何故アイツは俺を何時間も付け狙って殺しに来るんだ?全く分からないが、強いて言うなら、ヤツは俺に何かしらやばいのが憑いているのを見て、恐ろしいのは憑いて来ているモノであって、俺自身ではないのに、俺もヤバい存在だと混同してしまうような異常者であるということだな。
しかし困った。新幹線や、恐らく飛行機も即座に乗れないという点で向かえば殺される。在来線では人が居なくなったタイミングで殺される。クソッ、神社に行く前のあのローソンでセーブしていればこんなことにはならなかったのに!
逃げ切る条件は3つ
・常に人目につく場所にいること
・逃げるタイミングでヤツが手出し出来ない状況を作ること
・どこに逃げたか分からないようにすること
ああ、そうか、そうすれば良かったのか。嫌だなぁ、死にたくないなぁ。しかも巻き込まれる人には申し訳ない。だがもう選択肢はない。
「絶対に逃げ切る活路を見つけたよ。」
力強く足を踏み出した。もうこれしかない。これなら確実に逃げ切れる。
リスキーではあるが、成功すれば絶対に帰れる!
俺は覚悟を決めて歩き出し、雑踏の中へ消えていった。