3話
翌朝
「ふぁあ〜よく寝た…今日は何しようかな。」
本来今日は大阪観光して夜の新幹線で帰る予定だが、そんな場合ではない。
『セーブ&ロード』を会得した原因は100%あの廃神社であることは間違いない。能力の仕様は調べられたが会得した詳しい原因が全く分からないのは大問題だし、そもそも時間遡行能力のような強力な力に代償がないとは考えられない。昨日までは仕様の検証の為に何百回も能力を使ってしまったが、今後も使い続けて良いものかは正直分からない。
こんな便利であらゆることに応用の効きそうな力を使わない手はないんだが……代償ぐらいは把握しておきたい。まあ間違いなく時をかける少女のような回数制限は無いのだが……
「そんな事を考えても埒が開かない。そもそも『セーブ&ロード』を授けた存在があの廃神社に居た気配なのか、それともあの『場』の来訪者に授けられるタイプなのかも分からない。」
俺は超自然的・オカルティックな事柄に造詣が深い訳では無い。こういうことを知っていそうなのは……神職や坊さんだな。
「とんでもない能力を授ける存在。恐らく何らかの神様について詳しそうなのは神職か……最もあの廃神社について詳しい神職がいそうなのは淡嶋神社の神主だな。ただまあ…もう一度廃神社に近づくのは危険だよな?あそこは取り込まれそうな恐ろしさがある。」
何処の神社が適切なのかは分からないけども、取り敢えずパワースポットとして一番上に出てきた今宮戎神社にしとくか。パワースポットとか、なんか御利益有りそうだし。
朝飯は手早くおにぎりですませて今は9時半。俺はさっさと荷物を纏めて部屋を出てチェックアウトをしに下へ行く。チェックアウトを終えて外に出れば、外は雲が殆どない晴れである。
晴れていてギラギラと太陽が照りつけるのも暑くて不愉快だが、だからと言って曇りのジメジメとした肌に張り付くような暑さも勘弁して欲しい。もっとこう、丁度よい気候にならないもんなのだろうか…
炎天下の靴底が溶けそうな道路を新大阪駅まで歩く。朝から汗ダラダラで、時折首に掛けたタオルで拭きながら改札を通り、御堂筋線のホームまで登る。
「クソッタレめ、何が地下鉄なんだよぉ!折角地下鉄だから地下の少しでも空調の効いた設備を期待して居たのにぃ!」
地上ホームに愚痴を垂れても詮無きことである。5分程待ってから電車が来たので我先にと乗り込む。まだ7月で本当の繁忙期ではないが、休日であることも相まって大変人が多い。
やはり北大阪急行電鉄と御堂筋線は直通であるせいか、俺が向かっているのは大国町だが、千里中央のニュータウンの方面から都心部行く家族連れや、伊丹空港から都心部へ向かっていると思われる観光客が多い。
これだけぎゅうぎゅう詰めでは最早冷房も意味を成さないだろう。暑い。いつもよりも心なしか暑く感じる。
20分程して大国町駅に着く。家族連れは梅田・心斎橋・なんばなどで粗方降りてゆき、観光客もなんばで降りていって、途中からは多少車内に余裕が生まれた。観光客の何割かは俺と同じ大国町で降りていった。家族連れは分からないが、観光客はなんばグランド花月に漫才を見に行ったり、もちろん今宮戎神社に行く人も居るが、乗り換えて住吉大社まで足を伸ばすのだろう。
「あぁ!素晴らしきかな地下ホーム!外よりも涼しい!」
ホームから階段を登って改札を通り、エレベーターに乗って上まで上がる。あぁ、車内やホームの涼しさが名残惜しい……
外に出てみればモワッとした熱気と共にローソンが目に入る。昨日よりも暑い日にはやはりガリガリ君が適切である。残りの所持金的には昼飯と夕飯代+交通費を考えると財布が少々薄い。予想される旅行費+1万は持ってきたのにギリギリとは情けない。あっでもpaypayなら大丈夫じゃね?
「セーフ!俺にはまだガリガリ君で涼む権利がある!」
直ぐ様ローソンに突入してガリガリ君を購入。出てきて直ぐ様接種する。
「うんまい!やはり猛暑日にガリガリ君は欠かせない!」
いつの間にか食べきってしまって棒だけになったのを見て、小さな絶望を味わいながら今宮戎神社へ歩を進めた。
神社に近づけば近づく程いやな感じがする。なんかこう……近寄り難いというか、何故かイライラするというか、胸が苦しくなってくるというか……え?なんで?
兎に角近づけば近づく程不快感が溢れて止まらない。やっぱりナニカが憑いているだろうとは思ったんだ。あの廃神社に祀られていたのはそもそも神などではなかったのだろうか、じゃなきゃ由緒ある神社に近付いて異変が起きる筈がない!
段々苦しくなってくるが、なんとかぐっとこらえて鳥居を潜ろうとするが………
「止まれ!入るな!」
気付けば神職の格好をした神主らしき人が仁王立ちで前に立っている。語気が強かったので怒っているのかと思い、顔を上げてよく見れば冷や汗を流している。
「なんでですか?俺お祓いをしに来たんですが…」
「なんでもこうもない!そんなものを神聖な境内に持ち込むな!」
「(そんなもの?)え?なにも危険物とか持ち込んでいませんよ?」
「持ち込んでいない?そんな訳がないだろう!後ろのナニカはなんだ!?そんな悍ましいモノを招き入れるな!」
その瞬間背後にぞぞぞっとナニカが現れるのを感じる。さっきまで神職らしき男に理不尽なマネをさられて頭に血が登ってきていたが、途端に血の気がサッと引いていく。確かにナニカがいる。
後ろのナニカは多分怒っている。失礼な物言いをした神職らしき男に怒っているのだろうか。俺は身の毛がよだつ感覚と共にその場に凍りつく。
男は俺の後ろのナニカに怯えて声も出せずに口をパクパクとしている。そしてなんとかそれから回復すると、
「もう勘弁してくれ!頼むから出ていってくれ!」
怯える男は、彼によって突き飛ばされて尻餅をついた俺には目もくれずに境内に向かって何かを発しながら走り去っていった。
途端に消える背後の気配。怖くなって走り出した俺は、直ぐに近くのセブンに駆け込んだ。
まだ背中にこびりついている感覚。きっとあのぞっとする感覚は……間違いないだろう、廃神社で背後に現れたナニカと同じの筈だ、そうに違いない。ただあの時は俺に敵意を向けていなかったんだそういうことだろう。あんなに恐ろしい雰囲気ではなかった。ただ不気味なだけだった。
俺は思い出しただけで恐ろしくなってその場に座り込んでしまう。道行く人が不審そうに見ながら通り過ぎていく。
やっと落ち着いてきた俺は、走り去っていった男が何か小声で言っていたことを思い出した。
「そういえば、あの男、最後に『……………子…………を解いた……………た……ねば』って言ってたな。あれは何だったんだ?」
男の不可解な最後のセリフに違和感を覚える。
「あの剣幕は普通じゃない。あいつが何かをしてくるかもしれないし、さっき現れたナニカもいつ出るか分からない。一応今のうちにセーブしておこう。」
今宮戎神社近くのセブンをセーブポイントに指定する。前回のセーブポイントは使うことがないと思っていたため、解除していたので現状セーブ地点が存在しなかったのだ。
これからは何が起こっても不思議ではない。今までの人生に無かった怪事件が起きている。セーブ枠は1つしかないのでセーブポイントの選定は慎重さを要するが、今しかセーブするタイミングはない。
なぜなら、時間が経てばロードしても手遅れになってしまうかもしれないから。
この後まだ観光する予定だったが、とてもじゃないがその気になれん。幸いなことに、帰りの新幹線の切符は自由席だから直ぐにでも帰れる。
足早にその場を去り、新大阪駅へ向かう。新大阪駅に着いて、電車の冷房のせいか少々お腹が痛くなったのでトイレの個室に入ろうとした瞬間、後ろから突然何かで殴られた。
「ぁ゙っがっ」
段々と意識が朦朧として来る。多分頭から血を流している筈だ。
俺は震える唇で呟いた。
「ロード」