1話
よもぎ杏子です。本作は処女作ですが、割と長く連載する予定なので、気長にお願いします。
ガタンゴトン、ガタンゴトン
外からは暑い陽射しが照りつけ肌をこんがり焦がして来る。
車内は寒い程に冷房が効いているのに、然程涼しく感じないのは日向に座っているからだろう。
高校一年の夏、俺は一人旅に和歌山まで旅行に来た。if
特に理由は無い。ただ何となく非日常を味わいたくて行ったことのない場所まで来たのだ。
東京から5時間程。和歌山には海も山もあって大層風光明媚らしく、初めて人形供養を行ったことで有名な淡嶋神社があるらしい。
やはりGoogle先生は偉大である。俺は和歌山と言えば、石山本願寺征伐を行う信長公を苦しめた雑賀衆のイメージしかない。余りに知見が狭すぎて泣きそうになるが、嘆くべきは何があるかも分からない場所に何かを期待して単身乗り込もうとする自分の浅はかさではないだろうか。
なんだろう、旅行なのに悲しくなってきた。
「終点、加太駅、ご乗車有難うございました。」
ホームに出た途端にジリジリとした暑さを感じる。今は13時過ぎ。手元のGoogle先生によると淡嶋神社までは約1.6kmらしいが、このクソ暑い中を20分以上闊歩する殊勝さがあるならこのような訳の分からない旅に金を使うことはない。
改札を出てからハイヤーしていたタクシーに乗る。窓から見える景色は長閑な田舎そのもので、都会の黒鉄とコンクリートで疲れた目を癒してくれる。
「到着いたしました。」
支払いを済ませて外に出て、鳥居を潜れば綺麗な朱色の本殿がある。ミンミン鳴いている蝉を尻目に、汗を首に掛けたタオルで拭いながら近付いた。本殿には大量の雛人形が、その横には日本人形がところ狭しと並べられており、少々金玉が縮む。
詰まらない日常に面白い縁があるように、俺は5円ではなく、500円入れる。こういうのはけち臭いと御利益がない。参拝を終えると、社務所に寄って御神籤を買う。500円課金したのだ、やはり多大なる現世利益を求めたくなる。
御神籤によれば、
願望 直ちに叶う
待人 おそけれど来る
失物 出るがじき見つかる
旅行 気をつけよ
商売 売り買いともに利多し
学問 隣人をよく知れ
相場 利なし
争事 隠れよ
恋愛 愛に捧げよ幸せあり
転居 なるようになる
出産 まだはやい
病気 避れられぬ
縁談 するまでもない
大凶
「なんでやねん!」
願いは叶うし、どうも恋愛にも恵まれるらしいから明らかに大凶ではないだろ!おいどうなってんだよマジで!訳わからん。どうなんってんだこの神社は…バグ御籤だろ…
なんとも腑に落ちない御神籤を片手に淡嶋神社を出る。13時近くなってきて更にジリジリと太陽が照りつける。取り敢えず今日は海岸に行って友ヶ島を見物して一息ついてから帰ることにする。
神社の裏手に回って海沿いの道を歩くと、林に古ぼけた鳥居がある。
「は?淡嶋神社の裏手の林の先にはホテルはあるが、それ以外はなかった筈。何故ここに鳥居が?」
不可解な鳥居に近寄ると奥に続く参道がある。石畳も所々苔むしていて、最近人が入った形跡はない。
「廃神社か?位置的には淡嶋神社の分社か奥の宮にあたる場所だが、すぐ近くに分社する必要はないし、奥の宮にしては直接一般道と繋がっているのはおかしい。」
明らかに禁域の雰囲気しかないが、好奇心に負けて恐る恐る入る。一応鳥居の前で礼をしたから大丈夫だろう。
足を踏み入れれば厳かで静謐な感じがする。心なしか肌寒くなってきた。ミンミン鳴いている蝉もいない。間違いなく人が入っていない原生林にも等しい場所であることは確かだが、そのような場所が居住地域の直ぐ近くにあることに違和感を覚えずには居られない。一体ナニを祀っている場所で、何故人が来ないのか。
体感20分は参道を歩いていると、また鳥居が現れてその奥にこじんまりとした本殿があるのが見える。今まで感じたことのない荘厳さに思わず頭を垂れてしまう。
境内に入ると本殿と小さな社務所のみ。気味が悪いと思いながらも賽銭箱に近づく。なんだか5円ではいけない気がする。その程度の格のナニカが祀られているわけが無い。分からない、分からないが1万円は入れるべきだ。そうに違いない。財布から顔を上げて本殿を見れば中には『何もない』。
御神体はなんなんだ。林自体が御神体なのか?いや、違う。林ならば本殿の対面の壁は無い筈。
良く目を凝らせば中には台形の台座のようなものだけがある。これが御神体なのか?台が御神体とか聞いたこと無いな。
背筋が凍る心地がしたから早く参拝を終えて帰ろう。拍手は2回では失礼にあたるだろうか。
俺は震えるのをなんとか抑えて2礼4拍手1礼しようとするが、緊張していたせいか、誤って8回拍手してしまう。
その瞬間、ナニカが自分の後ろに現れたような気配がしたが、直ぐにフッと消えた。
俺は失礼にならない程度に足早にこの廃神社を去った。
道路沿いの鳥居を抜けるとまた夏の蒸し暑さが感じられ、蝉の鳴き声もミンミンと聞こえる。
「なんだったんだよアレ」
後ろを振り返ってもちゃんと薄汚れた鳥居と苔むした石畳はある。よくある怪談や都市伝説の類ではないといことか。
糸を引くようなねっとりとした後味の悪さとやたら磯臭いような気配を振り払って町中へ向かう。
一応友ヶ島へ観光しに行くことも考えていたけど、なんか嫌な感じがするからいいや。
偶々目についた店で昼食にしたところ、特盛しらす丼が出てきた。なんの魚かは分からなかったが、適当に頼んだ煮付けも美味い。食べ終わって店を出れば15時近い。タクシーで駅まで行きたい所だが、1万もお賽銭に使ってしまったから流石に節約しておきたい。
20分程歩いて駅についてから数十分待って電車に乗る。電車に揺られながら行きと同じ田舎の風景を眺める。
「あの廃神社はマジでなんだったんだろう?」
Googleマップで該当地域を調べても一切の表示はない。ストリートビューで見てみると…
「ない、どこにもない!」
ストリートビューから見える写真には一切写っていない。
「そんなバカな!ちゃんと振り返ってあるのを確かめた筈!」
あり得ないが、オカルトじみた現象に遭遇したのかもしれない…ただもう2度と行くことはないし、今のところ実害はない。
大阪に着いたら念の為お祓いをしてもらえば多分大丈夫。懸念事項としては、どうもあの廃神社で祀られていたナニカはそんじょそこらの神様より格の高そうな存在であったことが問題だが、まあ肌感に過ぎないし、憑いても憑いていなくても何も起きなければセーフだから。
そう自分に言い聞かせて電車に揺られていた。
電車に揺られること2時間、やっと新大阪駅まで帰ってきた。
「はあぁ…疲れた…今日はホテルの近くのローソンで今日と明日の飯買って部屋行くかぁ…そういえばチェックインしてないから手続きしないといけないじゃん。面倒くさいなぁ…」
新大阪駅から宿泊するホテルは見えるのに地味に遠い。歩いて十何分は掛かる。17時はまだ日が出ていて西日が大変暑い。
足早にホテルに向かい、その道中のローソンで今日の夕飯と明日の朝飯、序にアイスも買う。
「やっぱりガリガリ君は美味いなぁ〜このクソ暑い日に濃厚なラクトアイスなんざ食えたもんじゃない。」
ふと、ローソンで更に薄くなった自分の財布が目に留まる。
「過去に戻ったら所持金も元に戻ってるんだよなぁ〜そしたらアイス食べ放題なんだよなぁ〜まあ戻れないけどさ。」
ホテルに行ってチェックインを済ませる。部屋に着いた瞬間ベッドにダイブしたくなるが、それをぐっと抑えてシャワーを浴びて夕飯を食べる。部屋のテレビをダラダラと見ていると22時を過ぎている。明日は適当に梅田とか難波の辺りを観光してから帰るか。それにしても小腹が空いてきた。夜食を買いに下に行くのも面倒くさい。
「こう、一瞬でコンビニまで行けると便利なんだけどなぁ…そういえばあのローソンドクペ置いて無かったんだよな。自販機につも一瞬で行きたいわ。」
ぶつくさ言いながらベッドに入る。面倒だから下に行くのはいいや……
目を開けると、そこは下のローソンだった。