クラウディアは、変わりたい
クラウディアには、好きな人がいた。
「は?クラウディア?いや、あいつのことが好きなわけないだろ。考えたこともないって。母さんが面倒見てやれっていうから、仕方なく付き合ってるだけだよ」
彼のことが、好きだった。
小さい頃から、仲の良い幼馴染。家が隣同士で、家族ぐるみで仲が良いと思っていた。
「ま、そうだよな〜。お前モテるし、クラウディアじゃ全然釣り合ってねーもんな」
彼は、小さい頃はどこにでもいる普通の男の子だったが、成長期を迎えて一気に背が伸びて、顔立ちもはっきりし、精悍な青年になった。
街の女の子たちにも人気で、ファンも多い。
けれどもクラウディアは昔からの幼馴染で仲が良いから、そばに居てもいいのだと思っていた。
「ライリーは優しすぎるんだよ。あの子、前髪長すぎて目も合わないし。挙動不審で気持ち悪いよね」
引っ込み思案で人見知りのクラウディアにも、彼は昔から嫌な顔をせず優しく気遣ってくれた。人の輪に入れずに戸惑うクラウディアに、そっと手を差し出してくれる人だった。
「てかあいつ、絶対ライリーのこと好きだよな。いっつもお前のこと見てるし」
自分に自信がなく、自分のことがあまり好きではないクラウディアだが、彼といると、不思議と力が湧いてきて頑張れる気がした。みんなに好かれる優しい彼の幼馴染であることが、密かな自慢だった。
「あー……ま、そうかもな………正直困るんだよな。俺にはそんな気ないし。ちょっと話しかけただけで真っ赤になって、何か………重いんだよな」
彼の前では、少しでも可愛いと思われたかった。でも目が合うと恥ずかしくて、中々言葉が出てこなかった。
重い、と思われていたなんて知らなかった。
「まあとにかく、あいつと付き合うとか、死んでもないから」
「死んでもとか、ひでぇなライリー!」
「あっはは!ライリーったら辛辣ぅ!」
わははは、きゃはは、と楽しそうな笑い声が響く。
クラウディアの頭は真っ白になった。
幸いにも、彼らに自分がいることは気づかれていない。
どうか見つかりませんように、と震えながら祈って、体を小さくするしかなかった。
引っ込み思案のクラウディアには、酷いことを言って笑う幼馴染とその友人たちの前に出ていって抗議するなんてことは、到底できなかった。
しばらくして、ライリーと友人たちがその場を離れ、姿が見えなくなると、クラウディアは地面に座り込んだ。
「うっ………ううっ……」
ぬぐってもぬぐっても、涙が溢れてきて前が見えない。
ぽたぽたと、地面に涙のしみがどんどん増えていく。
大好きだった人が、昔からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染が、自分のことを悪様に言って、みんなで笑い物にしたなんて、信じたくなかった。
けれども現実は無情だ。
酷いことを言われて、悲しい。
抗議もできずに隠れる自分が、悔しい。
馬鹿にされても仕方ないと、どこかで思ってしまう自分が、情けなくて惨めだ。
「ううっ………」
どうして私は、こんななんだろう。
どうして私は可愛くないの。魅力的じゃないの。他の人に誇れるものが何もないの。どうして。
どうして。
―――
気がつけば、日が沈む時刻になっていた。
とぼとぼと帰路につき、家に着くと、心配する家族をよそにクラウディアは部屋に引き篭もった。
何もする気が起きず、ベッドに寝転がる。
悲しくて虚しくて、負の感情が絶え間なく湧き出てくる。
際限なく出てくる涙をそのままに、クラウディアは暗い部屋の中、ぼんやりと天井を見上げていた。
まんじりともせず、夜を明かし。
カーテンを閉めていなかった部屋に、夜明けの光が差し込んでくる。腫れぼったい瞼を開けてぼんやり朝日を見ていると、一つの言葉が胸の奥から浮かんできた。
―――変わりたい。
自分に自信がなくて、自分のことが嫌いで、他人から馬鹿にされても何も言えない自分は、もう嫌だ。
誰かに馬鹿にされても何一つ言い返せずに落ち込むだけなのも、うんざりだ。
何か一つでも、誇れることがあるような人間に、なりたい。
わたし、変わりたい。
―――
その思いに突き動かされて、その後のクラウディアは、全てものを意識から排して、魔術の勉強にのめりこんだ。
もともとそれなりに才能があると言われていたクラウディアだったが、家族が心配するほどに勉強に没頭し、魔術の沼に沈み込むほどに、その才能は磨かれていった。
住み慣れた家を離れ、王立魔術学校に推薦で滑り込み、入学後は好成績を納め続けた。
卒業にあたり、教師の勧めで一握りのエリートたちしか入団できない宮廷魔術師団の選抜試験を受けたところ、なんと合格してしまった。
その年に合格したのは、クラウディアと、魔術学校時代の友人のレオンのただ二人だけだった。
そうしてクラウディアは、齢20にして、まさかの宮廷魔術師団の一員になった。
宮廷魔術師になるなんて自分でも信じられない、と夢うつつで迎えた入団初日。初っ端から、我の強く個性的な魔術師たちに揉みに揉まれ、夢を見ている暇もない目まぐるしい日々が始まった。
それは無理!と悲鳴をあげるような難題が山のように降ってくる。同期のレオンと二人で協力して、睡眠時間を削ってへとへとになりながら、必死に立ち向かった。
先輩魔術師たちの、過激な魔術実験にもよく付き合わされた。はっきり断れないクラウディアはいつも巻き込まれ、命の危険を切実に感じること数度。実際のところ、同期のレオンが助けてくれなければ多分死んでいたであろう。
ここにきて、クラウディアの引っ込み思案は強制的に改善された。
なぜならば、自己主張しなければ、死ぬからだ。
我の強い魔術師たちはまったく忖度してくれないから、危ないことは危ないと、できないことはできないと、やりたくないことはやりたくないとはっきり言わないと駄目なのだ。命の危機に幾度も晒されることで、クラウディアの精神は強制的に鍛え上げられた。
極限の状態で、数多の天才変人奇人狂人紙一重の個性的なメンツに振り回されること数年。
クラウディアは、なんとか今日も宮廷魔術師団で生き抜いている。
肩口で無造作に切り揃えていたくすんだ金髪は、新人時代、断りきれずにとある魔術師の実験に巻き込まれ、謎の液体を頭からかぶった後、波打つ輝く金髪に変化した。ちなみにその液体は、愛猫の毛並みを艶々にせんとして作られた魔法薬だったことが後でわかった。
人と直接目線を合わせるのが苦手でかけていたメガネは、同じく断りきれずに巻き込まれた攻撃魔術の実験の際、衝撃の余波で粉々にヒビが入った。
幸い目は無事だったが、レンズが目に突き刺さっていたら失明していたかもしれない。恐ろしくなったクラウディアは、メガネをかけるのをやめた。
とにかく生き抜くのに必死だったクラウディアは、気づけば20代半ば。魔法薬の影響が全く取れずに輝く金髪に、前髪や眼鏡で隠すのをやめた澄んだ空色の瞳が映える大人の女性になっていた。
そしてなんと、慈悲深き憂いの魔術師クラウディア、という詐欺のような二つ名までついてしまった。
慈悲深いというか、変人奇人だらけの魔術師団の中では、まだ良心が残された普通の人間である、というだけだ。外部の人間からしたら、話がちゃんと通じるというだけでも貴重なのだろう。他の魔術師達が人間離れしていておかしいだけだと思われる。
憂いというのも、普通に泣きそうなのを我慢していただけだった。クラウディアは、先輩魔術師たちの依頼を断れず、入団当初から、言われるがままに様々な魔術実験に参加してきた。
最初の頃は本気で命の危険を感じて泣き叫んだが、泣いても事態は好転しないとすぐ気づいた。むしろ泣いてる間に死ぬ。
それからは、心の中ではいつも泣き叫びつつも、涙は流さずに何とか冷静に事態を把握して危機を回避できるように頑張った。
そんなわけで、先輩魔術師に振り回されては涙を堪えて魔法を使う姿を見た外部のものたちから、憂いをおびているなんて評されてしまった。
甚だしい誤解だ。
けれど、取り繕った外面はともかく、内面的には人見知りで内気な性格のままのクラウディアは、わざわざその誤解を解くのも億劫だった。
慈悲深い、はたぶん褒め言葉だし、憂い……はよく分からないが、まあそんなに悪いことでもないだろう、総じて誤解ではあるが害のない二つ名だ、と自分に言い聞かせる事で心の安寧を保っている。
ちなみにあくまで誤解しているのは外部の人間だけで、同僚の魔術師達はクラウディアの小心さをよく理解している。
―――
さて、そんなクラウディアの得意魔法は、農業分野だ。
稲をいっぺんに刈り取る魔法や、脱穀を一瞬で済ます魔法、小麦につく虫除けの魔法など、攻撃魔法などと比べるとかなり地味だ。
とはいえ、農業生産効率の向上は国力増強に資するということで、割と評価されている。最近はひとり、魔術師も下につけてもらえて、予算も増えた。何より、自分の実験があるので、という名目で他の魔術師の実験の誘いを簡単に断れるようになって、心からほっとしている。
そうして、基本的に魔術塔と試験場を行ったり来たりの生活をしていたクラウディアだったが、ある日、一通の小洒落た招待状が手元に届き、頭を悩ませることになった。
「クラウディアさん、それ何ですか」
「えっ……………その……不幸の、手紙……かな」
「は?」
後輩魔術師の冷たい返答に、クラウディアは凹んだ。彼は、昨年からクラウディアの部下としてついてくれている魔術師だ。なんと王立魔術学校を主席で、しかもスキップ卒業した天才児で、その年齢はわずか14歳。
クラウディアやレオンなど、他の宮廷魔術師はたいてい20歳前後で入団していることを思うと、如何にすごい人材かがわかる。
艶のある黒髪に、吸い込まれそうに美しい紫紺の瞳を持った可憐な美少女、のように見える少年だ。ちなみに、美少女扱いされると烈火の如く怒るので、決して言ってはいけない。
「ちょっと、何勝手に落ち込んでるんですか。あなた一人で悩んでてもいい事ないんだから、勿体ぶってないで早く話したらどうですか」
言い方は辛辣だが、根は本当は優しい子なのだとクラウディアは知っているので、怖くはない。今も、クラウディアが一人悶々と悩んでいるのを見て、心配して声をかけてくれたのだろう。
「あ、うん………実はね、私の出身の街のご領主様のご子息様の婚約が決まったらしくて。その、私、腐っても宮廷魔術士だから、地元ではそれなりに有名、みたいな感じで……あの、なんかね、ご子息様と婚約者様のお披露目のパーティー、というか夜会をやるみたいでね、その……」
クラウディアがもだもだと説明していると、エリオットはすぐに察したようだった。
「――ああ、分かりました。つまり、クラウディアさんは夜会に来賓として招待されたんですね」
「う、うん。そう……」
「ふーん。で、それのどこが不幸の手紙なんですか。普通の招待状じゃないですか」
「あ、あー……そう、なんだけど……」
言い淀むクラウディアに、エリオットは明らかにイラッとした顔をした。
「もじもじしてないではやく言ってくれます?」
「ご、ごめん。あの、実はね……」
そうして追求されるままに、クラウディアは悩みを吐露することになった。エリオットに厳しく追求されるままに、記憶の奥底に沈めていた幼馴染との出来事も白状させられた。
話を聞き終えると、エリオットは、可愛らしい顔を台無しにする勢いで、眉間に皺を寄せていた。そして心なしか低くなったように感じる声でクラウディアの話をまとめた。
「つまり、地元に帰って、あなたのことを馬鹿にしてた幼馴染の男と万が一にも顔を合わせるのが嫌だ。でもその領主はあなたの学費を支援してくれたから夜会の出席は断れない。そのうえ、夜会にはエスコートが必須で、その当てもないから途方に暮れてる、ってことですか」
「うん、そう……」
まさにその通りだ。できる事なら欠席したいが、お世話になったご領主様への義理があるから、断れない。しかもエスコート必須という、クラウディアには高すぎるハードルがついている。
「クラウディアさん、それ、本気で言ってます?」
「うん……情けないよね、もう何年も経つのに、いまだに、昔の知り合いに会うかも、って考えただけで怖いなんて……」
幼馴染のライリーとは、家を出てから会っていない。たまに実家に戻ることがあっても顔を会わすことがないように避けていたし、彼の話題は耳に入れないようにしていたから、今何をしているかすら知らない。
今回も、領主様主催のパーティーに出席するだけで顔を合わせるとは限らないのだが、不特定多数が招かれるパーティーなので、絶対に会わないとは言い切れない。
あの頃と、今のクラウディアは違う。
けれど苦い思い出と向き合う勇気はまだ持てていなかった。
しゅんとうなだれるクラウディアを見て、エリオットは眉間の皺をさらに深くした。
「いや、そうじゃなくて。まぁ、それもですけど、エスコート役の当てがないってやつですよ。本気ですか?」
「え?うん、ないけど……私なんかにあるわけ……ないよ」
実家の兄くらいだろうか。頼めばやってくれそうなのは。でも、兄はごく普通の庶民なので、ご領主様の夜会に着いてきてなんて頼んだら、恐れ多くて震え上がってしまいそうだ。
そんな返答に、エリオットは何故か驚いた顔でクラウディアを見る。
「冗談ですよね?何でですか?一緒に住んでる魔術師がいるじゃないですか。あいつを誘えばいいですよね?」
「え、あ、住んでる?………………えっと、レオンのこと?」
レオンは、王立魔術学校時代に出会って仲良くなった友人で、宮廷魔術師団の同期でもある。
彼は、引っ込み思案のクラウディアに、出会った当初から気さくに声をかけてくれた明るい性格の人だった。人との距離の取り方が絶妙で、声をかけてくれるけれど押し付けがましくはなく、戸惑うクラウディアを気にせず、何だかんだとそばに居てくれた。おかげでだんだんと仲が深まり、共に宮廷魔術師となった今では、一番の友人と言えるだろう。
「レオンは、その、たまたま同じアパートの隣同士の部屋だっただけで、一緒に住んでるわけじゃ………それに、いくら仲のいい友人だって言っても、夜会のエスコートなんてすごく面倒な事、頼むわけには……」
とはいえ、別に一緒に住んでいるわけではない。エリオットの誤解だ。魔術師向けの物件は元々少なく、職場への利便性などを考えると選択肢はだいぶ狭まる。それゆえに、レオンとはたまたま一緒のアパートで、隣室になっただけだ。
「ただの友人って、本気ですか?あいつ、僕みたいな子供に対しても嫉妬心丸出しで絡んでくるのに。あいつに頼まないほうが、絶対面倒なことになりますよ!」
「あ……エリオット、あの、」
「あいつほんとにいつもいつも、めんどくさく絡んできて!!厄介な奴なんですから!………なんですか?」
「う、うしろ……」
「は?」
「なーんの話しをしてるのかな、エリちゃん、クラウディア」
噂をすれば影。レオンだった。
レオンは、接近に気づいていなかったエリオットの肩に両手を置くと、その耳元にふうっと息を吹きかけた。
ひぃぃぃぃと絹を裂くような悲鳴をあげて、エリオットが飛び退く。
「き、きもちわるい!何がエリちゃんだ、僕に触るな!このやろう!」
ぎゃんぎゃんとかみつくエリオットをいなしながら、レオンはけらけらと笑った。紺色の髪に、荒削りな宝石の原石を思わせる自信に満ちた金の瞳。すらりと高い身長に、程よく鍛え上げられた身体は、魔術師というより騎士のようでもある。
「はいはい。エリちゃんは今日も反抗期真っ盛り。元気いっぱいで良いですね〜」
「おいっ!触るなっ、やめろよっ!」
レオンによしよしと頭を撫でられて、エリオットは乱暴にその手を払いのけた。毛を逆立てて威嚇する猫のような姿に、レオンがくつくつと笑う。
「へーへー、悪かったな。そんで、二人でなんの話よ?」
その金の目がこちらを向くと、クラウディアの胸は何故かどきりとした。
「あ、えーとね……実は、断りたいけど断れない夜会に招待を受けてて、それで、エスコート役が必要なんだけど、いなくてどうしようとか、そんな感じのことを聞いてもらっていたの」
クラウディアが簡単に説明すると、レオンはなるほど、と頷いた。
「ふーん。そんなことがね………それで、エスコート役はもう決まったのか?」
レオンが、高い背を丸めて、クラウディアの顔を覗き込んでくる。端正な顔立ちのレオンに間近で見つめられると、いくら仲の良い見慣れた友人の顔とはいえ、クラウディアもうっすらと頬が赤くなる。
「えっと、まだ………その、でも!たぶん何とかなると思う。いざとなったら、実家の兄にお願いする、とか……」
先ほどもぼんやり考えていた事だったが、口にしたらそうするのが良い気がしてきた。兄ならば、内気なクラウディアも気を使う必要がない。
けれどもそれを聞いたレオンは、首を横に振った。
「んー、そういった場には異性のパートナーが定番だろ。お兄さんじゃ防波堤には頼りないかもな。周りに人がわんさか寄ってきた時、対応できないんじゃないか?」
「クラウディアさん、それはちょっと………」
エリオットも渋い顔をしていて、レオンの意見に賛成のようだ。
「え、駄目かな…………私に…そんなに人が寄ってくるとは思えないけど……」
クラウディアの自信なさげな様子に、エリオットとレオンはしょっぱい顔で目線を交わし合った。
「宮廷魔術師とお近づきになりたい奴は腐るほどいるからな。中々出会えるもんじゃねえし、そんな奴らからしたら、夜会は絶好の機会だろ」
「お友達希望の奴らが蛆のようにわいてきますよ」
「えぇ……」
何か嫌な記憶でも思い出したのだろうか、吐き捨てるようなエリオットの言い草に、クラウディアが怯む。
そんな様子を苦笑いで見て、レオンが口を開いた。
「ま、エリオットの言い方は酷いが、その通りだな。そこでだ、クラウディア。―――良ければ俺を、パートナーにどうだ?」
「えっ」
レオンからの提案に、クラウディアは息を詰めた。それはもちろん、レオンがエスコート役になってくれたら兄よりも遥かに頼りになるのは間違いない。
だが、いくら仲の良い友人とはいえこんなお願いをしても良いのだろうか。
「ありがたいけど……でも、レオン……最近、特に忙しいじゃない……こんな面倒な事、申し訳ないわ……」
近ごろ帰宅がとみに遅いのを隣人のクラウディアは知っていた。朝早くに出て、夜も遅い。ちゃんと休めているのか心配になる忙しさだった。
けれどもレオンは、心配するクラウディアに気にするな、と笑いかけた。
「大事な友人が困ってる時に力にならなくて、どうするんだ。俺も腐っても宮廷魔術師だからな。ある程度、クラウディアの防波堤にはなれるだろ。困った時はお互い様なんだから、申し訳ないなんて思わないで、頼ってくれよ」
金の瞳でじっと見つめられると、クラウディアも心が動いた。
「レオン……ありがとう。その、それじゃあ、お願いしてもいい?忙しいときにごめんなさい。でも、あなたが来てくれたら、すごく頼りになるわ」
「おー、まかしとけ」
にいっと口の端をあげて笑うレオンは、困っていたクラウディアにとっては救いの神だ。優しくて頼もしい、得難い友人である。
そんな二人のやり取りを、砂吐きそうな表情で見ていたエリオットが口を開いた。
「それで、エスコート役はその男でいいとして、従者はどうするつもりなんですか」
思っても見なかった言葉に、クラウディアの思考が止まった。
「えっ………従者って………必要、なのかしら?」
「別に、絶対じゃありませんけど。いた方が格が上の扱いをされるってだけで」
「あ、いなくてもいいなら……」
それならなしで良い、と言おうとしたクラウディアを、エリオットは鋭い目線で睨みつけた。
「クラウディアさん。鈍臭いあなたに、本当に従者はいらないんですか?夜会なんて海千山千の化け物がいっぱいいます。そこのうっとうしい魔術師が少し席を外そうものなら、物慣れないあなたは、一かけらも残さずに食べられちゃいますよ」
「え、……あ、……そう、かな……」
しょぼしょぼと落ち込むクラウディアに、エリオットは自分の存在をアピールするように横目でチラチラと視線をやったが、鈍感なクラウディアは気づかない。レオンは口を挟まず、そんな二人の様子を面白そうに眺めている。
「まったく頼りない方ですね、クラウディアさんは。しっかりサポートしてくれる従者があなたには必要だって、考えるまでもないことでしょう。もちろん、誰に頼めば良いかもわかりますよね?」
エリオットがイライラした様子で付け加えると、はた、とクラウディアが顔を上げた。
「え……もしかして、エリオットがきてくれる、の……?」
「は?」
「あ、ううん、……ごめんなさい」
素っ気ない反応にクラウディアが縮こまると、エリオットがわざとらしい咳払いをした。
「クラウディアさん。誰かの力を借りたいんだったら、何か言うことがありますよね?」
「あ……」
素直じゃないエリオットが求める言葉をようやく理解したクラウディアは、確認するようにそっとレオンに視線を送った。レオンも、笑顔で頷き返す。
「そ、そうよね!私ったらごめんなさい。ええと、それじゃあ、エリオット……従者として、一緒に着いてきてくれませんか?」
クラウディアが改まって頼むと、エリオットは綻びそうになった口元をぎゅっと引き結び直し、もったいぶったように返事をした。
「ふん!そこまで頼まれたら仕方ありませんから、ついていってあげます。僕みたいな天才魔術師が従者役をやってあげるんですから、光栄に思ってくださいね」
「エリオット……ありがとう」
感情表現が不器用な少年の優しさに、クラウディアの顔にも笑みが溢れる。
「素直じゃないねぇ、エリオット少年」
「うわっ!おい!頭を触るな!離せよ!」
「はいはいおぼっちゃま。失礼いたしました」
再び頭を撫でるレオンに、それを跳ね除けて騒ぐエリオットの二人を見ていると、クラウディアは先ほどまでの憂鬱な気持ちがいつのまにか軽くなっていることに気がついた。
いつも何かと助けてくれる大切な友人と、口は悪いけど実は優しい頼りになる後輩がいれば、これからの試練も無事に乗り越えられそうだ。
「ふたりとも、よろしくね」
「おう、まかせとけって」
「ふん!仕方がないですね!」
さて、こうしてレオンとエリオットと共に故郷に向かうことになったクラウディア。
だが、夜会への参加は一筋縄ではいかなかった。
見知らぬ女性達に絡まれたり、夜会でレオンとダンスを披露することになったり、社交の場でエリオットに助けられたり、幼馴染と再会してしまったり、思わぬトラブルに巻き込まれたりと、様々な出来事に見舞われることになるのだが、それはまた別の話。
劣等感を糧にがんばる女の子を書きたいな、と思って書いてみました。
ひょっとしたら、長編化するかもしれません。