きずな、そのイチ
「おい! 無視してんじゃねえぞ!」
勇者の声で物思いの旅から帰って来た。
ああ、人生は続いているんだと実感する。
「物のありがたみもわからないのかって聞いてるんだ」
勇者がそう言った事で、私は手が血だらけな事に気付いた。
割れたコップの欠片で手を切ってしまっていたらしい。
「この身体ではじめてコップを持ったので、力加減が難しくて」
「おまえ、そんなみえみえの嘘をつくとは……」
「天井からしたたる雨水を飲んでたんですよ! 魔族は水を飲まないでしょ!」
「いくら魔王でも、子どもに食事と水は与えるだろう!?」
私は首を横にふる。
話の論点が、「コップを割った事」から、「嘘をつくな」にすり替わった。
アカン、これ連続で論点変化して、最終的に人格否定が目的になっていくやつだ。
知っている。しつけという名の拷問はスルーするのが正解なのだ!
「ところで、私はまだ名前がないのですが、セイコかアキナならどっちがいいですかね?」
「話をすり替えるんじゃない!」
「子どもって呼ばれるのは嫌なんですよ。ナミエかアユミなら?」
「俺だって、嫌なの我慢しておまえと話しているんだぞ!」
「んー、セイコが王道ですかね。私の名前はセイコ? はは、恥ずかしいな。セイコー!」
「……なんだそれ、それが名前候補か? ちんけな奴は、発想もちんけだな!」
「いやー、最高に可愛いと思うんですけど。それなら、アキハかノキサカでも!」
日本からの転生者なら、日本人の人名にピンと来るはず。
でも、勇者は知らない単語に戸惑っている。
転生者って、やっぱり珍しいのかもしれない。
「勇者様、名前決めてくださりませんか?」
「バカッ! 女の子の名前など、男の俺が持ち合わせてるわけないだろ!」
うわぁ、父親としての器量が足りなすぎる。
「じゃあ、考えといてくださいね」
「持ってないといったんだ!」
でも、話をそらして和んだおかげで雰囲気は良くなった。
めでたしめでたし。
「あれ?」
いつの間にか、手の痛みは消え、コップは元通りになっている。
勇者が何かしらの方法で治してくれたみたいだ。
「あ、ありがとうございます!」
「早く飯を作らんか」
机を見ると、いつの間にか水や干し肉が並んでいた。