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私を愛してみてください  作者: 優愛
第1章
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第5話 “任務”によって残ったもの①


※交合を示す内容があります※




 雨音響く、薄暗い広範すぎる部屋。

 その室内の窓際に設置されているソファに座った私は、つい先程目の前のテーブルに置いた小さな木箱を開けた。


 中から小さな円形の樹脂ケースを取り出し蓋を開け、その中身を金属製のヘラで多量にすくい取る。

 そうして、自分の手の平に塗り被せた。


 続けて、目の前にある小さなテーブルライトの元に、何も塗布されていないほうの手の平をかざす。


 3本の赤い短線。


 目に見てわかる程の赤みがある傷跡は、負傷した直後より状態が良くなったとはいえ、ジクジクとした痛みが残っている。

 テーブルに設置しておいた立ち鏡を見遣れば、下唇の腫れが確認できた。



 「……はぁ……」



 思わず漏れ出た溜息。

 任務遂行によって感じる苦痛に耐えるため、自らを傷つけたとはいえ。

 ここまでになるのは想定外だ。


 彼には気づかれないよう、自らの手で作り上げた軟膏剤。

 その万能な傷薬を使うことで、“任務”によってできていた創傷は早期に治せていたのだが。

 今までは長くても3日で治っていたものが、治らない。   

 それはつまり、今回できた傷がいつにも増して深かったということ。

 自覚はなかったが、自傷の力が強くなってしまったのだろう。



 今回の交合は、いつもより痛みを感じるものだった。

 それは、行為前に彼此(あれこれ)想い出してしまったせいなのだろうか。

 それでも、“私”で交わる場合よりは痛みが軽く、例の装いをした私で交わる場合とでは天と地の差があった。

不穏な空気や嫌々抱いているという感覚、行為によって生じる痛みは、少しでも無いほうがいい。

やはり、“任務”では、彼の愛しの想い人を想像させる装いで挑むのが最良。

 

『体形や中身が違うのだから、いくらリリア様の髪色や香りを似せた所で……』


 冷静な頭はそう思ってしまうのだが、彼女に強い想いを抱く彼にとっては意味を成す。

 それが今回で、猶々明確になった。


 茶鼠髪に真っ黒な瞳、血色感のない肌質、狐目で表情が硬く“冷徹な魔女”と比喩される私。

 好意どころか嫌悪感を抱いている相手(わたし)を意識しにくくなる。

 その状況も、彼にとっては大きいに違いない。



 「~っ!」

 

 唇に感じた強い痛み。

 目の前の立ち鏡を見れば、血の滲んだ唇が見える。


 唇を、無意識に噛み締めてしまった。

 そんな私の表情は歪んでおり、その表情と共に、輝きを失った茶鼠色の髪が視界に入ってきた。

 清楚な香りは、もちろん感じられない。


 ーー早く消さなければ。


 立ち鏡の前から引き退いた私は、膝上に置いていた軟骨を大量に取り、唇と手の平の傷口が隠れるように、強く塗り込んだ。





 リンリン。リンリン。


 間もなくして、室内に響き渡る音量のベル音が耳に入った。

 これはこの部屋の出入り口に付いているドアベルの音であり、ベルは来客が鳴らすもの。

 ドアベルが鳴るとは、一体何事か。


 ベルの音に一驚した私だが、それには理由がある。

“任務”期間内に、来客が来たことは未だかつてない。

 それは『くれぐれも邪魔しないように』と彼が王宮内に御達ししているから(正確には、1度しか情交していないことを気づかれないようにするため)だ。


 私や彼がここを立ち退くまでそう時間はかからないが、それすらも待てない程の急用を持つ者が来訪したのだろうか。

 

 思案しながらソファから立ち上がった私は、ベッドサイドテーブルの前に移動する。

 入室許可。

 その意味を示すことができるハンドベルを手に取り、前後に揺らした。


 チリンチリン。チリンチリン。



 ベルが鳴り響いて数秒後。

 出入り口である大きな扉が静かに開き、室外の蛍光ランプの灯りが扉の開かれた隙間分、中へと入ってきた。


「っ」

 

 久々の明光に視野が狭くなる。

 眩しさに対して即座には目の働きが追いつかなかったため、入室者の姿はすぐさま捉えられなかったが、


「失礼致します」


 発せられた声色とその場で一礼した様子、そこから誰がやってきたのかを把握した。


「殿下なら隣の部屋よ、テオ」


 次期宰相テオ・ミーニン。

 小柄で中性的な容姿は、男性でありながら可愛らしいという印象を与える。しかし、中身は常に冷静沈着、才気煥発であるためか“見た目騙しの敏腕家”と称されている人物。

 そんなテオは、彼の右腕として働いている。

 要するに、来訪者は彼の絶対的な味方であり、緊張感が解けない相手だったということだ。


 テオと私の関わりは限られており、接点があるとすれば、彼と関わる際に傍で控えている姿を見る時、もしくは


「いいえ、御用があるのは王太子妃様です。殿下からの言付けがございます」


 彼からの伝達事項を私に伝える時だ。



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