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音の消えた世界と聖書とナイトクラブ

作者: アノニマスパリピ

 序章


 北日本、最大の歓楽街S。

 ぼくは、そこで耳の聴こえないひとりの若いクリスチャン女性と出会う事になる。

 ぼくの荒んだ生活を或いは変えるきっかけにもなった女性は、自分の事を”アミと呼んで”と綺麗な字で書かれたメモを僕の目を見つめながら僕に渡すと、爆音が店内で響いているクラブAから、夜の街に消えて行った。

 それからというもの、ぼくは一夜の相手を探しにクラブAに行く度にアミを心の何処かで探していた。

そのことが叶うのには2年の歳月が必要になるとは、その時ぼくはまだ知らずにいた。


 第一章 アミの生い立ち


 2003年X月X日、アミは敬虔なクリスチャンファミリーの長女として、この世に生まれた。

 彼女は、生まれた時からの”ろうあ者”という訳ではなかった。 

寧ろ、周りの大人たちが心配するほどの鋭い耳の感覚を持ち合わせていた。

 それは、幼少の時のエピソードからも読み取れる。

 例えば、こんな事もあった。

 まだ、アミが5歳になったばかりの頃、アミの父親健司が会社の同僚を自宅に招いていた時の話である。

 敬虔といえば聴こえは良いが、善意の押し売りが好きな健司は、お酒が入ると決まってボロボロにまで読み込まれた聖書を取り出し、好きな聖書の一節を独特な語り口で朗読するという、悪いクセがあった。

 その日も、例にもれずほろ酔いになった健司は、ボロボロになった聖書を取り出しては、健司の好きな新約聖書の一節を読む為、パラパラパラと聖書を開いていた。

 ところが、どういう訳かその日に限って健司は、旧約聖書のヨシュア記の一節に目が留まり、そこから

お決まりの朗読が始まった。

 その時である。寝室で母親舞子のそばで熟睡していた、アミが突然起きだし、こうつぶやいた。


 「おとうさん、聖書をめくる音がちがうね…きょうは…」


 母親の舞子はその時の事を忘れることなく3年後、アミと一緒に車で少し離れたホームセンターに買い物に行く途中、帰らぬ人となった。

 アミが、”ろうあ者”になった日にである。


 第2章 援助交際という名の緩やかな伝道


 それから月日は立ち、アミは所謂名門大学付属kの女子高校生になっていた。

 幸か不幸か、例の事故の保険金により、お金に苦労する事なくアミは育っていた。

 だが、家庭環境は最悪であった。

 父親健司は、舞子が事故で死んでから元クリスチャンとは程遠い生活をする様になっていた。

元々お酒を嗜んでいた健司は、あの日以来、既にアル中と呼ばれてもおかしくないぐらいお酒の量が増えていた。

 そして、アミが中学生になる頃にはお金で女を買う最悪の父親になり果てていた。

 思春期にさしかかろうとしているアミにとって、この荒んだ家庭環境は、或るいはろうあ者となった

現実を客観的に認識できる歳になった頃、救いはイエス・キリストと常に学年5位以内に入れる勉強以外に

逃げ道は存在しなかった。

 

 その後、アミが初めて援助交際で男を覚えたのは、高校に入学してから2ヶ月程過ぎた時の事だった。


それまで、勉強の事で悔しい思いを一度もしたことがなかったアミにとって、自分の薄々感じていた頭の良さとは所詮”井の中の蛙”であったと思い知らされるほど、周りの女子は勉強が出来た。

 そのことがアミを他人の目から見るときに、荒んだ生き方に向かわせた訳ではない。ましてや健司の生き方を目の当たりにしたからとかでは、さらさらなかった。

 では何故、アミは援助交際をする様になったのか?

 多分に今思えば、アミは知らない男と性行為をするたびに分厚くなる彼女には似合わないエルメスの財布が目的であった訳ではないと確信できる。

 どんなに体調のすぐれない時でも、アミは教会に通い続けた。

そして、アミの身体で稼いだお金をすべて献金という形でイエス・キリストに返していたのだから。


 アミの目的は他のところあった。それはぼくが良い悪いを決められる範疇を超えていた。

 彼女は自分の身体を売ってまでして、イエス・キリストの福音を延べ伝えていたのだ。


 アミとクラブAで初めて会ってから2年後。見かけの派手な服装からは想像も出来ない程、無垢でありながらも世界の全てを知ってしまったかの様な目をした彼女を、ぼくはホテル代込み2万円で抱いた.

その日、彼女はとても綺麗な字で書かれたメモを残して、そっとブテッィクホテルから消えていった。


 聖書など、一度も読んだことがない僕でも知っているあまりにも有名な聖句を残して…


 ”私の目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している。”



 終章


 あれから、アミを歓楽街Sで見かける事はなかった。

 

 ただ、一つだけぼくの人生が変わった事。

 まだ洗礼は受けていないが、ぼくは毎週日曜日、クラブAではなく近くの教会に通っている。

 

 今でも時々想う。

 

 彼女こそが、クリスチャンの鏡なのではないかと…



                                終




 






 


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