688話 魔導書
約1カ月ほど前。
初めて届けられた招待状を見た時、俺は激しく心を震わせた。
一緒に送られてきた出品目録には端的に品名だけがズラリと記されており、その内容があまりにゲーマーとしての俺の感性を擽る字面で溢れていたからだ。
中にはこの世界に来て一度も耳にしたことがなく、リコさんに聞いてもまったく分からないと唸られるようなモノまで存在していたが、それはそれで逆に期待感が増すというもの。
ここに来て形を潜めていた俺の物欲は最高潮に達し、全ブッパしたとして現実的に半分くらいは落とせるか?
いやいや、まず間違いなくマリー陣営の横槍が入るだろうから、3割くらい落札できれば上出来なんじゃないのかと、出品予定の品々を勝手にランク付けしながらそんな妄想をしていたくらいだった。
だからその後、うさんくさい教会の連中と対峙した時には、再び俺の心が震えた。
あの両手を肉団子にした司教のおっさんが、事もなげに8000億ビーケもの大金を俺に請求してきたからだ。
資金はそれなりに潤沢で、大きな障害になるのはマリーくらいだと思っていたのに、あんな金銭感覚のぶっ壊れた連中まで参戦してきたらたまったもんじゃない。
――結果、俺はギリギリまで奔走した。
今までまともに下ろしたこともなかった商業ギルドや傭兵ギルド、それにギルドオークションの落札代金が貯まっていたハンターギルドからも金を引き出し、チンピラの如くクアド商会の余剰資金を押収。
その流れで余っていた魔物素材を纏め売りするため、面識があって敵ではないラグリース、ジュロイ、フレイビル、ガルムの王様達に直接営業を掛けに行ったり、他にもロズベリアのオムリさん経由でエリアを広げた爆速配達を今月は3回も行い、搔き集められるだけの資金を調達してきたわけだ。
そうして集めた上での総額は、なんと1兆4000億ビーケ。
回収しては収納を繰り返していたため大金を掴んだ実感などまるでないけど、それだけの動かせる金を抱えてこの場に挑んでいたのである。
そして金策に動いたのは正解だったなと。
数億単位で上がっていく金額を耳にしながら、横に立つサポーターの女性に尋ねる。
「この魔導書『レメゲトン』というのは、過去に出品されたことはあるんですか?」
「はい。魔導書のレメゲトンでしたら、約30年前に一度だけ。今回の出品物と同一のモノかは分かり兼ねますが、その時の落札金額は502億ビーケでした」
「ん……? 今の言い方だと、他の魔導書も存在していて、このオークションに出品されたことがありそうですね」
「魔導書という括りでしたら、8年前に魔導書『ゲーティア』が出品され、1100億ビーケで落札されています。魔導書の出品歴は今回を除けばこの2点のみです」
「そうですか……ちなみに出品物の情報ということなら、魔導書がどういったモノかもご存じなんですか?」
この世界に来て一度も魔導書という言葉は見聞きしたことがなく、リコさんでも答えに詰まるような代物だ。
俺的欲しいモノランキングでは、何か特異性がありそうな雰囲気からこの魔導書はベスト10入りしているわけだし、【鑑定】を通して現物を見ても【暗器】に該当する2等級のミスリル素材で作られた武器であり、『レメゲトン』が封じられているということくらいしか分からないので、内容次第ではここでなんとか落としておきたい。
「望むページを開いて魔力を流せば、スキルを所持していなくても所定の魔法が発動するという特殊な本になります。ただし魔道具とは違い魔石を魔力源として魔法を発動することはできないようで、潤沢な魔力を持つ者でないと扱いが難しいとされておりますね」
「へ~凄いというか、面白いアイテムだな……どういう仕組みなんだろ」
「どのような理論で魔法が生み出されるのか、現代ではその手掛かりをまったく掴めていないようで、古代の技術により生み出された遺物というよりは神物――、つまり極小確率で手に入るダンジョンからのドロップ品という説が有力になっております」
「なるほど。ちなみに、具体的な魔法の内容は?」
最も気になる部分を問うも、ここで初めてサポーターの女性は首を横に振った。
「申し訳ありません。内容に関しては競り落とされた所有者のみが知るべきであるという運営判断により、我々サポーターにも明かされておりません」
そう返され、まあしょうがないかと納得する。
この手のモノは、伏せることで価値が担保される側面もあるだろうからなぁ。
しかし、当たりか、ハズレか……
テーブルの上に積まれた木板と羽根ペンを手に取り、『上限600億ビーケまで』と書いてからサポーターの女性に手渡した。
「今の流れのまま、上げ幅は2~3億程度で」
「承知しました」
そうしてサポーターが俺の代わりに入札し始めたことを確認してから思考に耽る。
蓋を開けてみたら珍しくもなんともない、在り来たりな魔法しか発動できない可能性もあるにはある。
が、その程度のモノならもっと早いスパンで再出品されていてもおかしくないし、ここまで情報が表に出てこないなんてこともないだろう。
たぶん、いざという時の切り札になり得るようなモノだから、手にした者はそう易々と手放すようなことはなく、その中身についても伏せられていた――。
そう考える方が自然だし、俺が実戦で使えるかどうかは別として、手に入れば一度この魔導書をリアやうちの魔道具技師クライブさんにも見せてみたい。
しかし、問題はどこまで踏み込むか……
再び招待状に目を向けると、女神様達にも必ず落とすと約束している『異世界人』は、リストの中頃あたりに記載されていた。
これが終わった後なら気兼ねなく残金を注ぎ込めるが、先に出品される品々はどうにも判断が難しく、あまり金を使い過ぎると最悪は本命を取りこぼす恐れも出てきてしまう。
なのに……
「……」
「承知しました」
以前の落札金額などゆうに超え、『上限800億ビーケまで』と変更を伝えるも、未だ声の感じから5人くらいは入札に参加しており、止まる気配がない。
それでも暫く入札に参加しながら様子を窺っていたが、1000億を超え、さらに同種の『ゲーティア』が落札された1100億すらも大きく超えた時。
危惧していた以上の現実を目の当たりにして、深い溜め息を吐きながら横のサポーターに告げた。
「これ以上はもう引きで。次の品は参加しないので、少し休憩していていいですよ」
他のオークション会場と同じだが、ここではその動きがより顕著だということ。
争いの規模が世界を巻き込むほど大きくなり始めたことで、この手の戦闘力強化や戦争に結び付くようなモノが明らかに高騰している。
そして――
(止まらず競り合っていたのはあの二人か……)
1400億付近まで応札を続けていたサポーターの位置を補足し、このまま勢いが衰えないようなら何かしらの対策を講じないとマズいのではないか。
そんなことを考えていると。
「ぁ」
横からリステの小さな声が漏れ、俺の腕を抱えるように掴んでいたその手に力が入る。
ガヤガヤと、このオークションの結果に騒めく会場の中で近づいてくる足音――。
顔を上げると、仮面を付けていてもどこか見覚えのある褐色肌の女がこちらを見つめていた。
「随分と踏み込んでくる者がいると思ったら……なるほど、あなたでしたか」











