680話 教会という組織の中身
豆腐みたいに柔らかい手だ。
次第に骨が軋み、ボキ、バキッと司教の悲鳴に交じって断続的に骨の砕ける音が聞こえてくる。
と、横で茫然と固まっていた別の教会関係者が、我に返って大きく叫んだ。
「お、お止めください!! ロ、ロキ王は教会を……いや、ファンメル教皇国を敵に回すおつもりですか!?」
「……では、このさもしい男が要求したことを全てそちらにお返ししても、友好的な関係を結べるのですか?」
「え?」
「今からファンメル教皇国に出向いて8000億ビーケと数多の宝物、それに命令一つで教会の戦力を動かす権利を貰い、転移陣の代わりはそうですね……唯一無二という意味では<神子>を頂きましょうか。そこまでの要求をし、無理なら中枢を破壊するから国内に住む信者達は今のうちに逃げろと触れ回っても、あなた方は僕と仲良くしたいと思うんですか?」
「そ、それは……」
「女神様の権威を利用すれば大概の要求は通るし、仮に疑われることがあったとしても嘘と断定されることはないって、高を括っていたのでしょう? だから今もあなたは、本当に教会を相手に敵対するつもりなのかと、そう思われて当然のことをやっているにもかかわらず疑ってしまう」
「……」
――【火魔法】――『焼却』
「ぬぐぉおぁあああッ!? あッ、あづぅいぎぃいい!!」
強く握りこみ、徐々に原型を失い小さくなっていく司教の拳を握り締めたまま、手の中で燃やす。
激しく暴れるが逃げられるわけもなく、すぐに人が燃える時の強烈な異臭が漂い始めた。
「ちなみに、今回の件はあなたの独断によるものですか? それとも教皇など、上からの指示で動かれたのか、どちらですか?」
「あづぁあがァッ!! はなぜぇえええ! はなじでぐれぇええ!!」
「言っておきますが、この問い掛けは僕なりの温情です。答えないと、次は予定していた下顎を握り潰して燃やしますよ。嘘を並べて人を騙すその口が災いの元なわけですし」
「ッはぁ……ッ!? わ、私だ! 私の、独断で、やっだッ!!」
「理由は?」
「まっ……間違いなぐ、金や宝があると、分がっていだから……! 上手く、いけばッ! 大きな評価に繋がると……ッ!!」
「なるほど」
金を集めた者が評価の対象となり、教会という組織の上に立つ。
だから目指す者はなりふり構わず金の無心となり、女神の権威まで脅しの材料として利用するようになっているわけか。
本当なら司教のこの言葉が事実なのか裏を取り、場合によってはファンメル教皇国に乗り込んで教皇を締め上げるくらいはしたいところだが、今回ばかりは時期が悪いからな……
しょうがないかと、じっくり燃やしていた司教の両手を離す。
すると手首の先は、黒く焦げた小さな肉団子が可愛らしくくっついていた。
「教会を利用する住民より都合良く作られた規律を重視しているみたいですし、あなた達のような考えを持った存在が溢れている可能性を考えたら、本当にファンメル教皇国がこの世界にとって必要なのか疑わしくなりますが……まあ今回はこの男の両手を潰すくらいで帰してあげますよ」
「うっ……うう……私の……私の、手がぁ……」
「ただし、この程度で帰すのはこちらに怪我人や死人が出ていないからです。もし今後つまらない報復を考え、うちやラグリース王国の住民に被害が出ようものなら、その時は迷わずファンメル教皇国を再起不能になるまで潰しますから、その覚悟はしておいてください」
「ッ……」
そう告げて結界を解除すると、他の者達に肩を担がれ、泣きべそをかいた司教は町の入り口の方へと消えていく。
と、背後から神官のトレイルさんが、不安そうな声色で声を掛けてきた。
「いつかこうなるだろうと思っていたことが、本当に起きてしまいましたね……」
「ええ。でもこれで教会という組織の中身がだいぶ見えてきましたからね。こうして独自に教会を運営することはできているわけですし、本部のお偉いさんがあの調子なら、今後もファンメル教皇国と深く係り合う必要はなさそうです」
「確かに、それはその通りなのですが、かと言ってこのまま大人しく引き下がるものなのか……去り際に見せたルクレール司教のあの表情を見てしまうと、どうにも不安を拭えないのが正直なところです」
「大丈夫ですよ。少なくともあの男は、教会内でその力を誇示できなくなるでしょうから。それより――メリーズさん! 大事な話があるので、教会の中にいる人達を集めてもらえませんか?」
そう言って集まってきた数名のシスターの人達に告げる。
「非常に大事なことなので敢えて王命とさせて頂きますが、さきほど僕が司教の嘘を看破した理由について、一切口外しないようここだけの秘密にしておいてほしいんです」
「え、っと、一度得られたスキルを女神様が奪うようなことはしないし、職業選択とか祈祷も拒んだりはしないってやつかい?」
「そう、それです。正確にはしないではなく、できないみたいですけど、諸々の事情があってまだこの情報は外に広めたくないんですよ」
メリーズさんの言葉に同調しつつそう告げると、集まっていた人達は顔を見合わせる。
「それは構いませんけど……でもそうなると、私達だけに伝えられても意味がないのでは?」
「そうだよ。まずは教会の外から様子を見ていた連中に伝えないと、あっという間に広まっちまうよ」
それはごもっとも。
娯楽が少ない分、人の興味を惹き付けるネタは狭い範囲であればすぐに広まるし、この町なら人の出入りが激しいので国外にだって広まりやすい。
それはクアド商会の品揃えや転移陣を利用した新しい狩場など、時として有難くも感じるわけだが、今回はそうなるとマズいので司教が外の野次馬に語り始めた時から対策を施していた。
「外は問題ありませんよ。先ほど張っていた結界が、中からの声も閉じ込め遮断していますので」
「なんと……ではルクレール司教が外の民衆に訴えかけていたあの言葉も、実は届いていなかったわけですか」
「ええ、言う必要もないので黙っていましたけどね。なので結界の範囲内にいた皆さんだけが秘密にしておいてもらえれば問題ありません。彼らは自分達にとって都合が悪いこの事実をわざわざ口外したりしないでしょうから」
多くの人達からしたら、今まで当たり前だったことを再確認できたというだけ。
何も対策せずともそこまでこの情報が広まることはないと思うが、それでも六道神祭でマリー、シヴァ、勇者タクヤのいる三か国に名指しの警告をすると女神様達が言っているのだ。
司教があの調子なら他の連中も似たようなことを言っている可能性が高いわけだし、だったら警告の効果を最大限に引き出すためにも、この情報は極力マリーやシヴァ陣営の耳に入れさせたくないと。
そんなことを考えながらトレイルさん達に今まで通りの運営をお願いし、人気のない教会の裏手に回る。
すると柱の陰で膝を抱え、顔を隠すように蹲る目的の人物を発見した。
「わざわざごめんね。……やり取りは聞こえてた?」











