675話 ロキが残していった情報
ロキが部屋から退室していくその時を待っていたかのように、『エビエスタ』のハンターギルドを取り仕切るサブマスターが、防音設備を備えた上級客向けの特別応接室に滑り込んでくる。
その目は期待に満ちており、部屋に残っていたカークスに開口一番問い掛けた。
「如何でしたか!?」
しかしカークスは椅子に深く腰掛けたままぼんやりと天井を見上げており、サブマスに気付くと大きく息を吐いてから答える。
「ありゃあ不思議な男だなぁ……」
「は? いや、そういうことではなく……昨日は彼が訪れてから初の悪天候でしたし、その上でジェネマスに面会を求めたということは、何かしらの進展があったんじゃないんですか?」
「ああ、早速ウェンディゴを討伐してきたとよ。んーで、狩場に現れる条件やら何やら、こっちの想定を遥かに超える情報を寄越してきた」
そう言って、カークスは机の上に置かれた数枚の木板を見ろといわんばかりに顎で指す。
堪らずサブマスが手に取ると、そこにはウェンディゴの被害とその後の影響に怯えるギルドにとって、垂涎ものの情報が記されていた。
「昼夜問わず、吹雪の中でカーバンクルを3匹倒すとウェンディゴが狩場の中央付近に現れる……特異なスキルは【雪嵐】【狂爪】【伝染】の3種で、自在に視界を塞ぐ猛吹雪を生み出し、約5分間身体能力の向上と共に食人願望を植え付ける【狂爪】は、ウェンディゴが好んで周囲の魔物を傷つけ感染させていくため、ハンターの被害が拡大しやすい…………す、凄いですね、これは……」
「僅か半日程度でここまで割り出すとはな。これで今まで通りウェンディゴを避けたければ、吹雪の時はカーバンクルの討伐を2匹までに抑えるよう周知徹底すればいい。それだけで悪天候が続く冬期の素材獲得量が激増する」
「確かに、酷いと1週間以上吹雪が続くこともありましたしね。ちなみにジェネマスは、在籍している今のSランクハンター達でウェンディゴの討伐は叶うと思いますか?」
問われ、カークスは背もたれから身体を離すと顎に手を当て、暫く考え込んだ末に答えを返す。
「これだけウェンディゴの手の内が判明したとはいえ、カーバンクルの追い込み場所はタイドウ雪原の端も端だ。そこからウェンディゴに接触できるまでの時間を考えると、他の魔物への感染は避けられないんだから、今うちに出入りしている連中じゃあ正直厳しいだろうな」
「カーバンクルの追い込みとウェンディゴの討伐とで戦力を二手に分けられればまだ勝機もありそうなものですが、それをするには頭数が足りませんか……ジェネマスが実験台にされて漏らした疑惑が出ているロキ王のやり方など誰も真似できませんしねぇ」
「ちっ、俺は漏らしてねぇ! 躓いてズボンが汚れただけだ! だがまあ……今は無理でもロキが残した"攻略法"を使えばいけるかもしれないな。準備に時間が掛かるから、実行できても来年になるだろうが」
そう言われ、手の動きが止まっていたサブマスは、続く別の木板に目を向ける。
すると、想像すらしたことのない狩り方がそこには記されていた。
「――んん? あの追い込み場所の近くに要塞……? ハンター達を全員そこに収容するということですか?」
「ああ。必要なのはフェンリルのブレスやロック鳥が放つ落雷は当然として、魔物の直接的な攻撃も完全に遮断する分厚い石造りの要塞だ。寝具や薪、ある程度の食料も貯蔵しておいて、ウェンディゴが射程に入ったら開閉可能な小窓から魔法や矢をぶっ放せば、回復持ちの魔物はタイドウ雪原にいないんだから、いずれは必ず倒せるってよ」
「……それは確かにそうなのかもしれませんけど、それって相当時間が掛かりませんか?」
タイドウ雪原は非常に広いのだから、まず建てた要塞の近くにウェンディゴが近寄ってくるかは運次第だろう。
それにジェネマスが新しいズボンに履き替えるほどの高威力魔法を、どこにいるのか視認もできない超遠距離から撃ち放てるロキ王だからそのような発想が生まれるのであって、並のSランクハンターでは視界不良の中で小窓から放つ矢や魔法をそう簡単に着弾できるとも思えない。
いったいその要塞でハンター達をどれほど拘束させる気なのか。
疑問がそのまま口を衝いて出ると、黙って聞いていたカークスはじっとりとした眼差しを向ける。
「時間が掛かってもいいと思ってやるから、十分な備蓄とデカくて丈夫な要塞が必要なんだろうが」
「え?」
「自分でさっき読み上げた内容をもう忘れたのか? 周囲の人や魔物を狂わせる【狂爪】の効果時間は約5分。そしてウェンディゴは人だけでなく周囲の魔物も傷付け感染させていくんだ。狩場のどこかにいるハンター達を襲うためにな」
「あ……でもハンター達は堅固な要塞の中……となるとウェンディゴは要塞の外にいる魔物をひたすら感染させ続けるしかなくなる……死ぬまで、ひたすら……」
「そういうこった。時間を掛ければ掛けるほど、ウェンディゴが勝手に周囲の魔物を始末していってくれるし、あの狩場じゃそれらの死体が腐るなんてこともない。それにロキ曰く、【狂爪】はあくまでスキルであってヤバい病原菌を植え付けられるわけじゃないんだから、ウェンディゴに殺られた魔物の死体は【鑑定】を通して見ても至って普通なんだとよ」
「つまり、正規に素材を流せる……そこまで分かっていて、ロキ王はこの情報を……? どれほどの価値が生まれるかも分からないというのに、いったいなんのために……ジェネマス、ロキ王からどんな見返りを要求されたのですか?」
ウェンディゴを呼び寄せ、最終的に始末することさえできれば、あとは放っておくだけでギルドに莫大な利益が転がり込むのだ。
ジェネマスがロキ王の弱みを握ることなどないだろうし、それならいったい何を対価に支払ったのか。
釣り合う内容が思い浮かばずサブマスが狼狽えると、カークスはその様子を気の毒そうに眺めながら呟く。
「いや、何も」
「は……?」
「何もない。こうしたら誰も死なず、楽に大量の素材を手に入れられるから町も潤うだろうって、満足そうな顔して帰っていった」
「……」
「意味が分からねーだろ? 安心しろよ、俺だって同じだ。確かに情報をくれると口約束はしたが、その中身が想像を超え過ぎていて、今は嬉しさより罪悪感と不安の方が大きい」
「です、ね……ギルド便でも巷でも、本当に彼の噂はよく耳にしますが、悪い方が的中してしまうとこのギルドも瓦礫に変わって消えてなくなるんじゃないですか?」
サブマスがそう言って、冗談を言ったとは思えないほど真顔のまま不気味に笑っていると、カークスは暫し無精髭を摩りながら思考に耽り、言葉を漏らす。
「だが、もしあの言葉が本心で、本当にこれで終わりなら、ロキほどハンターらしいハンターもいないわな」
「ハンターは民のためにという、ギルドの基本理念ですか」
「ああ、素材がエビエスタの住民のためになる――そう思って動いてくれたんなら……」
何かを言いかけたまま、俯き考え込む姿をサブマスは声を掛けずに見つめていると、我に返ったように動き始めたカークスは引き出しを開ける。
そにには上客の契約用に保管されていた羊皮紙や羽根ペンが入っており、一式を机の上に並べると、その場で何やら書き始めた。
その表情があまりに真剣なため、サブマスは疑問に思いながらも暫くその様子を眺めていたが。
「えっ……? ちょっ、ジェネマス!? どういうことですか!?」
書き記すその内容が次第に判明していったことで、思わず驚きの声を挙げる。
「そのまんまだ。今が4年目だから、来年が新しいグランドマスターを選出する年だろう? だったら俺はロキを推そうと思ってな」











