665話 決断
「じゃあうちが何を約束したらロキは協力してくれる……? 何をすれば一緒に戦ってくれるんだ?」
それでもまだ諦めきれないのだろう。
焦燥した様子で少し声を荒らげる勇者タクヤに、改めて現実を突きつける。
「残念ですが、どのような条件を提示されたとしてもまだ僕は動けません」
「な、なぜ……いずれロキだって必ず巻き込まれるんだぞ!? なのにどうして、みんな他人事のように……!」
拳を震わせ感情を吐き出す勇者タクヤを見ていると、大陸中央に用があったというのもここに来るための口実ではなく、本当に戦争絡みの交渉をしていたのかもしれない。
そう考えると少し気の毒にも思うが、情だけで動けば全てを失うのはこちらだ。
どこまで触れるか少し悩みつつ、勇者タクヤに当たり前の事実を伝える。
「一見すれば巨大な城壁と堀を抱え、この町は万全の防衛体制を整えているように見えるかもしれませんけど……あなたならはっきりと分かるでしょう? こんなモノ、一定の水準を超えた強者にとってはなんの意味もないことくらい」
「……」
「僕が西の戦いに参戦すれば、確かに戦況は幾分マシになるのかもしれない。けどこの地は当然手薄になるし、転移可能な相手が敵に回れば、四六時中この町は危険に晒されることになる。だからあなたは帝国が転移能力を得ている可能性があると分かっていても、その事実を僕に伏せようとしたんじゃないですか?」
「そ、そんなことは……」
咄嗟に否定するも、その表情と焦り具合を見るに、まず間違いなく言えば交渉が不利になるくらいのことは想定していただろう。
……いや、特使の男から一通りの報告を受けているのなら、敢えて帝国にベザートを攻撃させる流れを作り、俺を激高させて帝国の殲滅に駆り立たせるくらいのことまで狙っていたのかもしれない。
あくまで予想は予想。
答えなど俺一人では分かりようもないが……
「僕が最も守るべき場所を蔑ろにしてまで西の戦いには参加できませんし、あなたに100%この町を守き切れる術があるとも思っていません。だから今厳しい状況に置かれていることは分かっていても手を貸せないんです」
「ッ……」
そう表向きの理由を伝え、勇者タクヤを黙らせる。
そう、あくまで表向きだ。
実際は褐色肌の女の能力を目の当たりにしているだけに、自戒の指輪によるステータス低下がある状況で帝国と争うのは厳しいとも思っていた。
せめて指輪を装着した状態でもマリーや黒騎士と戦ったあの時と同程度の強さにまで戻すか、もしくは破壊することを前提に代わりの自戒の指輪をどこかしらで見つけるか。
一応暫く大人しくすることで抱える黒い感情が消え、そのタイミングで指輪が自然と外れるようになる可能性も捨てきれないけど、火河の国ナフカで宝石狙いの野盗連中をそれなりに始末してしまっているからな。
そんな状況ではまったく期待などできないし、かといって指輪を傷付けずに指だけを切断し、強引に外すという方法も付与効果が消えたり再装着が不可能になったら意味がないのだから、結局代替品がなければ怖くて試すことも叶わない。
そして――
(たぶん、気付いていないよな……)
ただのファッションだと思っているのか。
この指輪の意味や効果を勇者タクヤは気付いている様子がないので、それならわざわざ弱みを晒してまでエルグラント王国に代替品の有無を確認すべきではないだろう。
だから今の段階で俺から勇者タクヤに伝えられる言葉はこのくらいだった。
「3年……いや、2年かな……」
「……?」
「せめてあと2年くらい、なんとか耐えてくれませんか?」
「え?」
「まだ動けないと、そう言ったでしょう? エルグラント王国を見捨てようと思っているわけではありませんし、そのくらいの期間があれば僕の不在時に町が襲われても、ある程度の時間は耐えられるようにできるはずなので、そうなったら僕も少しは手を貸せると思うんです」
クレイブさんに託した町の防衛設備も、いざという時の戦力になり得る魔物の回収も、それを扱うジェネや仲間の強化も。
今が無理というだけでいずれは準備が整うだろうし、整わせるためにこちらは睡眠時間を削り倒して毎日動いているのだ。
2年くらいあればある程度は形になると思っているし、その2年があれば俺やゼオのステータスも元の水準に近いところまで戻せるのではないか。
だったら……エルグラントが潰れ、帝国に東へ侵攻されても困るのは事実。
勇者タクヤには、俺が動けるようになるまで耐えてもらうしかなく、それでも完全に切り捨てるよりは遥かにマシ――そう思っての提案に、勇者タクヤから何度も期間の短縮を求められたが……
無理に短くしたところで、町の守りが不十分なら絶対に参戦することはないと告げると、勇者タクヤは暫く思い詰めた表情を浮かべながら熟考したのち、項垂れるように首を縦に振った。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
エルグラント王国との同盟など検討の余地もないと言っていた男から、その時まで外部に漏らさないことを条件に、共闘及びロキ自身が戦線に立つ約束を取り付けたのだ。
これだけでも大きな前進であり、大陸西方とエルグラント王国の未来に光が差し込み始めたものの、再びロキに案内されて帰路に就く中、頷くしかなかった期間に対して今なお勇者タクヤは頭を悩ませていた。
ロキが言う自国の安全性に対する懸念は当然であり、僅か2年ほどでその問題が解決するというのなら、本来誰もが驚嘆するほどの異常な早さだと言える。
それは勇者タクヤも例外ではなく、自国だって古代の魔道具に頼る部分が多いというのに、どうやって帝国の攻撃を防ぐつもりなのか皆目見当もついていなかったが、しかしそれとこれとは話が別。
あと2年も耐えなければいけないという事実が勇者タクヤの心に重く圧し掛かる。
ここからの2年だ。
エルグラント王国とヴェルフレア帝国との間に挟まれた国はもう片手で数えられる程度しかなく、属国という立場すら許さぬ帝国相手だから降りずに戦っているだけで、どの国も例外なく疲弊しきっていた。
どこか一国でも陥落すればエルグラントの領土内に大量の兵士が雪崩れ込んでくることは想像に容易く、そうなれば王国民の被害は甚大なものになるだろうし、何より相手には転移能力があると、ロキが特定の人物像まで告げた上で断言したのだ。
今はまだ隠すことを優先しているのか、もしくは大量の兵士までは送り込めないという転移能力の特徴から、被害を与えるより領土の占有や統治を目的にしているのかは分からないが、エルグラント王国内の主要都市に直接的な攻撃を仕掛けられたという報告は上がってきていない。
が、周辺国全てが呑み込まれればどうなるか分からず、前線と内地、双方の攻撃を絡めて混乱を誘ってくる可能性も大いに考えられた。
ここからの2年で、他国の戦線に援軍を送っていたこれまでとは比較にならないほどの被害が自国にも生まれる。
その被害をどれほど抑えられるか……
というより、果たして耐えられるのか……?
いくつもの戦地で見てきた凄惨な光景が脳裏を過り、激しい動悸と共に不安の波が押し寄せていると、ふと城壁の脇に広く備えられた馬車の停留所が目に入り、勇者タクヤは己の目を疑う。
そこには大きな厩舎と共に大量の馬車が雑多に停められていたわけだが、一際目を引く黒塗りの豪華な馬車には、幾度となく交渉を繰り返しても色よい返事を得られなかったアイオネスト王国の筆頭貴族――グリフォード家の家紋が描かれていた。
喉から手が出るほど欲しいエルフの力、その協力を得るための鍵を握る大貴族だ。
ロキが台頭する以前より勇者タクヤが自らアイオネスト王国に出向き、交渉の場にも数度参加していたのだから見間違うわけがない。
その馬車を囲うように、同じ金の家紋が描かれた馬車が10台以上……
その状況を理解した途端、勇者タクヤの心をどろりとした暗く嫌な感情が浸す。
馬車の数からして、ただの使者が立ち寄っているとは考えにくく、おそらく当主か、もしくはその立場に準ずる血縁者の誰かがわざわざこの地まで足を運んでいるのだ。
それだけでも関係性はエルグラント王国より密であり、アイオネスト王国の側から歩み寄っていることが分かってしまう。
――だからこそ勇者タクヤは思う。
(なぜ……俺じゃなく、ロキの所に……)
「……? 大丈夫ですか?」
「あ……ああ、もう城門は目の前だし、ここまでで十分だ。西の戦況は鳥か使いの者を通して適時連絡させるよ」
「……分かりました。では、健闘を祈ります」
この時勇者タクヤは、なぜこの地にグリフォード家が訪れているのか。
その理由を確認することもできたはずなのに、知ることを恐れ、自然と身体はロキに背を向けてしまう。
そうしてベザートから足早に去っていく勇者タクヤの後ろ姿を、ロキは暫くの間じっと眺め続けていた。











