663話 ようやく会えた
やはりそれは一匹の竜だった。
さすがに野良の魔物が迷い込んだということもないだろうし、まず間違いなく誰かが乗っている騎乗用。
であるならうちに用があってこの空域を飛んでいるのか、それすら分からず動きを追っていると、暫く旋回したのちベザートからはまだ距離のある森の中へと下りていく。
場所はパルメラ大森林の西側――グラーツ養成学校や魚人が住む人工の湖よりもさらに奥の方か……
「行かなくていいのか?」
リルに問われて少し悩むも、首を横に振る。
「うちに攻撃の意思があったら、こんな明るい時間に単騎で目立つ旋回を繰り返したりはしないだろうし、周囲を探るというよりこちらに存在を認識させるための動きっぽかったからね」
「ふむ……確かにな」
「でもまあ下も気付いて騒ぎ始めたし、声を掛けるついでにちょっと様子を見てくるよ」
そうリルに告げ、見張り塔にいた憲兵団を落ち着かせてから人の出入りが見渡せる、城門と呼ぶべき扉の上で腰掛ける。
すると暫くして、ラグリース側から町の入り口に向かって歩いてくる一人の男が目に留まった。
歳は20代後半から30くらいか……
この辺りではあまり見かけない白い肌に風で靡く金髪。
そして、部分的に使われているのはオリハルコンだろうか?
胸部などに見覚えある色味の鉱物が用いられた豪奢な鎧を身に纏う男はその存在自体が浮いており、しかし周囲の眼差しを気にすることなく視線を這わせ、俺と目が合ったところで動きが止まる。
「……ようやく会えた。君がロキだよね?」
今更聞かなくても、この雰囲気と看破系スキルが何も通じない時点で誰なのか察しはつくが。
「まず、あなたは誰ですか?」
「それはそうだね。失礼した。俺は以前に手紙を送らせてもらったタクヤ――勇者タクヤという呼び名の方が通りはいいと思うけど、これで分かるかな?」
それでも問うと、男は予想通りの答えを返し、こちらに作ったような笑顔を向けた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
(いったいこの国はどうなっているんだ……)
勇者タクヤは動揺する心を隠し、城門に続く広い通りを歩きながらゆっくりと周囲を見回す。
上空からでもその異様な光景は見て取れたが、実際に地上を歩くとその印象はまた違った。
町を守る巨大な城壁は明らかにエルグラント王国の王都シュナイツよりも高さがあり、その周囲を覆う巨大な堀はどれほどの労力を注ぎ込んだのか。
この位置から覗き込んでも底がはっきりとは視認できないほどに深く不気味だった。
まだこの国は生まれて2年程度。
それに諜報員の報告が途絶えるまでは、こんな城壁や堀の話など一切出てこなかったのだから、つまりはここ半年以内に全てが出来上がったということ。
いくら魔法の力で土地や建物に大きな変化を加えられるとはいえ、あまりに異常過ぎるその速度は勇者タクヤを以てしてもまるで理解が追いつかなかった。
ロキがたった一人で成したのか、それとも想像を遥かに超える人材が投入されたのか。
だとしたら、その人達はいったいどこから……
行き交う人々の姿や表情に特別違和感は覚えないが、それでも周囲を探るように目を向けていると、巨大な城門の真上――城壁の縁に座って片膝を上げ、こちらを見つめる青年がいた。
瞬間、覚悟を決めるために大きく息を吐き、投げ掛けるように言葉を吐き出す。
「……ようやく会えた。君がロキだよね?」
面識はなくとも、自然とその人物の正体には確信がもてた。
一人だけ雰囲気が異質。
まだ少し幼さも残る顔付きだというのに、眼差しだけは無機質な人形を見ているかのように冷たく、かき上げられた髪と裸体の上から羽織られたこの世界のモノとは思えない独特な形状のコート。
そして裾から垂れた拘束具と思しき黒い鎖は、それこそ手のつけられない大罪人のような雰囲気を漂わせていた。
これがマリーに喧嘩を売り、世界最大規模を誇るアルバートの旧王都を一夜も掛からずに潰滅させた男。
帝国を相手にする時以上の緊張感に襲われるも、しかし今エルグラントが求めているのはその力なのだ。
ぎこちない自己紹介を終えると納得してくれたのか。
青年は城壁から飛び降り、少し間を空けて正面に立つ。
「もちろん、その名前はよく耳にしていますよ。なぜそんな有名人が突然ここに現れたのか分かりませんが、仰る通り、僕がロキで間違いありません」
「はは……ファンメル教皇国とか、大陸中央の国にいくつか用事があってね。どうせなら第五の異世界人を名乗る君とも一度会ってみたいと思って、こうして寄ってみたんだ」
「そうですか……まあこんな一通りの多い所で立ち話もなんですし、どうぞ」
言われ、町を守る扉の奥へと案内される。
ただ衝撃を加えただけではまず崩せないであろう長いトンネルのような城壁を抜け、話に聞いていた象のような巨体の魔物に出迎えられたらほどなくして右手へ。
そのまま中央にレールが延びる大通りを歩くと、次第に湖が見え始めたところでロキが左手に茂る森の中へと入っていく。
上空から町の全容は確認しているので、まだこの辺りが町の中であることは分かるが、なぜこんな道なき道を……?
不安に感じながらもロキの背中を追っていると、次第に視界が開け、目の前に広大な湖が広がる。
と、ここで今まで静かだったロキが振り返り、口を開いた。
「ここなら周囲に町民はいませんから、気にせず会話できるでしょう?」
「あ、わざわざそんな……」
「そちらは戦時の真っ只中。にも拘わらず要の存在であるあなたがこうして現れたということは、よほど込み入った話があるんじゃないですか?」
そして何もなかったはずの地面にロキが2脚の椅子を出現させてことで、勇者タクヤは思わず苦笑いを浮かべながら頭を掻く。
(バレバレか……でも、そうと分かって招き入れてくれたのなら、可能性はゼロじゃない……)
そう心の中で呟き、改めて目の前の男に目を向ける。
ロキを説得できるのかどうか。
その結果次第では大国エルグラントだけでなく、世界の未来も大きく変わる――
命運をかけた最強格二人の対談が今こうして始まった。











