662話 2つの秘密の部屋
最近は予期せぬ場所にリーさんの作った下水道が通っているため、軽いノリで地下施設を作ろうものなら方々からクレームが入ってしまう。
が、それでも少し深めに作っておけばまずバレないわけで、クレイブさんの作業小屋から入れる秘密の地下研究所はひっそりと完成し、その出来栄えに思わずほくそ笑んだ。
ふふふ……魔法陣なんて俺には作れないけど、こういう石と鉄の加工で生み出せる夢いっぱいの環境作りは、場数を踏んだお陰でだいぶ得意になってきたからな。
完全にゲームのハウジングをやっている感覚だが、出来上がったモノが誰かの役に立って喜ばれるならそれもありだろう。
「アルバート王国がいくつか抱えていた遮断結界十式ってやつを置いたので、ここなら一通りの看破系スキルは遮断されますし、奥の広い実験室はかなり分厚い鉄板でガチガチに補強してありますから、ある程度威力のある魔法陣であっても問題なく耐えてくれるはずです」
「ありがとうございます。まさか私一人にこのような場所まで用意してもらえるとは……これは尚更に満足いただける結果をお持ちしないといけませんね」
「まあそう気張らず、世界初の神字を探し出すくらいの気持ちで楽しみながらやってみてくださいよ。こちらも先ほどお見せしたモノ全てが形になるとは思っていませんから、いくつかでもこの国を守る防衛装置に生まれ変わることを期待しています」
直接スキルを見せ、効果も分かる範囲で詳しく解説したのだから、この先はクレイブさん次第。
あとはここにリアを交ぜるべきかどうかだが、フェリンやフィーリルならまだしも、リアだしなぁ……
人と仲良くやっていけるのか分からず悩んでいると、向こうが歩く俺の姿を見つけたからだろう。
呼び出しがかかり、城門の上に立つ監視塔の最上部。
窓だけで出入り口も存在しない、秘密の屋根裏部屋に転移する。
するとあからさまに物が増えた部屋の一角でベッドに寝そべり、窓の外を眺めながら饅頭っぽい何かを食べるリルがいた。
「いやーかなり快適そうな空間になってきたね……」
「ふははっ! ここは我が城だからな! 今ある金で好きなモノを買い、好きなモノを食える生活とはなんと豊かなことか!」
「……」
思わず溜め息が漏れるも、その後に続く言葉は出てこない。
ニューハンファレストの屋上より高い建物ができたわけだから、リルには監視場所の引っ越しをお願いしていた。
その際、憲兵団はこの下の階層までしか来れないし、今までと違って屋根もあるのだから、バレなければこの空間は好きにしていいと言ったが……
置かれた棚には大量の酒や食い物が並べられ、冷やすための冷蔵魔道具や、リーさんが広めたくさい見慣れたボードゲームに筋トレグッズまで床に転がっていた。
それになぜか、六角形の形をしたこの部屋には6つのベッドが置かれ、寝ながら各方面を眺められるようになっているし……
とは言え、リルを堕落した学生のような状態にしてしまったのは俺のせいでもある。
ここの監視員だけでなく、俺の姉役としてニローさんのいる暗部に出入りし、二重間者の思考や記憶を読み解くバイトもこなしているため、女神様の中で誰よりもベザートの町に詳しくバイト代も稼いでいた。
加えて金を貯めるような性格ではなく、そんな発想すら持っていないのだろう。
もはや買い食いだけに留まらず、その日稼いだ金を握りしめてクアド商会で普通に買い物までしてしまっているのだから、女神様の一般化は留まるところを知らなかった。
まあ、これも人の生活を知る上では良い経験になるわけだし、悪いことばかりではないと思うけど。
「……ゴミはちゃんと捨てようね」
「うむ、分かってはいるのだが、スキルを入れ替えるのが面倒でな……それよりロキ、アレは放っておいていいのか?」
言われ、窓の外に目を向けると10名程度の一団がゾロゾロと道の中央を練り歩いていた。
最近よく見る光景だ。
人がこれだけ多いというのに、上空から少し眺めただけでもあの一団はすぐに分かる。
「はぁ……ったく、周囲が避けて当たり前みたいな感覚で歩く先頭の爺さんには困りものだけど、明らかな違反行為をしているわけではないしね。ニローさんにも伝えてあるから、もう数日だし放っておいていいよ」
「そうか。いつもの調子で一掃するのかと思ったが、意外と寛容なのだな」
尻をポリポリと描きながらそう話すリルに肩を竦める。
「あの後ろの方で縮こまっている子が知り合いっていうのもあるしね。それに伏せておきたい部分はちゃんと隠しているんだ。町を徘徊する程度の情報収集で満足してくれるなら、うちにとっては利点の方が大きいと思うよ」
「そうなのか?」
「魔道具を利用した水洗トイレや案を出したら実現していた風車型の洗濯、乾燥装置、それにトロッコ馬車もそうか……人の生活を豊かにするための設備や道具は、大半が新奇開発所で生み出されているからね。その度にお金にがめつい所長が隣国の商業ギルドで権利登録しているみたいだし、こうして自国に持ち帰って利用してくれれば、それだけうちの開発資金が潤沢になるわけだ」
「なるほど……そんな仕組みになっていたのか」
「それにさ、世界の文明水準を上げたいっていうのは、女神様達が何よりも望んでいることでしょ?」
問うと、リルは身体を起こして向き直り、驚きの表情を浮かべる。
「……まだ、気に掛けてくれていたのか?」
「そりゃあ……っていうか、なんでもう気にしていないって思ったの?」
「いや……我ら女神がそのような願いを抱き、異世界人を招いたことで世界は今このような有様になっているわけだからな……ロキにも迷惑を掛け続けてしまっている」
「だとしても、文明水準を上げたいと願うことが悪いわけではないでしょ。やり方がマズかったって今はもう分かっているんだから、異世界人を呼ぶにしても――……」
会話の最中、これまでと違って真剣に話を聞いていたリルの眼差しが僅かに俺の肩越しへ移る。
些細ではあるが、こんな時のリルは余所見などしないと分かっているから、会話以上にその様子を注視していると、目を細め、小さく呟いたその言葉に衝撃が走る。
「何かが、こちらに近づいている……?」
「え?」
咄嗟に振り返ると、監視用に広く切り取られた窓には青空が広がっており、しかしその中に一点、黒ずんだ何かが浮いていて、それは明らかに羽搏く竜のような形状をしていた。











