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661話 深淵の底

【魔法学】は一般的なジョブ系と比較しても解放条件が存在する上位格のスキルだ。


 それもあってスキル所持者は非常に少なく、また書物にもあまり情報がまとめられていないため、転移陣や魔道具の製作に必要なスキルというくらいで詳しい中身はよく分かっていなかった。


 だからパワレベ後、突然雷に打たれたような反応を示したクレイブさんから目が離せなくなってしまう。



「まさか私にこんなことが……しかも1時間足らずで……」


「そんなに珍しいことなんですか?」



 ブツブツと呟きながら一心不乱にペンを走らせるクレイブさんに問うと、クワッと目を見開き答えてくれる。



「それはそうですよ! 魔法陣と向き合って10余年、『神字』が下りた者など今まで二人しか見たことがありませんからね。これが【魔法学】レベル10の効果……いや、それだけでなくロキ王に目の前で様々な魔法を見せていただいたことも大きいのでしょう。そもそもあのような現象、今まで一度も聞いたことが――……」



 よほど興奮しているのだろう。


 クレイブさんの解説は止まらず、しかしその話が非常に興味をそそられる為、ついついこちらも質問を重ねてしまう。


 以前にもこの作業場でクレイブさんと魔道具談義に花を咲かせたものだけど、その根っことなる【魔法学】も掘り下げると独特の仕組みがあってかなり面白い。



「つまり魔法陣を構成する神字というモノは、【魔法学】のスキルレベルと発現後の事象がより鮮明にイメージできているほど、脳裏にその文字が浮かびやすくなるわけですか」


「あくまで核となる主神字のみなので、より目的の効果を引き出すために崩す、付け加えるなどして適切な派生字を模索する必要はありますけどね」


「あ~だから似たような雰囲気の文字を先ほどから書き綴って……」


「しかしそれでも私が知る限りで現在解明されている約820字の主神字に、新たな1文字が加わるのです。もしかすると【魔法学】のレベル10に該当する主神字かもしれませんし、この事実が世に知れ渡れば魔法学会を中心に相当な騒ぎになることは間違いないでしょうね」


「なるほど……となると、まずこの無防備な作業場をどうにかしようと思いますが、【魔法学】のレベル10に該当とは? 神字にランクでも存在するんですか?」



 先に気になることを問うと、クレイブさんは僅かに口角を上げながら頷く。



「その通りです。神字は【魔法学】のスキルレベルと紐づいており、その者のスキルレベルより上位格の神字が下りることはないとされていますし、不足していれば神字の意味を理解していたとしても扱うことすらできません」


「ん? 扱えない?」


「ええ。要は見本となる完成された魔法陣が目の前にあったとしても、その中に自身の力量では扱えない高位の神字が混ざっていれば、いくら模倣したところで機能しないということです。もちろん力量とはスキルレベルだけの話ではありませんので、ただレベルを上げただけで技量や知識量が乏しくても同じように魔法陣は発動しないとされていますけどね」


「へ~厄介な仕様だけど……でもそんな制限があるから、良くも悪くも古代プリムスの時代に存在していた兵器や魔道具が簡単に復元されたりしていないのか」


「そういうことになります。あの時代の書物などほとんどが焼かれて残っていませんが、掘り起こされた遺物の残骸からまだ少なくとも150以上の主神字があることは分かっていますからね。今後はこの未開の領域にどこまで踏み込んでいけるのか……ロキ王が生み出されたモノではないようですし、できれば神の御業とも言える教会の転移陣を作られた方と共に、新たな神字を探し出したいところです」



 そう言ってやる気を滾らせるクレイブさんに曖昧な返答をしつつも考える。


 話の流れから察するに、クレイブさんがテリア公国で活動していた時代には、【魔法学】がレベル10に到達している者などいなかった。


 だから新たな神字が発見されるようなこともほとんどなかったが、アルバートに呑み込まれて以降のことは俺もそうだしクレイブさんだって分かっていない。


 マリーがこの世界のゲーム的な要素を理解し、同じようなパワレベを実践しているのか。


 そこは分からないにしても、ダンジョン産のアイテムを用いて強引に能力を引き上げる術はあるわけだから、争いや金儲けのために重要だと思えば後押ししてでも【魔法学】のカンスト者くらい生み出してくるだろう。


 もちろんそれだけでは大した脅威にならないだろうが、あちらが先行して動いている上に抱える<魔法学師>の数も断然多いわけで、いくらクレイブさんが不断の努力を重ねたところでこちらが不利になる可能性の方が高いように思えてくる。


 となると、やはり……



「念のため、先ほど下りたのは『波』に関する神字で間違いないんですよね?」



 問うと、なぜ再び確認したのだろうという疑問を顔に浮かべつつも、間違いないと口にしながらクレイブさんは頷く。


 特にこれを魔道具化してほしかったとか、そんなことはなく、クレイブさんを引き連れ恒例のSランク狩場でパワレベを行ないながら、どうせなら直接見せた方が効果も伝わりやすいだろうと。


 そんな理由から時折解説を交え、様々な魔法を使用しつつ攻防を繰り返していく中で、なんとなく砲撃型の魔道具として存在していても違和感はないかなという程度の気紛れで放ったスキルがあった。


 そして今回それがヒットし、クレイブさんの下に神字が下りた。


【水魔法】も実践で見せているので、確実にコレが起因していると断言まではできないが、しかし見せたのは暗霧に散々撃たれた高圧のウォーターカッターであり、『波』を意識させるような使い方などしていないのだ。


 ということは、たぶん解説を交えながら放った【衝撃波】が、今回の神字が舞い降りた原因になっているのではないのか。


 もし仮にそうだとするなら、【空間魔法】や【重力魔法】といった高位の魔法スキルだけでなく、魔物専用スキルも一部は神字に落とし込むことができるのかもしれない。


 あまりに効果が奇抜過ぎるモノや、そもそも魔道具化できないモノ、素人目で見ても向いていないモノなど様々だが……



「クレイブさん、かつて魔法学の深淵を共に目指したいって言ってましたよね?」


「えっ? ええ……」


「じゃあ、どうせならその先――魔導王国プリムスですら到達できていない、深淵の底も覗けるなら覗いてみましょうか」



 そう告げると、クレイブさんには魔物専用スキルの存在など伝えていないため理解が追いつかずおらず、暫く俺の顔を眺めていたが……


 きっと異世界人特有の何かがあるとでも思ったのだろう。


 ゴクリと生唾を呑み込み、歓喜と恐怖が入り混じったような複雑な表情を浮かべながらゆっくりと頷いた。

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