660話 奮い立つ男
「え、コレがそうなんですか?」
真っ先に出た感想はこれだった。
皆が作業に当たっていた所にも魔法陣の描かれた鉄板はあったが、その大きさは先ほど見たモノと同じ3m程度。
あの砲撃を放った魔法陣は倍以上の大きさがあったので、てっきり用途から複数枚求めていることを知っているクレイブさんが、既に2枚目3枚目の作業に着手しているのだと思っていた。
だから後回しでもいいと、こちらから伝えたわけだが。
「早速落胆させてしまいましたか」
「あーいや……想像よりだいぶ小さいなーと思ってですね。試作型だからですか?」
「いえ、その理由もまったくないわけではありませんが、先ほどのように可動させるとなると、この程度の大きさに留めなければ万人が動かせなくなりますし、何よりこれ以上魔法陣を巨大化させる意味は薄いでしょうからね」
そう言ってクレイブさんは、上面に向けられた魔法陣の上で、刻まれた紋様をなぞるように指を這わす。
目を向けると、崩した図形を繋ぎ合わせたような……
文字と言っていいかも分からない独特の紋様は、先ほど見た魔法陣と似たような雰囲気ではあるものの、より複雑というか、紋様の上に紋様を重ねたような、そんな印象を持ってしまった。
と、クレイブさんが確かめるように、俺が伝えたあの時の状況を口にする。
「ロキ王は巨大な魔法陣から極彩色の奔流を浴び、一言では言い表せないほどの様々な痛みと共に、身体が溶かされるほどの深手を負ったわけですよね?」
「え、ええ……」
「つまり混合属性――極彩色ということでしたら、火、水、土、風、雷、氷、光、闇の8属性全てが、先ほど試した【風魔法】のように指向性を持たせて同時に放出された可能性が高いのではないかと思うのです」
「はあ……なるほど」
「なのでまだ『火』と『風』の2種類ではありますが、こうして"橋掛け"という技法を使い、少しズラして紋様を重ねるように打ち込んだわけです。かつて私も所属していたヴィラン派はこのような手法を得意とし、日夜研究を進めておりましたので」
「ん? ヴィラン派っていうと、かつてテリア公国に存在していた、【魔法学】を研究する四大派閥の1つですか」
聞き覚えのある言葉とその中身に興味が湧き、話が逸れると理解しつつも思わず問うと、クレイブさんは複雑な表情を浮かべながら頷く。
ズラしと橋掛けによる重ね打ちによって、効果は落とさず魔法陣そのものの小型化を進める、生活に影響を与える魔道具製作全般に大きく貢献したヴィラン派。
できる限り紋様を短く、そして曲線を多用し、発動の速度を高めると共に各種魔道具の燃費向上を目指したラハイオ派。
逆に紋様を複雑にしてでも効果の拡張や威力の底上げを狙い、プリムス時代に存在していたという魔導兵器の復活を夢見たバイラム派。
そしてクレイブさんが最終的に身を置いていたという、紋様を刻む文字――『神字』の研究に特化し、古代の魔道具に使われていた紋様の解析、復元を目指し続けたリントネア派。
これらが現在の魔法学及び魔道具製作を牽引する四大派閥と言われており、この中でも真っ先にマリーへ下ったバイラム派が中心となって生み出したのが、俺の食らった巨大な魔導砲だろうとクレイブさんは言う。
だが――。
「それでも私は腑に落ちないのです。仮にバイラム派や、のちにテリアから消え去った他派閥の者達が心血を注いで作り上げた魔法陣であったとしても、空を極彩色に染め、遥か遠くの城壁を破壊するほどの馬鹿げた威力はまず間違いなく引き出せません」
「え、そうなのですか?」
「ええ。いくら魔法の効果を引き上げようと消費する魔力の上限は決まっており、その上限を突き破る『神字』は私達リントネア派でも再現はおろか、確認すらできていませんからね。論より証拠、私がこの魔法陣にバイラム派の真似事も加えておりますので、一度攻撃を食らえば分かるかと思います」
そう言われ、指示されたイメージの通りに【風魔法】と【火魔法】のレベル10を魔法陣に注ぎ込む。
そうして俺が作りかけだった台座にも手を加え、念のために【拡声】で周囲に実験であることを通告してから先ほどのように上空で待っていると、合図と共に吹き荒れる炎の竜巻が俺を襲った。
「お、おいおい! とんでもない威力じゃねーか!?」
「ちょっ……ロキ君生きてる!? まさか死んじゃいないわよね!?」
巻き込んだ炎が誰も逃がさないように周囲を覆い、無数の風刃が俺を刻む。
見た目も派手なようで、周囲から俺を心配する声が微かに聞こえてくるが……
術者による武器や知力の補正もない、ただ200の魔力をレベル10の2つの魔法に変換しただけの攻撃だ。
確かに誰でも放てるという意味では先ほどの魔道具同様に十分な意味はあるが、精々呼吸が一時的に苦しく感じるくらいで、俺自身がこの魔法陣で致命傷を負う可能性はゼロに等しい。
そう理解して強引に霧散させると、他がどよめく中でクレイブさんだけはこの結果を分かっていたからだろう。
表情を変えることなく頷いた。
「いくら2属性とは言え、ロキ王が浴びた砲撃とはまったく威力が違ったでしょう?」
「ですね。これなら8属性全てを同時に放たれたとしてもたかが知れていると思いますよ」
「でしょうね……となるとやはり、ここからは2通りしか可能性がないのですよ」
「……」
「1つは私も知り得ぬよほど高位の魔法や術式が魔法陣に組み込まれていたか、もしくは周辺の魔力密度を上昇させる魔力増幅器と対応する属性魔石を湯水の如く使用し、外部から強制的、かつ爆発的に注ぎ込む魔力量を跳ね上げさせたか……一応、両方という可能性もなくはないですが、どちらにせよ後者はその一撃に全てを籠めるという手荒な手法です。魔法陣を支える巨大な石塔があっさり崩壊していたという話からも、ロキ王は後者の方法で狙われた可能性が極めて高いと私は判断しています」
「なるほど……」
その話を聞いて、なんともアルバートらしいというか、つまらない方法をとってくれたもんだなと思ってしまう。
まあマリーはあの件に関与していないと言っていたが、ただ金を突っ込んだ分だけ威力が上がる、一発屋な防衛設備になんの魅力があるというのか。
碌に制御もできず周囲を破壊する恐れがあるのでは、とてもじゃないが石壁の上に設置なんかできやしない。
それはきっと、クレイブさんも同じ気持ちなのだろう。
「だから先ほども渋い表情をされていたわけですか」
「ええ。魔力増幅器が必須な設備など、本当に必要な場面でまともに機能するとは思えませんし、かと言って今の私が持ち得る知識と技術では、ロキ王が目指す万全な防衛設備を作ることができません。だから――」
「……」
「あのお話、改めて引き受けてさせていただけないですか?」
覚悟の灯った強い眼差し。
この人なら目指す未来がブレることもないだろうと思って提案したパワレベは、クレイブさんの真面目な性格からなのか。
もしくは他にも目指したい何かがあったのか、少し考えさせてほしいと一度断りを入れられていた。
「こちらから振った話ですし、もちろんそれは構いませんが……この結果で、心変わりが?」
問うと、クレイブさんはやんわりと首を横に振る。
「いえ……正直に言えば、ロキ王から最初にあのようなお話を頂いた時、私が真っ先に感じたのはそこはかとない恐怖でした。きっとこれは栄誉なことだと頭では理解しているのに、無理やり引き上げられた力を自分は十全に使いこなせるのか。使いこなせたとして、己の作り上げた魔道具が多くの人々の命を奪うのではないかと……様々な不安が押し寄せ、これまで積み上げてきた自分自身を見失ってしまいそうで、情けなくも恐れてしまったのです」
「ああ、そういう……」
そうだった。
俺があまりに慣れ過ぎただけで、普通は人の皮を被ったゴミであろうと、その命を奪うことに躊躇うのだ。
かつての俺もそうだった。
その意識が完全に欠如していた。
「しかし、この魔法陣の製作を進めるほどその威力にも見当がついてしまい、アルバート側に今のバイラム派を止める者は誰もいないのだと強く理解したのです。外部から相当量の魔力供給を行うとなれば、そのための魔石や魔力増幅器を置く広い設備が整っていなければならず、アルバート王国は始めからそのような事態も想定して土地の使用や土台の建造を許可したことになりますので」
「ということは、以前は止める者がいたわけですか?」
「ええ、テリア公国では国自体が行き過ぎた兵器を生み出さぬよう各派閥に国王直下の監督者が置かれ、進めている研究の内容に目を付けられれば研究資金が減らされるなどの措置を取られていましたから」
「なるほど……」
「でも今はそれがないどころか、アルバート側が存分に後押ししているきらいもある。それにバイラム派だけでなく、ヴィラン派やラハイオ派も半ば強制的に研究施設をアルバートの地へ移されていますし、最後まで抵抗を続けたリントネア派も派閥の長オリガンを始め、何人もの実力者達が捕縛され、連行されていく姿を見ています」
「……」
「きっとこのままでは、人を殺めることを目的とした魔道具も多く生まれ、戦争の道具にされる可能性がある……だったら私は動かなければならない。それらの魔道具から人々を守るために……ロキ王へご恩をお返しするためにも、己の成す未来に震えるのではなく、ここでなんとしてでもやり遂げねばならないのです」
……不躾な願いを口にしていたのは俺だというのに、勇敢で優しい人だな。
言い切るクレイブさんを見て、心の底からそう思う。
だから小さく震える肩に手を置き、せめてもの言葉を投げ掛けた。
「大丈夫です。この国のために作ってもらう魔道具は誰かを救うためのモノであり、必ずクレイブさんが生涯に渡って誇れる使い方をするとお約束します。だからお願いします。町の人達のためにも、クレイブさんの力を貸してください」
そう告げると、クレイブさんは瞳を閉じ、一度大きく呼吸を整えてから深く頷いた。











