643話 ギムレーとウートガルズの町
ギムレーとウートガルズにも転移陣に合わせて併設した役場があり、それぞれ案内人や魔石などの生活必要物資を販売する従業員など、フィーリルが密かに行なったテストに合格した者達だけが働いていた。
なのでぱっと見の雰囲気だけはベザートとそう大きく変わらないが、役場を出た瞬間に誰しもその違いに気付くことになる。
「うぉっ……暗っ! え、なんだここ!?」
「ようこそ、ここが身の安全を最優先に考えた町――ギムレーだよ」
「……光源魔道具が並んでるけど、空も、窓もない……どこかの地下になるのか……?」
「そう、場所は秘密だけどね」
目指したのは魚人の隠れ家『サントラス』だ。
空気の流れを作るため、厳密には地下というより山の内部になるが、まあ中にいる限りそんなこと分かりはしないだろう。
「ここが吹き抜けの中心部になっていて、役場を出るとすぐ階層毎に決まった大きさの部屋が広がっているんだ」
「へ~1、2、3……5階建てか」
「そそ。おおよその目安としては、1階が寝られればいいくらいに考えている単身者向けの一番小さい部屋。5階がもう少し部屋に余裕が欲しいって人用で、2階は部屋が2つあるから夫婦とか、2~3人の家族向けかな? で、4階も大きな部屋が2つあるから4~5人くらいなら普通に生活できると思うし、3階はそれ以上の家族向けだね」
「ってことは、俺だと2階?」
「か、もしくは少し狭く感じるかもしれないけど5階かな。人数に関係なくどこを選んでもいいんだけど、部屋が大きくなるほど借地料も上がるから、あとは直接部屋を見てどう思うかだね」
「なるほどなー。だからベザートの役場で、ギムレーは家の有料転移サービスを受けられないって言われたのか」
「そういうこと。ここは既にそれぞれの部屋が用意されているから、ベザートの家はそのまま向こうに残すか、もしくはもうすぐ不動産屋ができるから、そこで家を売りに出しておけば移民の人達が買ってくれると思うよ」
ヤーゴフさんがすぐに家を持て余す人達が増えると気付き、家の売買を仕事にしていた経験のある人達を集めると言っていたからな。
不動産屋ができれば、移民区のアパートや体育館のような集合住宅で過ごしている人達は、新築よりも安いそれらの物件に興味を示すだろうし、そう時間も掛からず売買は成立することだろう。
その時ついでに家を移動させ、区画を整理しておけば教会付近にデカい素材倉庫を立てやすくなる。
そんなことを考えながら5階と2階を案内し、ジンク君は2階の部屋の広さに大満足。
あとはお母さんと相談してすぐに決めるということで、足早にベザートへ戻っていった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
第三の町ウートガルズ。
ポツンと存在する転移施設も兼ねた役場内で、騒がしいメイサの声が響き渡る。
「ほらー! やっぱりこっちも並んでる! だからもっと早く出ようって言ったのに!」
「ママは知らないわよ。ギリギリまでお布団にしがみついていたのはパパなんだから」
「うっ、二人ともそんな目で見ないでくれよ……ほら、土地はいっぱいあるみたいだからさ」
メイサの父親が指を差した先。
人が並ぶカウンターの奥には、何枚もの木板を繋ぎ合わせたこの町の大きな地図が描かれていた。
そして待つこと1時間。
ようやく順番が来たことで、メイサ達家族は受付嬢から説明を受ける。
「ようこそ、安全と発展の両立を目指す町、ウートガルズへ。借地希望でよろしかったですか?」
「そう!」
「こら、メイ。ちょっと黙ってなさい。そのつもりですので、すみません。続けてください」
「ふふ、ではこちらの区画図を使って説明させていただきますね。まずこの役場から最も近い第1層は居住不可の大型のお店や施設を。2層から4層目までが居住区域となっており、基本的には3段階の土地の広さから選んでいただくようになります」
そう言われてメイサ達は、指で示された区画図を眺める。
そこにはこの役場を中心に大きな円が描かれており、その中心から放射状に真っ直ぐ延びる8本の大通りと、円を描きながらその大通りと交差する、層分けのために敷かれた3本の大通り。
そして間を蜘蛛の巣ように繋ぐ小さな通りが、一部の地域を除いて等間隔に記されていた。
と、さらにいくつかの値段が記載された料金表を見せられる。
「道で分けられたその一区画を丸ごととなれば一等地という区分になり、選択できる土地の広さの中では最も大きく、そこから半分に割れば二等地、さらに半分に割れば三等地という具合で、選ばれる層と土地の広さによって借地料が変わっていきます。ただし使用者の決まった土地は背面にある大きな地図に都度反映されていきますので、既に埋まっている場所はお選びできません。また南部はさらに大きな土地をお求めの方に向けた特別区域となっており、あまりに広大な場合はロキ王様の認可が必要になりますが、広さに応じた借地料をお支払いいただくことで、必要な分の土地を借りることも可能です」
「ふむふむ……私は薬屋でして、こちらでも同じように店を構えたいと思っているんですが、居住とお店を同じ建物にする場合は2層から4層ということですよね?」
「はい、そうなりますが、お店をやられるのでしたら大通り沿いがお勧めですよ。ベザートと同じで、大通り沿いはお店しか土地の貸し出し許可が下りませんから」
「えーじゃあ絶対大通りにしようよ!」
「そうだねぇ……えっと、皆さん続々と外に出られていますし、土地の大きさというのは直接確認できるんですよね?」
「もちろんです。外に見本用の土地がありますので、どうぞそちらに」
そう言われ、メイサ親子は受付嬢に連れられ役場の外に出る。
そうして飛び込んできた光景に、騒がしいメイサだけなく父親と母親も感嘆の声をあげた。
「うわっ! ひっろー!!」
「本当に……それに造りがとても綺麗ね。メイ、足元を見て。ベザートと違って繋ぎ目もない石の道がどこまでも続いているわよ」
「それに道がかなり広いね。ベザートの倍くらいは幅があるんじゃないかい?」
「ロキ王様曰く、使役できる能力者を用意できたら、いずれは全ての大通りにトロッコ馬車を走らせるみたいですからね」
「へえ、そのために……ロキ君ならあっさりやりそうだし、そうなると無理をして近場の2層に拘る必要も薄くなるのか……」
メイサの父親がぶつぶつと思案する中、人が集まる見本の土地の広さを確認していくも、子供には眺めたところでなんら面白味もない、大きさの違う四角い岩板が3つ敷かれているだけ。
すぐに飽きて周囲を隈なく眺めていると、遠くで山のように積まれた資材の隙間からあるモノを見つけて声をあげる。
「あっ! あの薄っすら見えてるのって城壁かな!」
「そうですよ。第4層の終わりはベザートと同じ、高さ40mほどの非常に高い城壁で囲われていて、町の安全がしっかり確保されていますから」
「じゃあ、その先は何があるの?」
「え、っとまだ作業中のようですが、その先は広大な5層が広がっていて、広い土地を必要とする作業場や農地、畜産場など、仕事のための区画として整備を進めていると聞いています。もちろんここからでは見えませんが、5層の終わりにもさらに高い城壁が造られているみたいで――」
「じゃあじゃあ、その先は?」
「え……?」
それ以上先のことは、役場で働き始めた受付嬢も聞かされていない。
度重なる質問に困惑していると、メイサの母親が窘めるように娘を小突く。
「こーら、お姉さんも困ってるでしょ? それにベザートと同じくらい高い城壁があるなら安心じゃない」
「もしかしてメイは、自分で薬草を採りに行こうとしているのかい?」
「あっ……そういうことでしたら、この町の城壁は出入口を設けないという話を聞いているので難しいかと――……」
この時メイサは、大人達のやり取りを目にしながら首を傾げる。
なぜ、皆は疑問に思わないのだろうか。
少しだけ考えてみるも答えが見つからず、だからメイサはその性格もあってすぐ口にした。
「みんな、ここがどこなのか気にならないの?」
「「「え?」」」
「だってロキ君がこの町を作ったんなら、きっとパルメラ大森林のどこかでしょ? もしかしたら今まで誰も到達していないような奥地で、すんごい魔物が周りにいるかもしれなくない?」
「「「……」」」
その言葉に大人達は黙って顔を見合わせる。
自国の中でこれほどの土地を開拓したのだから、この場所がベザートと同じ、パルメラ大森林のどこかであろうことくらいは誰もが想像していた。
しかし全員がハンターとしての講習を受けているわけでも、パルメラの内部に興味があったわけでもない。
少なくともここにいる大人たちは、より安全で不自由のない生活を送っていける場所なのかどうかに意識が向いており、ここがパルメラのどの辺りに位置するのか――周囲に生息する魔物からその深さを推測しようなどという発想を抱いてすらいなかった。
それはある意味、メイサがハンターとして成長してきている証左でもあるわけだが……
「あの城壁って登れるのかな? そうしたらもしかして――ほわっ!?」
「「「あ……」」」
ウキウキと目を輝かせながらそんなことを言うメイサの身体が、不意に宙へ浮く。
メイサが慌てて振り向くと、そこには見知った顔の人物がいた。
「あ、ロキ君!」
「こら、何か企んでたでしょ」
「えー! そんなことないよ!? ちょっと町の外がどうなっているのか見てみたいなって思ったくらいで……」
「はぁ……初日からこれじゃ、ちゃんと警告しておかないとダメだなこりゃ……」
「?」
メイサが疑問に思いながら顔を振ると、すぐ横で同じように首根っこを掴まれ宙吊りにされているおっさんがいた。
「あ……ノディアスのおじじ!?」
「……」
Sランクハンターと言えば、ハンターではない者達からも一目置かれるような存在だ。
ベザートではただ一人ということもあってその名は町中にも広く知れ渡っており、特にメイサのような子供達は出会えば嬉々として話し掛けていたのだから、ノディアスも町の若いハンター達とは知った仲になっていたわけだが……
そんな子供達に大人気の男も、この時ばかりはバツが悪そうに口を結ぶ。
「おじじ、何しちゃったの?」
「いや、ちょっと町の外がどうなっているのか興味があってな……」
「階段も設けていない城壁に飛びついて乗り越えようとしている怪しい人物を見かけてね。捕まえたらノディアスさんだった」
「えー階段ないの!?」
いや、重要なのはそこじゃない。
内心突っ込みながらも、ロキは諭すように伝える。
「この町はね、誰もどこにあるか分からないからこそ手を掛ける価値があるし、ベザートよりも安全が担保されるんだ。外に興味を抱く気持ちは分かるけど、その情報を抱えてしまうと町もそうだし、何よりメイちゃん自身が危険に晒されることになる」
「そうなの?」
「他国は出入りが制限されているギムレーやウートガルズの町がどこにあるのか知りたがるだろうからね。そんな時、手掛かりになり兼ねない情報をもしメイちゃんが握っていると発覚したら、良くて奴隷落ち――最悪は攫われて死ぬまで拷問される可能性だってなくはないと思うよ」
「ええっ!?」
ノディアスもメイサも、ロキが裏で行なっている絶対的な防御対策のことなど知る由もないのだから、このくらいしょうがないことではあるが……
「だからこの町と皆の安全を維持するためにも、町の外には意識を向けないようにね」
ロキにそう言われ、顔は笑っているものの直感的にこれは本気のやつだと理解した二人は、揃って勢いよく首を縦に振った。











