632話 一区切り
「ごめんね。今回は恒例の王都調査ができなくて」
アルバートの各地で調達してきた料理を並べながら謝罪すると、森の奥から出てきたリステが伏し目がちに首を振る。
「いえ、ロキ君が悪いわけではありませんから。目的の王都がなくなったのではしょうがありません」
いつもなら地図の完成と共に、その国の中心部で市場調査を行うのがお決まりの流れだったのだ。
リステもそれを楽しみにしていたことが分かっているだけに、こうして気落ちした表情を見ていると胸が痛くなるが、かと言って政治の場所だけ移したような新王都を、今このタイミングでうろついても相手に余計な刺激を与えるだけだしな……
(ちょうどいい機会だし、そろそろ一緒に探してみてもいいか)
そんな穴埋めの方法をぼんやり考えていると、料理を並べ終わったタイミングでリルが湧いて出る。
「ロキ、大丈夫なのか? 私は町を見張っていなくて」
「うん。その辺りも含めて報告しておこうかと思ってさ」
そして皆が席に着いたところで、搔い摘んだ報告しかしていなかったアルバートとの抗争について委細を伝えた。
すると本当に理解しているのか怪しいが、それでも食事の手を止め話を聞いていたフェリンが俺に問う。
「じゃあベザートが攻められたりする心配はもうなさそうなの?」
「まあ、今のところはかな。いずれアルバートも国が落ち着いたら防衛体制を緩めて外に目を向けてくるんだろうけど、それも伝わりやすいように警告はしておいたから、暫くマリー陣営が派手に動くことはないと思う」
「ふむ……王都を潰したという別の女が襲ってくる可能性は?」
「そっちはどうなんだろ……俺に期待しているようなことも言っていたし、あまり敵意のようなものは感じなかったんだよね」
リルの指摘はその通りで、もちろん絶対にないとは言いきれない。
あの女の言う期待というのが俺にマリーの戦力を削れという意味なら、今後の展開次第ではうちに攻撃を仕掛けてくる可能性もあるとは思うが……
「ちなみにさ。隕石を降らせる能力、転生者に与えた覚えはある?」
そもそもあの黒髪女は何者なのか。
憶測ではなく確定的な情報が欲しくて皆に問い掛けると、暫く沈黙の時間が続く中でビクンと。
急に身体を跳ねさせたアリシアの顔がみるみる強張り、そして蒼褪めていった。
「……怒っているわけじゃないから、知っていることを教えてくれない? 黒髪女の素性がはっきりしないままだと、いざという時に凄く困るんだ」
「え、っと、はい……私が呼び込んだ魂に与えた記憶があります……」
「なんてスキル? 【精霊魔法】じゃあそこまで小規模の隕石を連続して落とせないだろうし、全てに火を纏わせるのも難しいと思うんだけど」
「……与えたのは【月魔法】です。一番火力の高い魔法が欲しいと言われて、要領を掴めず悩んでいたら、星を落とすくらい広域を攻撃できる魔法と言われたので、それならと……」
この段階でも俺が取得できていないどころか、解放すらされていない。
そんな高等スキルを、欲しいと言われてあっさりあげちゃったんだ?
喉からそんな言葉が出かかるも、全て過去の話。
さらに大奮発されている勇者タクヤという存在もいるのでぐっと堪える。
それより重要なのは、これで黒髪女が転生者で確定したということ。
しかも『火力』というくらいだから、俺と似たようなタイプの経験者か……
「その転生者が今どこの国にいるかは分かったりしないよね?」
「はい、そこまでは……でもかなり珍しいスキルを所持する者ですし、教会を利用してくれればその場所がどこなのかまでは特定できると思います」
「じゃあその特定はお願いしてもいい? あとできれば、【空間魔法】を与えたマリーが利用している教会も」
するとアリシアは責任を感じているのだろう。
真剣な眼差しで深く頷き、そのままリアに目を向けるとリアも承知したと言わんばかりに頷いた。
たぶん転生者が多くいるという帝国なのだろうけど、可能性が高いのと確定しているのとでは大違いだからな。
「あと、もう1つ。その人に【空間魔法】は渡していないの?」
「え? ええ、その記憶はありません」
「そっか……」
となると、かなり厄介だな。
あの黒髪女はたぶん【空間魔法】持ちだ。
そうとしか思えない消え方をしたのだからまず間違いない。
なのにアリシアは与えた記憶がないというのなら、思い当たる取得方法は2つ。
本人、もしくは勢力の誰かが【空間魔法】の取得方法に自力で辿り着いたか、もしくはダンジョンで得られる付与付き装備や技能の書でスキルを強引に得たのか……
後者ならまだマシだが、Sランク狩場を占有している帝国が取得方法を解明し、さらにその情報を共有していた場合。
最悪は黒髪女だけでなく、複数人の【空間魔法】所持者がいてもおかしくなくなる。
その可能性に気付いて思わず深い溜め息を吐くと、アリシアが恐る恐るといった様子で話しかけてきた。
「あの、一旦の解決はしたように思っていましたが、そういうわけではないのですか……?」
「一時的には落ち着いたかもしれないけど、問題は山積みだよ。大国の抱える戦力と初めて本気でぶつかって、今まで見えていなかった部分が浮き彫りになってきたからね」
「え?」
「正直、想像していたよりも遥かに転生者の抱える戦力が強いんだ。それこそ一部は、今の俺でも勝てるか怪しいくらいに」
そう伝えると強さに敏感なリルは当然として、リアやフィーリルも分かりやすく驚きの表情を浮かべる。
まあ転生したあとの様子をまったく追っておらず、意識して下界の戦力把握に努めようとしていなければ気付きようもないとは思うが。
「だから俺自身がもっと強くならなきゃっていうのもあるけど、それと同じくらい国の防衛力にも目を向けていかないとさすがにマズいかなって」
「なるほど……」
「だが、具体的にどうするつもりなのだ? こう言ってはなんだが、まだこの国は若過ぎる。ロキ個人の戦いということなら分かるが、それほど大層な戦力を抱えた国が相手となれば勝てる見込みなどないだろう?」
「うん、だから防衛力なんだ。攻め勝つのではなく耐え凌ぐ力。そのための切っ掛けは1つ得られたから」
すると、今まで静かに話を聞いていたフィーリルの眉がピクリと上がり、表情を変えた。
「もしかして、最近下で見知らぬ生物が誕生したのも何か関係があるんですか~?」
「あ、もう知ってたんだ?」
「もちろんです~よくお風呂に入りながら皆さんの様子を眺めていますから~」
「じゃあ話が早い。俺が使役しているジェネが、前に一度話した知性体という存在になってね。そこからヒントを得て、通常とは異なる強さを持つ魔物――つまり魔物の王と、その王が支配する魔物の軍勢をいくつも生み出せるかもしれないんだ」
するとここまでの話は予想していなかったのか、皆が驚きの表情を浮かべる。
「元々ゴブリンだった魔物がそんな凄い存在になっちゃったんだ……」
「眺めていても上手く下に住む方々と共存されているようですし、その知性体に危険性はないのですよね?」
「うん。それどころか俺とゼオには怖いくらい恭しいというか、忠実なんだよね。もう慣れたけど、ジェネから出ている、で合ってるのかな……妙な感覚を俺とゼオだけは感じ取れるし」
「「「……」」」
たぶん黒い魔力を持つ二人だから、【魔物統御】の影響を受けているんだろうとは思うけど、こちらが支配される雰囲気なんてまるでないしな……
だったら気にしてもしょうがないわけで、害も感じないし割り切っていると、フィーリルがあまり見ることのない真剣な眼差しで問い掛ける。
「先ほどヒントを得たということでしたけど、魔物が知性体に進化する条件を掴めたんですか?」
「あーそれはたぶん『人』だね。生まれ変わった姿はかなり人の姿に寄っていたし、人を相当量食べ続けると、覚醒体、知性体って進化していくんだと思う。他の狩場じゃ進化する前にほぼほぼ討伐されるだろうけど、ここなら俺が悪党連中の死体を大量に運んでたからさ」
「なるほど……そこまで分かっていて生まれる知性体の数を増やすということは、拘束具を着けたこの状態でもこれまでのように各地を巡り、悪を掃討していくということですか?」
怒っているのか、それとも試しているのか……
ここまで圧を強く感じるフィーリルは初めて見るが、それでも俺の考えは変わらない。
「するよ。もちろん自分の症状を見ながら調整はするつもりだけど、どうしようもなく存在が嫌いで許せないんだから、許容を超えた悪は必ず、始末する……それに始末していくことが、護りたいモノを護るための一番の近道だから」
「……だそうですよ~、皆さん」
「うん……だろうなと思ってた」
「ええ。ここで自制できるのなら、もっと前からできていたでしょうから」
「え……何? どういうこと……?」
フィーリルが皆へ呼びかけながら目を向けると、フェリンやリステが納得したような言葉を吐き出しながら深く頷く。
だが俺にはなんのことだか分からず、モヤモヤしながら問うとアリシアが代わりに答えてくれる。
「まだ具体的にどこまで干渉するのかはっきり決まっていないので、あまり詳しいことはお話しできませんが……私達もいい加減に観測者の立場ではいられなくなってきたということですよ」
「え……マジ?」
「調べて驚きましたが、大国の王都が消滅したというあの日、世界から500万を超える人の命が失われていましたからねぇ。世界全体の死者数なので、王都の問題とはまったく関係がない者達も含まれているとはいえ、ここまでの大きな変動は転生者を呼び込んで以来初めてのことです」
「神罰というほどではないけど、さすがに看過できない数字」
「それに何より、私達が犯した過ちをロキ君に拭わせ、その結果ロキ君が壊れていく姿を見たくないのです……」
「……」
リステのこの言葉に、一瞬リルが痛みのことを伝えてしまったのかと目を向けるが、気付いたリルは僅かに首を振って否定する。
ということは我に返ったあの時、焦って情けない姿を【神通】で晒したことが原因か……
「ちなみに何をするか決まっていることもあるの?」
「そうですね。冬の終わり――年の明けにファンメル教皇国で"六道神教祭"が始まりますので、争いは止めるよう、特にロキ君からよく名前を聞くアルバート王国、ヴェルフレア帝国、エルグラント王国の三国に対しは名指しで<神子>に導きの言葉を与えようと考えています」
「へえ、神子を通してか……ちなみに加護を剥奪したり、スキルの成長を個別に止めるようなこともできたりする?」
「そ、それは無理ですね……一度与えたモノを奪うようなことはできませんし、職業選択や祈祷によるスキルの成長をこちらで拒むことも許されていませんので」
「なるほど……」
他に目立つ異教の話を一度も耳にしたことがないくらい、人の生活に密接な繋がりを持つ六道神教と女神様達の立場は強い。
名指しで指摘を受ければ、俺なら最悪は今確認したような制裁の可能性も過ってしまうので、抑止の効果はそれなりに得られそうな気もしてくる。
が、実際に与えられるペナルティはないに等しいとなると……
「神様のルールがあることは理解しているし、一緒に戦ってほしいとまでは言わない。けど、このままだとやっぱり苦しくて、できれば皆にも協力してほしいんだ。特に、リアに」
「私?」
「うん……魔法陣の研究、進んでる?」











