63話 覚悟を決めた男
ベザートの北入り口に入ったところで俺達は別れた。
これからどうするのか?とリア様に聞いたら、とりあえずは町の中をぶらぶらと歩きながら転移者を探し、人の動きが見えなくなったら【分体】を一度引っ込めるらしい。
そして明日以降は1週間くらいベザート内を調査するらしいので、夜【分体】を消す時と、朝【分体】を出すのに俺をポイントにしても良いか?と聞かれた。
なので一応こちらの予定も伝えておく。
「リア様、俺は明日以降どのくらいの期間になるか分かりませんけど、今日行ったルルブの森内部に滞在し続けます。なので町の中にはいないんですよ」
「なんで? 人種っぽくないよ?」
「今日行って分かったんですけどね。あそこは遠いし素材は大型で手間がかかるしで、金銭効率がかなり悪いんですよ。だからこの際お金は捨てて、引き籠りながらとっととルルブの森を卒業しようかなと」
「そう……分かった」
そう言いつつ、なぜか下を向いてしまうリア様。
(うっ……妙な罪悪感が……でも仕方がない。あんなところに毎日ベザートから通うメリットは無いんだ。そうだよね俺!?)
「靴……」
「ん? あっ……もしかして、こっちで買った靴って神界に持って帰れないんですか?」
「そう」
となると、【分体】を戻した場所に靴がそのまま置き去りにされることになるわけか……
大して高い靴でもないけど、せっかく買ったんだしなぁという気持ちに俺までなってしまう。
――ならば。
「……わ、分かりました。それならあの部屋は借り続けるということにしましょう! それで【分体】を引っ込める時は靴をあの部屋に置いて、出す時はあの部屋からなら問題無いですよね? 女将さんには俺は今日までしか泊まらないけど、それ以降は女の子が泊まるって言って纏めてお金払っておけば大丈夫でしょうから!」
「ロキは泊まらないのにお金大丈夫なの?」
「ふっふっふ、こう見えて俺、結構なお金持ちなんですよ。いくら持っているかよく分かってないんですけどね」
「なにそれ」
そう言って笑うリア様は、やっぱり笑顔の方がさらに可愛くなるなと心から思う。
なら変に意識しないで、ちゃんと言ってあげよう。
女神様とはいえ、それで気付くことがあるかもしれないのだから。
「……リア様? 笑ってた方がさらに可愛いですよ? 町中で笑うと男がホイホイするんで控えた方がいいと思いますけどね」
「――――ッ!! あとで部屋に靴置きに行くから!」
――走り去っていくリア様をなんとなく眺める。
(今日は楽しかったなぁ……でもリグスパイダーは1匹1%前後。対してリア様が木の上で隠れていた時に倒したオークは2体で5%も経験値が上昇した。ということは――女神様であっても経験値を吸われている可能性が高い。明日一人でリグスパイダーを狩れば答えは確実だと思うけど、それだけが少し残念だな……)
こんなパーティとは呼べないパーティも有りだとは思った。
しかし強さへの拘りとどちらが上なのか問われれば、やはり強さへの拘りが勝ってしまう。
それはもう病気のようなもの。
ふぅ――……
今日は今日、明日は明日だ。
明日からは本気を出そう……そう思って素材の換金をしにハンターギルドへと向かった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「ロキの籠で、こんな普通の量の素材を見ることになるとはな」
「じ、事情があったんですよ事情がっ! それにルルブは今日が初日ですからね!」
「ん? 昨日は行かなかったのか? そういや昨日お前の姿を見かけてないな……」
「き、昨日は色々あって、セイル川で釣りしてました……」
「ぶはははっ! そうだそれでいいんだよ。ロキは心配になるくらい毎日狩りばっかしてやがるからな! しっかり息抜きもしないと早死にしちまうぞ?」
「ロディさんだって毎日ここにいるじゃないですか……それにもう息抜きは十分しましたから、明日からは本気出します」
「ほーう? そいつは楽しみだな」
そう言って素材を確認するが、言われた通り、確かに今日は数が少なくて簡単そうだ。
そんな光景を見守っていると、ロディさんはオークの肉を持ち上げ解体場の脇へ。
そこには大き目の釣り針のようなものが吊るされており、肉を引っ掛けた後に後ろをゴソゴソと弄っている。
「それは重量計か何かですか?」
「そうだ。肉は肉の部位と重さ、あとは素材ランクで値段が決まるからな。ホーンラビット程度なら1匹いくらって感じだが、オークとなるとさすがにそんな大雑把にはできん」
それもそうか。
ホーンラビットなら多少肉の量が前後しようと精々数百ビーケ程度の差。
子供のホーンラビットは見たことないけど、成長したら大体大きさはどれも似たり寄ったりなので、大して差が生まれることも無い。
だがオークの場合は、ハンターがどれだけ切り取って持ち帰るか次第だ。
さすがに手で持って重さが瞬時に分かるなんて神スキルが―――この世界ならあるのかもしれないが、ちゃんと計量して値段を出しているというわけだな。
「よし終わったぞ。オークが2体で素材ランクはどちらも『B』、肉質は特上、重さはどちらも11kgだな。あとは魔石と討伐部位もそれぞれ2体だ。んでリグスパイダーが5体分、スモールウルフが8匹分。あとはリグスパイダーの糸が1kgってところだな」
そう言われて毎度の木板を渡されるも、これを見てもさっぱり金額が予想できない。
「大丈夫です。ただ今までと違ってさっぱり値段が分かりませんね……」
「それは……俺も分からねぇ。そういうのは受付の仕事だ。アマンダにでも聞いてこい」
「ですよねー」
しょうがない。
現金は必要ないけど今日は換金しておくか。
それにリア様や他の女神様達が今後も降りてくるなら、何かあった時にお金も必要だろう。
全部アマンダさんに預けようかと思っていたが、それなら現金はとりあえずリア様に預けておいてもいい。
誰かが奪おうとしたところで、リア様なら簡単に撃退できるだろうしね。
あーそうだそうだ。
ロディさんにも一応伝えておかないと。
「ロディさん。明日から本気出してルルブの森に引き籠りますので、当面こちらには顔を出さないと思います。籠は誰か使いたい人がいたら貸しちゃってもいいですからね」
「は?……ちょ、待て待て。どういうことだ?」
「言葉の通りで、ルルブの森の中で当面生活します。なので町には戻らないってことです」
「……おまえの本気ってそういうことなのか!? 普通じゃないぞ!! おい、聞いてるのか!?」
早く帰らないと、いつリア様が宿の部屋に戻ってくるか分からないんだ。
「大丈夫です。頑張ってきます!」
そう言い残して次は受付へ。
アマンダさんの所に木板を渡す……が――
カウンターの横には、俺を見つけた途端勢い良く土下座をする男。
そう、今日見かけた斧の男が地面に額を擦り付けていた。