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618話 地下通路

 有事に王族を中心とした国の要人を逃がすため、王都『ロミナス』の地下深くに作られたいくつかの隠し通路。


 その中で北部のミシュト山裏手に通じる細い道を、数千にも及ぶ者達が列をなして移動していた。


 町の規模が大きくなる度に拡張されてきたとは言え、こうしてまともに使用されるのは数十年ぶりのこと。


 魔法によって十分な補強はされているものの、それでも悍ましい数の蟲や蝙蝠に滴る雨水など、普段の生活では考えられない劣悪な環境に加え、先ほどまで断続的な揺れが続いていたこともあり、不安から苛立つ王族は駕籠で運ばれている身でありながら声を張り上げる。



「ああ、また私の顔に虫が……! ちゃんと焼き払ってくださいまし!」


「もっと早く移動せんか! こんな狭苦しい所にいては余の気が滅入るわ!」



 しかし愛想笑いを浮かべて相槌を打っているのは、周囲で諂う近しい立場の貴族だけ。


 特に王族から離れた場所を歩く騎士達は、様々に思うことがありながらも抱える感情を押し殺していたが……


 あまりに醜い喚きが地下道の中で響き渡るため、次第に不満を顔に出すだけでなく、それとなく濁しながら愚痴を零し始めていた。



「酷いものだ、本当に……」


「ああ。これほどの大所帯に加え、手荷物まで抱えていてはな」


「傷をつければ首が飛ぶんだ。誰だって慎重にもなる」


「気持ちは分かるが、その辺にしておけ……これまでの生活を捨てて、セルリック家やヤーガン家のように死ぬまで田舎の景色を眺めたいのか?」


「「「……」」」



 城塞内部やその周辺は、命を張って守ろうとした兵士達の亡骸が今も放置されたまま。


 中枢の騒ぎが広まったことで町は余計に混乱し、建物の倒壊で生き埋めになっている者達が多数いると分かっているのに、その救出すら満足に行えていなかったのだ。


 人手はまったくと言っていいほど足りていない。


 だからこそ近衛騎士団長ホーゼは、王へ避難の必要性と共に報告が上がってきている町の情報を伝え、護衛は近衛騎士団のみで進めたいと、無理を承知で献言したわけだが……


 返ってきた答えはホーゼが想定する最悪をさらに超えるもので、ポラン王は戦闘技能に優れた王宮騎士や王宮魔導士だけでなく、纏まった数の一般兵まで帯同するように命じた。


 その目的は自身の護衛と荷物持ちだ。


 事もあろうにポラン王は、護るべき上級兵が自身の護衛として持ち場を離れるのなら、宝物庫の中身も共に持っていくと言い出したのである。


 そのため、民の命よりも抱える宝が大事なのかと。


 避難を開始した当初から兵士達の間に漂う空気は重苦しく、そこから明らかに異常だと分かる地鳴りのような振動が長く続いたことによって、口から不満まで漏れ出るくらいには最悪なものへと変化していった。


 命令とは言え、この場にいる多くの兵士達にも家族がおり、この王都で暮らしている。


 今、町はどうなっているのか……


 それは列の中頃で王を護衛する近衛騎士団長ホーゼも同様で、町の状況と家族の安否に不安を抱えながら王を乗せた駕籠の真後ろを歩いていると、後方が急に騒がしくなってきたことで動きを止める。


 聞こえてきたのは慌てる兵士の声に、叫び……悲鳴か!?



「総員! 構えろ!! 後方から何かが来てるぞ!」



 そう判断した瞬間、怒声に近い声を張り上げたことで、先頭付近を歩く兵士達にまで緊張が走る。


 と言っても現実的にできることはそう多くない。


 そもそもこの地下道は人を秘密裏に逃がすためのモノであり、ここでの戦闘など想定されていない。


 道の幅は精々大人3人が並んで歩ける程度しかなく、この狭さでは何を撃っても同士討ちに繋がる攻撃魔法などまともに放てないし、剣を抜いたとしても振り被れば触れてしまう恐れがあるくらいに天井も高くはなかった。


 それに大半の兵士は大なり小なり宝物を運ばされている。


 そんなもの、緊急時となればただの足枷――脇に放ってでも対処しろと、ホーゼは喉から出かかるが。



「余の宝を雑に扱うでない! 傷でもつけたら打ち首にするぞ!?」



 極採色に染まった空の異様を目にしてから、すぐ地下へ雲隠れしていたのだ。


 兵の死体も、町の惨状も。


 王都の現実を何一つ目の当たりにしていない王が喚き散らしたことで、一般兵を掻き分け前に出ようとした王宮騎士も委縮する。


 そんなことを気にしている場合ではないのだ……


 この場所では数の利などまったく活かせない。


 異世界人ロキがマリー様と黒騎士の面々を相手取っている間に、仲間が陛下の命を狙ってきたのか。


 もしくは謀反を起こしたというオーリッジ子爵と協力関係にある勢力が、ここぞとばかりに襲撃してきたのか。


 後者であれば、マリー様のお考えを否定し地方に追いやられた大貴族達が裏で糸を引いている可能性も十分あり得るだろうが、どちらにせよここで襲ってきたのなら、数はまず間違いなく少数であり、相手は精鋭。


 悠長に事を構えていては、どこまで被害が拡大するか分からない。


 ホーゼは王の側を離れるわけにもいかず、兵の背中しか見えない後方を見つめながら【指揮】と【拡声】を使用し、各部隊長に状況の報告を求めていたが……



「ッ……! 陛下を前にお運びしろ! 近衛隊は戦闘態勢を維持したままこの場で待機!」


「こほっ!? では余を誰が護る――」


「早くしろ!!」



 次第に事態の深刻さを理解し始め、ホーゼは嫌な汗を垂らしながら下唇を噛み締める。


 荷運びを命じられた一般兵もそれなりにいるが、ここには華覚仙天を含む国軍の精鋭が集結しているのだ。


 いくら態勢が万全でないとは言え、さすがにどこかで食い止められる――そんな考えが揺らぐほど、響き渡る兵士の悲鳴は異常とも思える速さで迫ってきていた。


 敵の数や素性など、後方の状況を示す報告は何一つ上がってこない。


 背後を突く襲撃と慣れない環境で混乱し、部隊の指揮がまったく執れていないのか……?



「第三、第四魔導士部隊は端に寄って最優先に魔防結界を張れ!! 王宮騎士部隊は盾ではなく剣だ! 前に出て剣で敵で動きを止めろ!!」



 ホーゼはそう判断し、この速度ならばまず間違いなく魔法による範囲攻撃を一方的に受けているのだろうと。


 部隊長に代わって激しく指示を飛ばすが、それでも勢いは止まらず、兵士達が波のように後退し始めたことで、近衛のいる中央付近も身動きが取れなくなってくる。


 この兵力を押し返すとは、侵入してきた敵戦力はどれほどのものなのだ……!



「怯んで後退すれば敵の思うつぼだ! 態勢を立て直せ! 魔導士部隊は道を塞いででも時間を――……」



 焦りを強く感じながら、それでもホーゼは戦線に向かって声を掛け続けるも、兵士達の頭上から徐々に見え始めた異様な光景に目を奪われ、思わず息を呑む。


 人が――兵士が次々と舞い上がり、千切れ、その一部が磔にされていく。


 あれはどう考えても、ただ武器を振り回しているだけじゃない……


 だが魔法と呼ぶにはあまりにその動きが不規則で、何が起きているのかホーゼにはまるで理解できなかった。


 そして――



「かひっ……」



 死を恐れ、ひしめき合う兵士達の間から僅かに迫る敵の姿が見えた時、ホーゼは金縛りにあったように硬直してしまう。


 あの時、謁見の間で姿を見せた男に間違いない……


 異世界人ロキ――、なぜかあの男がここにいる?


 それに……



「な、なんという……」



 姿が徐々に、そしてはっきりと見えてくるほど恐怖心が心を浸し、震える声で自問自答する。


 あの時とは明らかに様子が違う。


 武器は持たず、血だらけの両手で次々と兵士の腕や頭部を毟り、防具の隙間から腹を裂いては背後へ投げ捨てていく。


 そして背から伸びる、幾重にも枝分かれした武器――もしくは尾なのか……?


 不気味に動く黒い何かが投げ捨てられた身体を壁や天井に突き刺し、絶対に殺すと言わんばかりにその身体を切断していた。


 しかもその動きが、あまりに速い……


 大半の者達がその動きを追えるとは思えず、また一人、後のない兵士が奇声を上げながら武器を振り下ろすも、無造作に顔を掴まれ引き千切られていった。


 そしてホーゼは、なぜあの時、謁見の間でロキに味わったことのない恐怖心を抱いたのか。


 次の標的を見据えるロキの姿を目にしたことで、自然とその意味を理解した。


 魔物のような――いや、魔物よりも無機質で冷酷な瞳とは対照的に口元は薄っすらと笑みを浮かべ、一切の躊躇いなく兵士をバラして贓物を引き抜いていく様は、絶対的な捕食者のそれだ。


 たぶん、こちらを人としても見ていない。


 それこそ、視界に入った羽虫を握り潰す程度の……



「ッ……舐めるなァアアアァアアアアアッッ!!」



 前に立つ兵士の姿が消えた途端、ホーゼは渾身の力で剣を振り下ろしていた。


 このままでは終わらせない――、終わらせて堪るか……!


 命を懸け、全てを賭した人生最上の一太刀。


 それはスルリとロキの肩口に滑り込んだことでホーゼは歓喜に震える。


 が――



「オイしソ」


「えァ……ッ!?」



 刃が僅かに食い込んだかどうか。


 その程度で腕を取られ、肘関節を破壊されたと同時にロキの手刀がホーゼの脇腹に深々と突き刺さっていた。


 自分の攻撃など、防ぐ必要もないと判断されたのか?


 いや、それよりも――ぐにゃりと、腹の中を掴まれる感触。


 その瞬間、目の前で繰り広げられていた光景が鮮明に蘇り、やはり自分も他の者達と同じ運命を辿るのかと。


 己の死を悟ったホーゼは、ロキの背後に広がる地獄のような光景を最後に見つめる。


 これはもう、覆らない。


 陛下も、王家も、付き従う重臣も。


 それにこの場にいる兵士達だって、まず間違いなく一人も生きては帰れず皆殺しにされるのだろう。


 ロキがここにいるということは、既にマリー様も……



「アルバートが……人の世が、終わる、のか……」



 磔にされ、意識が薄らいでいく中で自然と吐き出された最後の言葉は、今なお襲われ続ける兵士達の悲鳴によってすぐに掻き消される。


 そしてこの日、王族を含むアルバート王国軍の主戦力は、国の宝物と共に忽然と姿を消した。

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― 新着の感想 ―
オレサマオマエマルカジリ
尾獣化してませんかね((((;゜Д゜))))
あー、王都で人がいなくなったから1番人が多くいるここに辿り着いたのかぁ……多数で逃げたのが完璧に裏目に出てるじゃん……
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