614話 黒騎士との戦い⑤
(なんなんだ、こいつは……?)
伸ばした魔力で即座に腕を回収し、接合に入りつつも全神経を研ぎ澄ませて刀使いの動きを注視する。
先ほどまで相手にしていた黒騎士達も十分強かったが、異様な雰囲気を漂わせたこの相手は強さの質が違った。
手首を斬り飛ばされた攻撃は未だ何をされたのか理解できておらず、単純なステータスでも優位に立てている気がまったくしない。
不測の事態に備えて極力魔力を残すため。
どこまでギアを引き上げれば勝てるのかという今までのような戦い方ではなく、それこそ暗霧のような、持てる全てを出し切らなければこちらが殺られる可能性も頭を過る。
魔力残量は多少回復しても3割弱……
これなら1分程度は全力でやっても十分お釣りがくるか。
そう判断して再びスキルを唱え始めると、さらに視界の端で黒騎士が湧く。
それは刀使いよりも小柄な存在で、早々に口を開いたことでその人物が何者なのかを理解した。
「こっちは終わったよ。で、殺れそうなのかい?」
「……不意を突いたはずの初撃を躱し、私と斬り合ってもこれほどの殺気を滾らせているのだ。本領を発揮されたらどうなるか、やってみなければ分からんよ」
「そうかい……だったらここまでだね。さすがにアンタまで失うのは想定していない」
いったい何が終わったというのか。
気になるところだが。
「このまま帰れると思っているんですか?」
リルから何も連絡が来ていないのだから、ベザートに大きな問題が発生したとは考えにくい。
だったら二人になったことで余計にキツくなったが、それでもここで素直に帰すわけにはいかないだろう。
勝手に幕を下ろそうとしているマリーに苛立ちを覚えながら忠告すると、その本人は刀使いの横に立ち、こちらに視線を向けて鼻で笑う。
「ふん、できるさ」
――じゃあ、やってみろよ。
――【闘気術】――
――【時魔法】――自己加速、『エイトス』
――【縮地】――
今の俺が引き出せる最高速を。
先ほど得られた【時魔法】のレベル8まで使用し、一気にマリーの真横まで踏み込みながら、仮面で覆われた顔面目掛けて剣を横薙ぎに振るう。
このまま、刀使いまで纏めて斬り潰すくらいのつもりだった、が。
「……」
どういうわけか剣身が途中から消失し、全力で振り抜いた斬撃はなんの抵抗もないまま空を切る。
意味が分からず、バックステップで距離を取りながら雷光を横薙ぎに放ってみるも、結果は同じだ。
なぜかマリーと刀使いに届く直前で雷光は消失し、だがある場所を境に再び雷光が現れ、空中を溶けるように消えていった。
一瞬だけ視線を右手に向けると、何事もなく刃の一部を潰された剣はそこに存在している。
マリーに接触する直前、雷光が僅かに歪んだような気もしたが……
【陽炎】のような幻影というよりは、あの周辺だけこちらから干渉できないように隔離でもされているのか?
そう当たりをつけ、何か抜け道がないか探っていると、淡々とした様子でマリーが語る。
「だが、このままでは腹の虫が治まらないのだろう? だったら、ロキ。お前が口にした通り、うちの王に砲撃の責任を取らせるから好きにしたらいい」
「……」
「だが、許容できるのはここまでだ。もしうちに大規模な攻撃を仕掛けてきたら、その時はベザートとラグリースにも報復を行うから覚悟しておくんだね」
それだけを一方的に告げると、マリーはその場から姿を消してしまう。
しかし刀使いはその場に佇み、手にする刀を力なく下げたままこちらを見つめていた。
「やはりか。ふふ……人に興味を抱くのは久方振りだな。またいずれ世界のどこかで相まみえることになろう。その時を楽しみにしている」
「……え?」
斬りつけた時、仮面の隙間から覗く灰色の瞳はこちらを凝視していた。
たぶん、先ほど全力で引き上げた速度に反応を示したんだと思うが……
いや、そんなことよりだ。
この男も明らかに転移だと分かる消え方で、マリーのあとを追うように姿を消した。
その事に何よりも驚く。
まさかマリー側の陣営に、本人以外で【空間魔法】の使い手がいるとは、本当に何者なんだよアイツは……
その後、暫くは警戒を解かずに周囲を注意深く窺うも、消えた二人が再び奇襲してくることはなく、鎌使いの行方も分からないまま。
人の気配が消えた大地に大きな変化は訪れず、本当に戦いの終わりを迎えたのだと理解し、大きく息を吐く。
王城では死体が積み上がるほどの兵士を殺し、黒騎士も6人始末した。
結果、今後の戦いに大きく役立ちそうな希少スキルも得られたし――やはりだ。
ステータス画面を開くと『419,556,027』という、今までとは桁の違う余剰経験値が表示されており、この戦いで得られた戦果は目を見張るほどに大きい。
だがそれでも。
「はぁ……あんなの反則だろ」
触れることすらできないあの現象はいったいなんだったのか。
のちほどゼオや女神様達に確認するとしても、今はマリーを仕留めきれなかったという事実に後悔や悔しさが募り、大きく溜息を吐きながら思わず空を見上げる。
あの女だけはできればここで、何を優先してでも始末しておきたかった。
そうしないとまず間違いなく面倒事がより大きくなり、今後の対処が難しくなっていく気しかしない。
まあ大規模な攻撃を仕掛けなければ、王を始末しようとベザートやラグリースには攻撃しないと口にしていたのだ。
お互いこれ以上傷口を広げないための妥協案ということであり、暫くは大人しくしているつもりなのかもしれないが……
「……後悔させてやるよ」
一方的な条件を突きつけ、あとは脅しておけばなんとかなると思っていそうなマリーのやり口が気に食わず、ボソリと呟きながら戦いの跡が残る大地を一人彷徨う。
戦ってきた相手は世界でも指折りの強者と言っても過言ではない連中だ。
戦果はこれだけでなく、槍使いが所持していたダンジョン産の特殊な付与が施された武器や、必ず身に着けているであろう2つのアクセなども回収しておこうと思っていた。
が、一向にその死体が見当たらず、次第にマリーが口にしていた"終わった"の意味を理解し、苛立ちを覚える。
身体の一部だと分かる欠片や血痕の跡はあるのに、1つも装備品が見つからない。
つまりそれは、俺があの刀使いとやり合っている間にマリーが全て回収したということ。
鎌使いもたぶんその時回収し、どこか安全な場所に転移させたのだろう。
そういう相手だと、分かっていたことだが……
「マジであの、強欲クソババアが……やっぱり今から意地でも探し出して――」
"強欲"という二つ名が広く定着している理由を心底理解し、思わず悪態を吐いていると、不意に辺りが一面暗くなる。
それは日が陰ったという程度ではない収まらない暗さで、自然と振り返りながら空を見渡すと――
「え?」
湖が存在する北の空に、ぼんやりと赤く輝く大きな塊が存在していた。











