611話 黒騎士との戦い②
(いってぇ……って、マジかよ……素材がオリハルコンなのに刃が握り潰されるって、あのデカブツどうなってんだ……)
逃げ場などないほどの巨大な雷撃によって砂煙が舞い、視界不良のこの状況を相手も警戒しているからか。
追撃が止んだ隙に回復を重ねながら考える。
疑問の答えに予測がつくモノ、つかないモノと様々だが、想像していたよりも遥かに相手が手強い――その事実に兎にも角にも驚きを隠せないでいた。
傭兵の中でも最上位に位置する存在。
それがオールランカーだと分かっていても、俺の中ではヴァルツの筆頭戦力だったバリーや虎獣人のファニーファニー。
それにフレイビルの奴隷商館で襲ってきた暗器使いのクロイスなど、2位や3位といった立ち位置の実力者とも直接戦ってきた経験があるのだ。
その基準に当てはめれば、各国のトップに君臨するような相手だとしてもそう苦戦するほどではないと思っていたし、マリーの言動からしてもそこまで連れてきた戦力に自信があるようには見えなかった。
が、しかし……
(パーティとしての強み……? 単純な個体戦力の高さだけでなく、互いにスキルで能力を大きく引き上げているのか?)
支援に回ると言っていたマリーの言葉を思い返し、さすがにこのままではマズいと認識を改める。
卑劣な手を好むマリーが指定したこの場所に何かを仕掛けている可能性も考え、極力魔力は節約しておこうと思っていた。
単独で挑んでいる以上、魔力が枯渇してしまえば俺は死ぬのだからそれが最善だと判断していたが、ここまで相手が強いとなるとそれは下策。
こうして回復に多量の魔力を消費してしまっては本末転倒だし、それならその分の魔力を攻撃の手段に回した方が遥かにマシだ。
魔力の消費量を引き上げてでも、敵が仕掛けてくる前に食い殺す。
――【炎獄柱】――
――【白火】――
――【土魔法】――『大量の、砂』
――【砂硬鱗】――
――【時魔法】――『自己加速、ファースト』
そのつもりで攻防に有効なスキルを唱えていくと、次第に砂塵が薄れ、敵の姿が映し出されたことで思わず目を細める。
「……今度は水と氷ね」
いつの間にか消えた謎の浮遊体。
それと近しい存在が新たに二つ生み出されており、宙に浮く人型のそれは遠目でもはっきりと分かるくらい流動する水と、芸術的な美しさも感じられる氷で形作られていた。
それに――先ほどまでいた雷の属性は姿を変えたのか……?
今は小金色をした竜のような姿をしており、その上には先ほどの槍使いが騎乗しながら宙を舞い、槍を構えてこちらを見下ろしていた。
どう見ても魔力で構築されたガスのような存在に思えたが、あんなモノに人が騎乗などできるものなのか。
できたとして、なぜ身体中から放電したように稲妻を発している存在に触れてもダメージを受けている様子がないのか……
それに――
(こっちはマリーが取り出したのか)
デカブツは自分の図体ほどもある巨大な盾を地面に突き立てており、さらにローブで隠された身体は膨れ上がったように巨大化していた。
と、ここでマリーだと分かるしわがれた声が届く。
「そいつがヴァルツの兵士達を焼いたっていう、龍が巣くう炎の柱かい」
「……」
「魔物と同じ黒い魔力を持つ者が狩場の主と同じ性質の能力を使用し、他にも怪しげなスキルを抱えている……お前を手駒にできたらさぞ役に立つんだろうねぇ……」
「……無理でしょ。ここであなたは死ぬんですから」
言い終わったと同時に上空から薙ぐように飛来する、水の線。
水の浮遊体から放たれたそれを避けると勢いよく地面を蹴り上げ、こちらに迫る2つの浮遊体から距離を取るように地上すれすれを飛行する。
まずは始末したところで利点もない、ただ邪魔なだけの浮遊体を生み出している後衛に狙いを定め、潰す。
そのつもりで動くと――なんだ……?
進路を塞ぐように鎌使いが立ち塞がり、踏み込みながら大きく鎌を振り上げる。
その背には人型に見える、上半身だけの大きな黒い影が憑依したように同じような姿勢を取りながら浮いていた。
「行かせない!」
『穿て、"雷槍"』
だったら、先に殺してやる。
不気味な影も打ち抜くつもりで全力の【雷魔法】を放つと、タイミングを合わせたように鎌使いの頭上から黒い渦が現れる。
すると、まるで引き寄せられるように軌道を変え、その黒い渦に吸い込まれていく俺の"雷槍"。
代わりにその渦は人の頭ほどの大きさまでみるみると小さくなっていった。
鎌使いか、もしくは背後の影が何かしたのか?
そのような素振りはまったく見られなかったが……
「……面白い魔法ですね」
先ほどの影から延びる黒い手もそう。
書物で見たことのない現象をいくつも目の当たりにしているのだ。
一時的に【闘気術】を発動させ、殺傷能力の落ちた剣を数度振り抜きながら呟くと、器用に鎌を振り上げ応戦した鎌使いの女が苦しそうに呻きながら答えた。
「あっ、つ……お前と、話すことは、ない!」
「ああ、答えは求めてませんから大丈夫です」
「いぎィッ!?」
怪しげな魔法も使う中衛型にしては想像以上に力が強く技量も高い。
が、それでも力や【体術】は俺の方が上。
攻防のさなかに空いた左手で手首を掴み、巻き込むように捻りながら顔面を膝で蹴り上げると仮面が砕け――
(額から、小さな角か……)
――鎌使いは素顔の一部を晒しながら吹き飛んでいく。
と同時に上空から雷撃が降り注ぎ、僅かな痺れにより追撃を阻害されたところで降ってくる槍使い。
今度は騎乗した雷竜までセットなのだ。
より苛烈な攻撃になると予想し、槍の間合いから完全に外れるよう大きく回避しながら周囲を見渡しつつ状況を……
「ぐっ……またか」
ズン、と。
距離を空けている最中に圧し掛かる重みを強く感じ、体勢を崩す。
その時、槍使いは全身に雷を帯びた身体で抉れた大地からこちらを見つめ、槍を突き出さんと構えていた。
「"竜点突牙"!」
回転するように風の刃を巻き込み、さらに放電したような雷まで帯びた状態で迫る槍の穂先。
だが、槍使いの立ち位置は変わっていない。
この距離なら間違いなくその槍は届かず、精々帯びた魔法がこちらに飛来するくらい……そのはずなのに。
「逃がさん」
幻でも見ているのかのように穂先は目前まで迫り、逸らそうと強引に伸ばした腕の一部を削りながら掠めていく。
そして気付く事実。
(伸びたのか……?)
咄嗟に掴んだ槍の柄が、先ほど降下してきた時とは明らかに長さが違う。
その手の仕掛けが施された暗器の性質でも含まれているのか、それは分からないけど。
――【発火】――【白火】
「燃えろよ」
「っがぁあアアアッ!?」
纏わりつく風と雷によって握るだけで顔が歪むも、それでも一度【発火】を解除し槍を掴んだまま再発動させて離すと、その槍を握っていた槍使いまで白い炎に包まれ火達磨になって転げ回り、いつの間にかそこにいた長剣使いがその姿を見て、周囲で揺らめく炎獄柱の範囲外へと退避していく。
「ちっ……」
しかし、ここにいる連中は本当に傭兵かと、首を傾げたくなるほど厄介だな……
これだけの相手が揃っているんだ。
できることなら首を刎ね、回復される前に始末しておきたい。
そんな考えは即座に否定され、追撃など許さないと言わんばかりに飛来する数多の魔法。
それでも横に飛び退きながら空を蹴り、追うように燃え盛る槍使いを追おうとすると、背後から引き摺られるような独特の感覚を味わい、その勢いを強制的に殺される。
と同時に水の浮遊体が槍使いを包み込んで後方へと運び、デカブツは鎌使いの近くで守るように巨大な盾を構えてこちらの動きを注視していた。
『ふぅー……精霊よ、生み出せ、豪雨』
ギアを引き上げたが、それでもまだ足らない。
まだ……
――【鏡水】――
――【紫水】――
――【魔力纏術】――魔力『10000』
――【時魔法】――『自己加速、セカンド』
オールランカーという存在だからなのか、それともマリーという司令塔が【指揮】でも使ってこの場を統率しているからなのか。
個の戦果を最優先に求める今までの傭兵とは違い、共闘意識が強く連携も巧みだ。
個別に潰していけばなんとなるという目論見は外れ、不利な長期戦を避けるために更なる魔力消費を余儀なくされてしまう。
だが――
(かつてゼオが言っていた精霊の具現化……最高位の【精霊魔法】を使用しているのが左の杖持ちで、まず間違いなく【重力魔法】だと思われる能力を使っているのが右側の杖持ち……それに長剣使いは、一時的に姿を晦ましているのか……?)
少しずつではあるが、誰がどんなスキルを使用しているのか判別も進んできている。
優先的にどいつを食らい、奪うべきか。
「ふふ……悩ましいな……」
そう思うと、決して楽観視できないこの状況下であっても零れる笑みを抑えられなかった。











