605話 集う大きな力
王都ロミナスの空を眩い閃光が照らし、多くの者達が足を止めて空を見上げる。
そんな中、倒壊した建物から慌てて逃げ出す数人の男達がいた。
「くそ……まさか耐えきれずに土台まで崩れるとは……」
先頭を走る男がひとまず外へ出られたことに安堵していると、追うように駆けてきた見張り兵が怒りを露わに声を張り上げた。
「子爵! お待ちくださいオーリッジ子爵! 備品の搬入と聞いていたのに、なぜいきなり撃たれたのですか!?」
平民が貴族に苦言を呈するなどもっての外だが、今回ばかりは感情が表に出てしまうのも仕方がない。
いつかマリーが王都を訪れるその日のために。
同じ志を持つ者達より目を見張るほどの支援を得られたというから、まだ見張りの全てがセルリック侯爵側の人間に染まっていない中でも、無理やり"魔天閣"の内部へ通して運び入れたのだ。
にも拘わらず、子爵が対異軍用防衛魔導砲レイヴンを発動させ、さらには国防の要となる魔天閣にまで致命的な損傷を生じさせている。
こんな事態、間違いなく王家やマリーにもすぐに発覚してしまうし、いくらセルリック侯爵の派閥に属している貴族であろうと許容できるものではない。
しかし当のオーリッジ子爵は一度大きく息を吐くと、額の汗を拭いながら答える。
「指示を受け、目的を達するために起動させたのだから問題ない」
「こ、これほどの事態が、問題ないですと……?」
「ああ。宙に浮かぶあの黒い人の姿は、間違いなく第五の異世界人ロキだ。まさか夜を待たずして目的を遂行できるとはな……」
この言葉を聞き、兵の一人は眉を顰める。
「なぜ、異世界人ロキを……? 我々の目的はマリー侯爵ではなかったのですか!?」
「ふん……どちらも敵だ。決して許しはせぬ……マリー侯爵も、異世界人ロキも……それにこの……もな……」
万が一外へ漏れれば大罪人として処罰されるほどの重要機密になるため、セルリック侯爵と異世界人ロキとの間に共闘関係が結ばれたことは、極一部の者にしか知らされていない。
だからか。
「これも……セルリック侯爵の指示なのか……?」
町中を警報の鐘が鳴り響く中。
負傷した腕を抱え、ボソボソと何かを呟きながら崩れた城壁の方へと向かう子爵の後ろ姿を、数人の生き延びた兵士達は茫然と眺めていた。
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「はっはー! まさかこの世界でとんでもねぇ花火が見れるとはな!」
「冗談言わないでください。あれだけの増幅魔道具と各種属性魔石を提供したとは言え、まさかここまでの威力とは……少々アルバートが持つ魔導兵器の威力を舐めていましたね」
王都ロミナスの町中で、屋根に上った二人の男女が空を見上げる。
上空は昼だというのに残光が広く空を漂い、雲を不可思議な色に染め上げていた。
「でもまあ予定とは違うが、これで確かめられたんだから良かっただろ。一発撃っただけで塔が壊れたみたいだし、連射性能皆無の一発屋なら今回みたいにデコイを用意するか、もしくは土台を先に破壊するなりして対策は取れるっしょ」
「それはそうですが……………って、見えますか?」
「ん……? ……あれって、まだ生きてんの?」
「にわかには信じられませんが、宙に浮いているということはそういうことでしょう」
二人が見つめる視界の先。
そこには霧のような残光に交じって、宙に浮かぶ点のようなモノが確かに存在していた。
と、同時に男はクツクツと笑いだす。
「くくっ。生きてんなら好都合じゃねーか。これでマリーもご自慢の黒騎士を連れて、この町を守りに来るしかなくなっただろ」
「彼がまだ戦える状態ならそうなる可能性が高そうですね。上手くいけばこの王都は戦場になり、アルバートの力は大きく削がれる……加えて数名でもロキが黒騎士を道連れにしてくれれば儲けものでしょう」
「ひひ……ひはは……! 状況次第では漁夫の利を狙って、俺らが全員やっちまうのもありだよなぁ……そうだよ、それが一番手っ取り早いだろ?」
「こちらは二人だけだというのに、そこまでリスクの高い方法を簡単に認めるわけがないでしょう。そもそもロキの方は生きていたとしても既に手負い。そう都合良く事が運ぶとは思えませんし、そのような状況になるまで待っていては本来の目的を果たせなくなります」
言われ、男は不貞腐れたように屋根の瓦を一枚蹴り飛ばした。
しかしそれでも自然と笑みは零れてくる。
「とは言え、様々な噂が飛び交うようになったロキと、素性がはっきりとしない者も多い黒騎士の力量。それにもしかしたら、噂すら聞いたことがないマリーの戦いまで見ることができるかもしれないのです。あなたにとってこれほどの楽しみはそうないんじゃないですか?」
「ああ、ウズウズしてくるぜ……最初はこのクソ忙しい時に面倒な話を持ちかけんなって思ったが、なんたら子爵といかいう頭のイカれたおっさんには感謝しとかないとな」
「ええ、彼の身勝手な裏切りに報いるためにも、まずはやるべきことを優先して終わらせましょう」
二人は屋根を駆け、警報に戸惑う民衆を他所に、町の中央へと向かう。
勢力の異なる大きな力が、こうして王都ロミナスの中心部に集結しようとしていた。
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冷静に考えれば、他にも対処の仕様はあったのかもしれない。
だがあの時は咄嗟に身体を丸め、溶けているのか、削られているのか、それとも燃えて灰になっているのか。
意識が途絶えそうになるほどの痛みに耐えながら、徐々に失われていく自分の身体を回復させることに精一杯で。
ひたすら【神聖魔法】を連発し、突き抜けるように流れ続ける光の終わりを待っていると、暫くして襲い来る圧から解放され、不意に痛みの和らぐ時が訪れる。
恐る恐る目を開けると、様々な色が混ざり合った光の奔流は制御を失ったように空を薙ぎ、次第にその勢いを失いながら霧散していった。
「ぁ……ぐっ……」
【急速再生】までは使わずに済んだが、なんなんだよこれは……
状況が呑み込めず、特に酷い腕の回復を待ちながら周囲を見回していると、次第に何が俺の身に起きたのかを理解し始める。
なぜ倒壊しているのかは分からないが、元々は巨大な塔が建っていた場所。
そこから残り火のように淡い光が立ち昇っており、その下にはひしゃげた巨大な鉄板が露出していた。
よく見なくても、見覚えのあるあの刻まれた文様は魔法陣で間違いない。
つまり、動かせない代わりに威力を最大限まで高めたような、設置型の魔法に俺は狙われたわけだ。
「ふふ……ふふふ……いてぇ、なぁ……」
さすがにないだろう、これは。
砲台が壊れたためか、町の一部や城壁にも被害が出ているっぽいが……
それでも上空にいる俺を狙い撃ちしてきたことは明白であり、しかもこれは本気だと、嫌でも痛感させられるほどの異様な威力も伴っていた。
言い訳の余地もないほどに、俺をここで殺し切るための明確な攻撃。
そう思うと、なぜか笑いが込み上げてしまう。
俺自身、そのような切っ掛けを作ったつもりはないし、少なくともこのタイミングじゃないだろうと思っていたが、そうかそうか。
アルバートはこの王都を戦場にする覚悟で、俺が訪れる時を待っていたわけか。
「ふふ……ふはは……じゃあ――」
セルリック侯爵には悪いが、さすがにここまでのことをされて、大人しく引くという選択肢はない。
そんな実例を作ってしまえばマリーとアルバートが増長するだけ。
こちらに対して警戒や遠慮は次第になくなり、悲惨な未来しか見えなくなる。
一瞬、侯爵の慎重に動けという言葉が脳裏を過るも。
「――お望み通り、相手してやるよ」
引くに引けない戦いの始まりに、覚悟を決める言葉を呟き。
兵がぞろぞろと動き始めた、王城のある中央の区画へと降り立った。











