602話 目指す未来のために
アルバート王国の北西部に位置する領都『ザイロ』。
その中心地に建つ堅牢な屋敷にセルリック侯爵が戻ると、腹心であり侯爵と共に派閥を取り纏めるステウローザ伯爵が応接室で出迎える。
「無事お戻りになられたようで何よりです。成果のほどは如何でしたかな?」
「うん。彼のやりたいことと私達の望みが重なっていたからだろうね。こちらには損失のない情報提供のみで無事に協力関係を結べたよ」
「おお、それは素晴らしい。早速私にも内容をお聞かせください」
人払いを済ませ、二人だけの応接室でセルリック侯爵は語る。
はっきりとはしなかったロキの目的がマリーを始末するための下準備であると分かり、居場所に繋がる可能性のありそうな情報や抱える戦力。
それにロキから問われ、アルバート王国の侵攻状況やマリーを押す国内勢力など、協力者として一時的な奴隷化も受け入れた上で正直に明かしたことを聞かされると、ステウローザ伯爵は少し意外そうな表情を浮かべながら問う。
「第五の異世界人ロキは、我が国を敵視しているわけではないのですか」
「ん~この土地に住む者は別に見ているんだろうね。マリー侯爵の下で甘い汁を啜っているような連中がいれば始末する可能性は示唆されたけど、武器でも向けてこなければ国そのものを潰すつもりはないってさ」
「なるほど……やはり噂は噂。学院の子供達を救ってくれたという事実もそうですし、傭兵ギルドの職員が報告してきた通り、強い正義感を持っているというのは間違いないようですね」
その言葉が聞いて、セルリック侯爵は多くのオールランカーが敵に回る可能性があると、そうロキに告げた時の光景が一瞬脳裏を過る。
ほんの一時ではあったが、まるで人が変わったような、ただ見ているだけ総毛立つあの異質な雰囲気はなんだったのか……
オールランカーに深い恨みでも抱いているのか。
もしくは強者にありがちな強き者との闘いを求めているのだろうか。
落ち着ける邸宅に戻ってきたこともあり、セルリック侯爵は用意された紅茶を口にしながら暫し思考に耽っていると、ステウローザ伯爵は顎髭を撫でながら目を細める。
「ちなみに、損失のない情報提供のみということでしたが、"ファルコム"については?」
「伝えてないよ。攫われたらしい魚人種の行方を問われた時はまさかって思ったけど、そんな話は聞いたこともないし、それ以上のことは聞かれなかったからね」
「そうですか……ふふふ。本当に、この上なく最上の結果ですな。これでマリー侯爵が消えたとしても、アルバート王国の国力は衰えることなく、他国に対して十分な優位性を保つことができる」
「だね。あとはどちらが勝つか……彼に死なれては私達の目指す最良の未来は確実に見えなくなる。そうならないよう強く忠告はしたけど、完全に沈むよりは遥かにマシだ。念のために例の策も継続して進めていくよ」
「いくら戦力を集めようと、人外極まる集団を相手に異世界人ロキの陣営が勝つ保証などどこにもありませんからな。止むを得ません。"魔天閣"の人員入れ替えも急がせましょう」
アルバート王国に豊かで明るい未来を残すため、若き大貴族は異世界人の王をも利用し祖国とマリーに牙を剥く。
しかしこの時はまだ、まったく想定もしていない未来が待ち構えていることを二人は知らない。
今回の話は短くてすみません。
いつもなら次の話と合体させるなりするのですが、今回はまったくテイストが違うといいますか、話の雰囲気的にここで切るのが最良と判断したため止む無く終わらせております。
同じ章の中でも1つのターニングポイントになる話なので、そういうことだと思ってご理解いただければ幸いです<(_ _)>