601話 侯爵が持つ情報
依頼の報酬――というよりはこちらの成功を促すために、セルリック侯爵はその立場だからこそ知り得た情報を提供してくれるという。
となると、真っ先に浮かぶのはマリーの居場所だ。
早速問うも、侯爵は静かに首を横に振った。
「残念ながらマリー侯爵の居場所ははっきりしていません。宰相曰く、陛下ですら正確な所在は把握されていないという話ですし、誰にも明かしていない可能性が高いかと思われます」
「そうですか……」
少なからず予想していた答えがそのまま返ってきてしまい、これでは侯爵の持つ情報に価値などあるのかと小さく嘆息を漏らしてしまう。
が、どうやら侯爵には話の続きがあったらしい。
「しかし2つ、所在を絞る手がかりとなり得る情報もあります」
「具体的には?」
「まず1つ、これは宮殿勤めをしていた父が生前に残した言葉なのですが、今は古代の通信魔道具を使用して国と連絡を取り合うマリー侯爵も、30年以上前は直接宮殿に現れるか、もしくは様々な鳥を使って国とのやり取りを行っていたそうなのです」
「30年以上前というと、まだアルバートが近隣国を吸収する前の時代ですか」
「その通り、旧体制のアルバートに大きな革新を齎し、"富を運ぶ者"と民衆からもてはやされていた頃ですね。父もまさかこのような未来が待っているとは思わず、所在がはっきりとしないマリー侯爵に対して単純な疑問を抱いただけだと思いますが……やり取りを行うための鳥は全て、王都『ロミナス』から必ず北北東の空に向かって飛んでいったと、そう漏らしていたのをはっきりと記憶しております」
「北北東か……でも30年近く前となると、既にマリーが拠点を変えている可能性も十分あり得ますよね?」
「もちろんです。しかしマリー侯爵の居所が割れたという話は、噂程度であっても耳にしたことがありません。となると、数十年と発見されていない場所をわざわざ移す理由もそう多くはないだろうと私は考えています」
この言葉に、確かにそれもそうかと納得する。
相手は【空間魔法】持ちなのだ。
俺と同じように人里から遠く離れた秘境であろうと、大量の生き物でも運ばない限りは大した障害にもならないわけで、住処を隠して身の安全を最優先に考えるなら、発覚されていない場所を無理に移す必要はない。
「とはいえ絶対に移動していないとは言い切れないので、隠された拠点を探されるのでしたらもう1つ手掛かりもあるのですが……ちなみにロキ王様は、"モノ探し"はお得意ですか?」
「ええ、まあ……」
「では"シェム"という名を、探しモノの1つに加えていただければと」
「シェム?」
「マリー侯爵の拠点にいると思われる側仕えの男です。通信魔道具による連絡はもちろんのこと、マリー侯爵の名代として手紙にもこのシェムという名で各所に指示書が届くと聞いています」
「なるほど……マリーには探査系など通じないとしても、このシェムという男であれば引っかかる可能性があるわけですか」
「ええ。少なくとも私が知る限りで2度、名代の役割を果たす者は代わっていますから、もしその者を見つけられればそこがマリー侯爵の隠れ家ということになり、本人もその場にいるかもしれません」
ふーむ……
側仕えの男が何度か代わっているのなら、常に【隠蔽】スキルの際立った者など用意はできないだろうという考えだと思うが、それでもヒットする確率はせいぜい半々といったところか。
マリーと直接的なやり取りを行える者だけが知る"シェム"という名で探す価値はあるとしても、ダンジョン産のアイテムを買い漁っているマリーであれば配下の強化だって行えるし、この世界には探査などを阻害するための結界魔道具だってある。
莫大な金があり、かつヘルデザートも押さえているマリーであれば、感知や看破系統を完全封殺するような魔道具を所持していたとしてもおかしくはないだろう。
そんなことを考えていると、侯爵は予想外の言葉を口にした。
「ですからもし隠れ家を見つけたとしても、そのまま単身で乗り込むようなことだけは避けていただきたいのです」
「え?」
「ロキ王様が殺されてしまってはアースガルドとアルバート、どちらの国も未来が潰えてしまいますから、くれぐれもご判断は慎重に。それこそ学院でも共闘されたという獣人の王と組まれるなどして、十分な戦力を集めてから挑まれることを――」
「あの……素朴な疑問ですけど、マリーってそこまで強いんですか?」
俺が死ねば思惑通りに事が進まなくなるからだろうが、まるで説得するように語る侯爵の言葉に興味が湧き、遮るように口を挟む。
決して油断とかではなく、そこまで警戒するほどの何かを侯爵は知っているのか。
「マリー侯爵本人の強さというのは測りかねます。【空間魔法】の所持者であり、全てを見通すなどという話はよく聞くのですが、実際に戦う場面など見たこともありませんからね。それに公的にも本人が人なり魔物なり、何かと戦ったという記録は残されておりません」
「つまり、未知数だから強く警戒しろと、そういうことですか?」
「いえ、それもなくはありませんが、どちらかというと強く警戒しなければならないのは周囲の"黒騎士"です」
「黒騎士……?」
聞きなれない言葉に眉を顰めると、侯爵は頷きながら言葉を続ける。
「黒い仮面と黒いローブを纏い、マリー侯爵が人前に姿を晒す時、必ず共に現れ付き従っている者達のことです」
「ああ、護衛のような存在ですか。でも転移による移動が前提なら、そう数は多くないでしょう?」
「そうですね。私は国の催事や宮殿内で偶然見かけたことがあるくらいですが、その時は多くても4名程度でした。しかし、その中身に問題がある」
「中身……要人警護ということなら、それこそオールランカーと呼ばれている連中にでも護らせているんですか?」
少数にも拘わらず、その戦力を相当脅威に感じている節があるのだ。
消去法で出た答えを口にすると、侯爵は少し驚いたように俺を見つめる。
「公にはされていないというのに、ご存じだったのですか?」
「いや、黒騎士なんて見たことも聞いたこともありませんよ。ただ金のあるマリーなら、一時的にオールランカーと呼ばれている護衛を用意することもできるだろうと、そう思っただけです」
「そうですか……ならば王命に背いてでも出向いた価値があったというものです」
「?」
「勘違いされていますよ、ロキ王様。55名からなるオールランカーとその水準に近い傭兵は、その多くがマリー侯爵の私兵と思った方がいい。なにせ傭兵ギルドという組織を作った張本人がマリー侯爵なのですから」
「え?」
「もちろんその全てがマリー侯爵の隠れ家にいるなどということはあり得ないでしょうが、オールランカーに加われるかどうか、また絶対的な指標となるオールランクに関しても、マリー侯爵の裁量で決まるところが大きいという話ですからね。擦り寄る者もいれば、個人的な依頼を断りにくいと考える者もいることでしょう」
「……」
これは驚きだな。
大陸の東部にばかり存在し、まだ傭兵ギルドが出来上がって数年という国があるのも、そういうことかと思わず納得してしまう。
金を生み出すだけでなく、軍に属さない他国の主要戦力をコントロールし、さらには強力な私兵をも手に入れるための個人的な組織か……
それに一時は俺も貢献し、あまつさえ自国に取り入れる可能性まで考えてしまっていたわけだ。
「ふふ……ふふふっ……」
「ロキ王様……?」
最初は本当に侯爵の情報が必要なのかと疑問に感じていたが、いやいや、そんなことはまったくなかった。
マリーの私兵として、多くのオールランカーと対峙する未来。
もしそんな事態になれば、多くのリスクを孕むことなど百も承知だが。
「ふふっ……あはは……」
それでもこの先を想像すると笑いが込み上げてしまい、そんな俺を侯爵は今までにない表情で見つめていた。











