599話 意外な提案
アルバートの内陸に踏み込んで6日ほど。
自分では石でしか建物を作れないということもあって、ベザートの南部に天井高め、柱多めのかなり神殿風なクラン本部も無事完成し、その後はうろうろと黒塗のスクラッチを削るように移動していると、見通しのいい平地の先にかなり規模の大きそうな町を発見する。
上空から見渡しても町の終わりがはっきりとは見えないのだから、規模感で言えばマルタよりもさらに上――それこそ各国の王都レベルか。
町を分断するように中央を大きな川が流れており、この国は造船技術が発達していることもあって、かなり多くの船が人や荷物を積んで川を移動している姿が目に入った。
これは買い物の捗りそうな町だな。
そんなことを思いながら発見した市場やハンターギルドに立ち寄ったりしていると、ふと道の端で屯す男の武器が目に留まる。
一見すれば腰に佩いた剣だが、その鞘は緩く撓ったように反っていた。
それはかつて一度だけ見た、ジュロイの転生者ルッソ君が持っていたモノと似たような雰囲気で……
(あれは、もしかして刀か……?)
そう思うと居ても立っても居られず、予定にはなかった近場の武具店に突入してみる。
が、店内を見回しても目的の武器は見当たらない。
「あの、この店って刀は売っていないんですか?」
「んあ? 兄さん他所から来たのか。昔からここじゃなく、下流で造られたモンが少量この町に運ばれてきているだけだからな。トトアラ地区の武具店ならいくらかは取り扱っているはずだが」
「へ~なるほど。トトアラ地区か……」
この世界の『刀』とはどんなものなのか。
クアド商会に置いておけば売り物にもなるわけだし、参考程度に数本購入してみようかというその程度の考えだったが、店主はなぜか訝しげな視線を俺に向ける。
「兄さん、刀に興味があるなら止めておけ。あれは興味本位で手を出すモンじゃない」
「ん? 希少性があって無駄に高いとか、そういうことですかね?」
「まあ値段も高いという話はよく聞くが……あれは町のゴロツキ共が持つような悪人の武器だぞ?」
「は?」
いやいや、どういうこと?
まったく理解ができずに困惑していると、そんな俺を眺めながら店主は言葉を続ける。
「一部の者達にしか造れない殺傷能力に特化した武器ってのは、ゴロツキ共にとって一種のステータスになっているんだろうな。身に着けているとその手の連中からは一目置かれるが、関係ない人間には危ないヤツだと危険視されて、刀を持っているだけで人が近寄らなくなる。あんたのその身なりじゃ特にだろうな」
「えええ……」
なんだよ、刀のその立ち位置は。
あまりに不憫過ぎて言葉を失うも、レアモノだとすぐに分かる武器で見た目もまあカッコよく、さらに攻撃的な印象が強いとなると、悪党連中が憧れる気持ちも分からんでもないかと思ってしまった。
んー……しかしそんな理由なら、悪人だけに好かれているというこの状況には疑問が残る。
現に俺だって、どんなモノかちょっと触ってみたいとは思っているわけだしな。
「でもその切れ味に惹かれて、純粋に刀を主武器としながら高みを目指すハンターだっているわけですよね?」
「どうだろうな……絶対にいないとは言い切れないが、少なくともこの町じゃ聞いたことはない。あんな壊れやすく値の張る武器で魔物と戦うなんざ、まともな神経の持ち主ならまず諸々のリスクを嫌って避けるだろうよ」
「あ~いざという場面でしか武器を使わない悪党連中と違って、ハンターは装備を酷使しますしね……サブ武器は必須だし、よほど素材価値の高い狩場でもなければ怖くて使えないのか」
「それこそ無理な話だろう。刀は武具の製造で有名なドワーフの連中だって造れないんだ。下流で造られている刀も当の昔に失われた技術をそれっぽく真似ているだけって話だし、高位素材を用いた等級の高い刀は人の手からじゃ生まれない」
「……なるほど。だから高みを目指す人ほど、未来が閉ざされている刀を選ぼうとはしないわけか……」
この世界の物品は全て等級性だし、高位素材というのだからこの世界は玉鋼だけではなく、それこそミスリルやアダマントを素材にした刀なんかも存在しているのだろう。
だから完全に道が塞がれているわけではないけど、他の入手手段といったらダンジョン産の現物ドロップを狙うしかないわけで。
しかも等級の高い上級ダンジョン産の刀なんて言ったら、どれほどの金を積み上げる必要があるのか。
ルッソ君の刀も王様からのプレゼントだし、まず個人がそう簡単に金で解決できるとは思えない。
しかし、そうかそうか……
ハンターでは金銭的な事情や入手の難易度からまともに手を出す人はおらず、悪党が見てくれやハッタリのために使う武器となると――
「ははっ」
「?」
それはそれで俺にとっては都合が良い。
店主に礼を言い、足早に向かった先は傭兵ギルド。
悪党が好んで使っているのなら、その悪党共を容赦なく殲滅していけば希少な【刀術】のスキルを入手できるし、そのレベルも上げられる。
そんな期待を持ちながら支柱に貼り出された依頼ボードを眺めるも、周囲は見通しの良い平野とあって野盗討伐の類いは見当たらない。
念のために支柱を囲むように貼られた四面のボード全てにじっくり目を通してみるも、その結果は変わらなかった。
実際に刀を佩いている者は見かけたわけだし、これだけデカい町ならまず間違いなく悪党もどこかしらに巣くっているとは思うが、諦めてより刀が出回っているであろう地域に期待するか、それともこの巨大な町で少し動いてみるか……
「随分とご覧になられているようですが、何かお困りですか?」
「ん?」
唸りながら悩んでいると、小奇麗な身なりをした中年の男が背後に立っていた。
どう見ても傭兵じゃないし、立ち振る舞いや服装の雰囲気からしてギルドのスタッフだろうか。
「あー、いや、この町は野盗や山賊の討伐依頼が見当たらないなと思いまして」
「ふむ……失礼ながら、討伐依頼で少額を稼がれるほどお金に困っているとは思えませんが、なぜそのような依頼を?」
サッと上下に這わせた視線。
男が俺に対して何を思っているのかは分からないが。
「なぜって、人に迷惑をかけることでしか生きられないような存在なんて、綺麗に消した方が皆幸せでしょう?」
当然のように答えると、男は一瞬目を瞬かせ、顎に手を当てながら数秒考えこむように視線を落とす。
そして、非常に興味深い言葉を返してきた。
「……対象が強過ぎて、とてもじゃないですが公にはできない案件もあったりしますが……もしよろしければご案内いたしましょうか?」
「ほっ、ほほぉ……?」
様々な国の傭兵ギルドに顔を出してはいるけど、こんなパターンは初めての経験だ。
まだ傭兵登録もしていない――と言っても最後に傭兵登録したのはオルトラン王国が最後。
それ以降はグリムリーパー絡みで人の死体も集めているわけで、討伐証明として証拠の死体をギルド側に引き渡したくないということもあって、わざわざ傭兵登録などせずに討伐依頼だけを確認していたわけだが……
登録もしていないし、常連でもない。
ただ立ち寄っただけの俺に対して、わざわざ向こうからクローズドの案件を紹介してくれるなんて、今日はノアさんの洋服効果がだいぶ良い仕事をしてくれている。
そんなことを思いながら、俺は大きく頷いた。