598話 ようやく、目標の1つに
今後は各地のクラン員と連携するため密に連絡を取ったり、より遠方の狩場に赴いて交渉する場面も増えてくるだろう。
本人が様々なレイドに参加したいという望みがあるのに、このままでは管理下のボスが増えれば増えるほど疲弊していく未来しか見えてこない。
だからお金のやり取りを終えたあと、思わず聞いた。
移動手段が欲しいかと。
その問いにアウレーゼさんはよく分かっていないような顔をしながら頷いたが、続く「様々なレイドに参加することが何よりも求めている望みか?」という問いには、強い意志を感じさせる眼差しで頷いたため、俺の中でも決意が固まった。
「凄いね……これが新しい私の……」
目の前には狩場を巡り、一緒に調達してきた魔物が2体。
《クオイツ竜葬山地》のウィングドラゴンと、午前中にいた《トラウト山稜》のヒポグリフだ。
それに連絡用として各所で待機させるために、自由都市ネラスで帰巣本能の強い鳥を大量に調達してきた。
「僕が把握している魔物の中で、最も速く空を移動できるのはウィングドラゴン、速さと乗りやすさを両立できるのは馬の形状をしたヒポグリフかなと思います。鳥も使えば手紙のやり取りを行いつつ、いざとなれば呼び出しの合図を受け取ることもできるので、今日いたザウロさんなどを相手に上手く活用してみてください。使役した対象を通じて呼び出されている場合は視界が青く、対象が死にかけている場合は赤く点滅しますので」
「了解、恩に着るよロキ。今はまだ大丈夫でも、この先どうなるのかなって不安もあったからさ」
普段は馬で陸路を移動しているというアウレーゼさんだ。
レイドの常連だけあって元々のレベルが高く、数時間程度のパワレベでは【魔物使役】を開放させてレベル7に引き上げるくらいしかできなかったが、今後空路を利用できるようになれば相当各所への移動は楽になることだろう。
そう思っていると、横にいた彼女がボソリと呟く。
「ん~もう私もベザートに住んじゃった方がいいかな……」
「え?」
「だってさ、鳥を利用して手紙のやり取りって言っても、ジュロイにある私の家に届いたんじゃ意味ないでしょ。独り身だし、大半は外に出てるんだから」
「あ~中身が確認できないわけですか」
「そっ。となると、誰かしらは人がいそうなクラン本部でやり取りするのが一番現実的だろうし、帰ってきた時にすぐ中身を把握するためにも近くに住んでいた方がいいのかなって。それに強そうな魔物が当たり前のように歩いているこの町じゃないと、こいつらを待機させておく場所にも困りそうだしね」
言われて確かにと納得する。
クラン本部なら窓口を設けるのだから日中は必ず誰かがいるわけだし、俺も立ち寄りやすいので内容を把握しやすい。
アウレーゼさんはまだいまいち理解していないだろうけど、ウィングドラゴンに乗って移動すれば隣国くらい数時間もあれば到着するのだから、こちらに引っ越したところでさして支障はないだろうしなぁ……
「じゃあ引っ越し作業もやっちゃいますか? 持ち家ならそっくりそのままこちらに移動させますけど」
「ぶっ! 相変わらずロキって意味の分からないこと言うよね。でもできるならお願いしちゃおっかな! あの家高かったし!」
「あ、そういえばアウレーゼさんってばお金持ちなのか……」
思い返せば一度だけ、買い物の宅配でアウレーゼさん家の玄関先にはお邪魔していた。
若干お化け屋敷っぽくなっていたが、そこらにある一軒家の数十倍はありそうな大きな家が、王都の中心地に鎮座していたのを思い出したのだ。
「あの、家の規模的に移す場所が少し離れた所になりますけど、いいですか? その替わり庭は凄く広いので……」
「え、いいじゃんいいじゃん! 庭が広いならこいつらも喜ぶでしょ」
「……」
内心どうしようとは思うも、言ってしまった手前、もうあとには引けない。
やむなく貴族のような豪邸をそのままベザートに移し、こうしてまた一人、誰もいないベザートの原っぱに居を構える新たな住人が加わった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
探査を繰り返し唱えながら、先ほどまで絶叫していたアウレーゼさんの顔を思い出す。
あんなデカい家、庶民が住む町に置いたら浮き過ぎて景観がおかしくなるからな。
しょうがないとは言え、あそこまで何もない原っぱにいきなり我が家を移されたらそりゃビックリするだろう。
まさか高級住宅街の最初の住人がアウレーゼさんになるとは思わなかったが……
他に放置されている豪邸と同じ、お金さえ払えば元奴隷の美人メイド達が家の掃除や管理はしてくれるし、町中の移動にヒポグリフを乗ってもいいよと伝えているので、前より住みやすい環境になっていてもおかしくないはずだ……たぶんだが。
――そんなことを考えていると、ようやく5匹目のイングベーダーを発見する。
『【寄生】Lv1を取得しました』
うん、グレー文字だが、分かっていたことなので問題ない。
とりあえず取得さえしておけばあとはなんとかなる。
そう思いながら、先ほど中断してしまっていたステータス画面に再度目を向ける。
ふふ……ふふふ……
数値を見ると、頬が緩んでニヤけてくるのが自分自身でも分かってしまう。
1か月以上前から目指していた【転換】の余剰経験値。
こいつがとうとう目標値の1900万に到達したのだ。
これでやっとだ。
やっと上げられる――。
(余剰経験値で【転換】をレベル9にしてくれ)
『【転換】Lv9を取得しました』
そして問題はここから。
現在貯めこんでいる俺のスキルポイントは『1120』。
必要経験値量の判別で中途半端に経験値を突っ込んでいたこともあり、レベル9は【転換】の余剰経験値だけでなんとかしようと決めていたが、さらにレベル10もとなるとここから数年掛かる可能性だってある。
なので暗霧を倒した辺りから、この最後の砦だけはスキルポイントでなんとかならないかと期待していた。
このポイントで足りるのか、否か。
足りてくれればここからは無駄のない、最高効率で余剰経験値を貯められるのだ。
(頼む、スキルポイントで【転換】をレベル10にしてくれ……!)
スキルポイントを眺めながら、祈るように心の中で叫ぶと、急にその数値が変動する。
『【転換】Lv10を取得しました』
「……ッしゃぁあ!!」
スキルポイントの残りは『120』――つまりスキルレベル10への上昇には、ポイントが1000必要だったということ。
やはりそう簡単に上げられるモノではないし、なんならスキルポイントを使ってレベル10にするのはこれが最後になるかもしれないが、まあそんな先々のことなど今はいい。
これで気兼ねなく、ずっと、ずっと、ずーーーっと上げたくても我慢し続けていたスキルを上げられる。
そう思いながら、残りの余剰経験値をここぞとばかりに振りまくった。
『【闘気術】Lv6を取得しました』
『【時魔法】Lv6を取得しました』
『【神聖魔法】Lv5を取得しました』
『【神聖魔法】Lv6を取得しました』
『【精霊魔法】Lv5を取得しました』
『【精霊魔法】Lv6を取得しました』
『【広域探査】Lv5を取得しました』
『【土操術】Lv4を取得しました』
『【土操術】Lv5を取得しました』
『【白火】Lv2を取得しました』
『【白火】Lv3を取得しました』
『【白火】Lv4を取得しました』
『【多重発動】Lv3を取得しました』
『【多重発動】Lv4を取得しました』
『【神通】Lv3を取得しました』
『【狂気乱舞】Lv1を取得しました』
『【狂気乱舞】Lv2を取得しました』
『【死霊術】Lv1を取得しました』
『【死霊術】Lv2を取得しました』
「あっは……あははは……!」
これでようやくスタートラインに立てた――そんな感覚だ。
実用性があり、希少性の高いスキルをまずは上げやすいレベル7まで。
それが終わったら今手に入れた【寄生】のような、ステータス目的のスキルを一定のレベルまで上げてもいいし、実用性最強とも言える【昼寝】のカンストを最優先に目指すのもありだろう。
そんなことを考えているとついつい楽しくて。
時間を無駄にしたことを恥じながら、クランの本部は眠くなってきたらやればいいかと。
外周を終えたアルバートのマッピング作業を再開させた。