596話 金壺眼の男
勢いよく駆け上がってくる集団に対し、やはりアウレーゼさんは説得を試みようとしているのだろう。
険しい表情を浮かべ、無手のまま行く手を塞ぐように山道の中央へ向かった。
相手の一部は既に武器を手にしていつでも戦えるような状況に見えるが、そんな無防備で本当に大丈夫なのか?
不安に思いながら岩に腰掛け様子を眺めていると、先頭を走る特徴的な目をした男と数秒視線がぶつかり――
その後、後続の静止を促すようにゆっくりと片手を上げながら、その男は動きを止めた。
「ザウロ、このタイミングで踏み込んでくるなんて、嫌がらせのつもり?」
「ふん。嫌がらせも何も、ボスなど元から誰のモノでもないだろう? それより横の男はなんだ。用心棒でも雇ったのか?」
「んなわけないでしょ。まあどうせ私達が相手なら、ボスと同時に相手取っても勝てると思ったから来たんだろうし、結果的にはそうなっているのかもしれないけどね」
「……」
再び、リーダー格だと思われる男の目がこちらに向く。
パッと見は人間だが、獣人の血でも混ざっているのか?
猿のような金壺眼をしており、この男と、それにもう一人か。
二人の所持スキルは今の俺でも見通せないのだから、想像していた以上にこの集団は強い。
そして相手も、俺のスキルが見えないとあって警戒したのだろう。
暫くはお互い出方を窺うような沈黙が続いたが、そんな膠着した状況を崩したのはアウレーゼさんの問いかけだった。
「……ねえ、もっと真剣に考えてくれよ。ザウロの所以外は前向きに検討してもらえている。あんた達も参加してくれれば各所のレイドは安定するし、それだけ死者を減らせるんだ。それにザウロだって他のボス素材が手に入りやすくなるんだから、利点がないわけじゃないだろう?」
「言ったはずだ。レイドは不相応な弱者が無理をして参加する場ではないと。俺達が子守をする理由などないし、お前の案に乗ることで得られる利益より損失の方が遥かに大きいから不要と言っている。それにどう足掻いても、大陸中のボスを管理下に置くなど無理な話だしな」
「私はやる前から諦めるなんて性に合わなくてね」
アウレーゼさんのこの言葉に、金壺眼の男は分かりやすく溜息を吐きながら肩を竦めた。
「だろうな。だからそれでもクランとやらを作りたいというのなら、俺の案に乗れと言ったはずだが?」
「冗談じゃないよ。ザウロは自分達が得をすることしか考えていないだろ。それじゃ後進は育たない」
「はっ、それこそ弱者の戯言だ。仮に戦力の不足が出たとしても、初見のボスであろうと対応できる連中を補充すれば事足りるというのに、なぜ俺達が後進の育成など考える必要がある?」
「それは土地に恵まれたあんた達だからできることであって、他じゃそんなこと――」
「……そこで見ていろ、アウレーゼ。少数精鋭こそがレイドで最も死者を出さずに済む方法なのだと、今から証明してやる」
言い合いとは違う二人のやり取りを眺めていると、ザウロという男はまったく話が通じない悪党と違い、暴力一辺倒というわけではなさそうに見えたが……
こちとらボスを前に、ずっと涎を垂らしたままお座りしている状態なんだ。
アウレーゼさんの脇を通り抜けようとするその一団を見つめながら俺が立ち上がると、死合いが始める直前の、あの独特のヒリついた空気が流れ始める。
こんな時のために、俺の魔法が届くであろう位置で待機していたわけだし、一先ずボスを始末するか、それとも先に仕掛けてくるのか……
一部はスキルが見通せない相手。
自分だけならまだしも、アウレーゼさんを守りながらというのは相当難儀だなと思いつつ自己バフを唱え始めると、ふいに心配していた当人が焦りを滲ませた声で叫ぶ。
「ま、待ってくれロキ! ここで動くと余計に説得が難しくなる!」
「……」
それはそうだが、では説得に失敗し、自分の命も懸かっているこの状況をどうひっくり返す?
他に手立てがあるのかと、アウレーゼさんに意識が向きかけた時、ザウロの丸い瞳がより見開かれ、唸るような低い声が口から漏れた。
「ロキだと……?」
「……」
「まさかとは思うが、あんた、第五の異世界人ロキなのか?」
「…………ええ」
返答次第でどちらにも転ぶ可能性がある問いかけだ。
もし俺を敵視している――それこそマリーの手中にある相手なら、数で大きく勝る上にアウレーゼさんを利用できるこの状況は即戦闘になってもおかしくないし、否定して俺を殺し切れる可能性の高い相手と判断されれば、それもまた戦闘の切っ掛けになり兼ねない。
答えに一瞬悩むも、どちらもあり得るなら素直にいくべきかと肯定したら、ザウロは周囲がザワつく中でも俺から一切視線を外さず、思案するように顎を撫でながら問いかける。
「ここにいるということは、そのクランにあんたも参加しているわけか」
「まあそうですね」
「参加するというか、クランの会長はロキだがな!」
「??」
クランの中身に賛同はしたけど、会長などという話は聞いていない。
ビックリしてアウレーゼさんに視線を向けると、目鼻立ちのはっきりした顔を崩しに崩して俺によく分からないウィンクのアイサインを送っていた。
マジか……
話を合わせろと、たぶんそういうことらしい。
「おい、アウレーゼ。先日このことに触れなかった理由は?」
「まだその時はうちのレイドに参加してくれるというくらいで、クランの構想まではロキに伝えていなかったから」
「そうか……」
ザウロはその返答に多くの言葉を発しなかったが、張り詰めた空気が緩みだしたのだから、考えていることくらいはなんとなく分かる。
俺達と敵対してでもボスを奪うという強硬的な手段は選択肢から外したか……
となるとここから襲ってくる可能性は極めて低く、ため息を一つ吐きながら説得の方向へ頭を完全に切り替える。
余計な実務に時間を割く気はないのでクランの立場なんざどうでもいいが、やるならしっかりこの連中も味方に引き入れないと意味がない。
「ザウロさん、念のため確認させてください。あなた方は他所のボス素材もできれば欲しいけど、それ以上に少数精鋭で成り立っている自分達のレイド環境を崩したくない――その認識で間違いないですか?」
「ああ、その通りだ。参加者が増えれば取り分は減るし、かと言って俺達は方々走り回ってボスを狩って回れるほど暇じゃない。レイドがなけりゃ、普段は上級ダンジョンに籠っているんでな」
「なるほど……ではその辺りの問題が解決すれば、クランに所属してもらえるわけですか」
「俺個人の問題ではないのでな。話し合う必要はあるが、難がなければ反対する者も出てこないだろう」
ふーむ……
となると、何ができるか。
アウレーゼさんの思い描くクランの中身と擦り合わせながら、俺が協力できる部分を模索する。
「そうですね……ボス素材なんて一部のハンターや貴族とかの金持ちしか求めないでしょうし、最初のうちは僕が個人的にお金を負担しますから、現金希望であれば現金を、素材を希望する参加者には素材の一部を報酬として渡し、残りは全てハンターギルドと同じ相場でクランが買い取るという形を取ってはどうかなと。ギルドと違って僕はすぐに現金化をする必要もないので、クランの所属員であれば不参加であって在庫の素材を現金で購入できる――これなら素材のために方々走り回る必要もなくなるでしょう? 代わりに参加した人よりかは割高にすれば、時間を割いてでもレイドに参加する意義も見出せますし、割高にした分はそのままクランの運営資金に回せますしね」
「え……ロキがそうしてくれたらこっちは凄い助かるけど、素材の回収はどうするの?」
「そこは他に良い案が出てくるまで僕が動くしかないでしょうね。まあ当面は全てのボスに参加して死者が出る前に始末する予定ですから、その場でボスの素材を回収していけば面倒はありませんし」
言いながら目の前で手持ちの剣を『収納』して消すと、【空間魔法】の所持者であることがある程度知れ渡っているせいか、ザウロを含む一団はざわつきながも理解を示す。
だが、次の提案はまったくの想定外だったらしい。
「あとはアウレーゼさんにも一度対応していますし、ボス素材の加工に当てがなければこちらで請け負うことも可能です。うちで抱えている鍛冶師が仕事をするので、クラン員ならロズベリアのドワーフ達に依頼するよりかは幾分安いくらいの手間賃をいただきますけどね。その代わりに高位の鉱物加工も『種火魔石』なしで請け負うので、費用や入手の手間を考えたらクランに在籍する価値はかなり高くなるんじゃないですか?」
「それは本気で言っているのか……? 種火魔石を必要としないなど、未だかつて聞いたこともないが」
「もちろん本気ですよ。その方法はお伝えできませんけど、こうしてオリハルコンの武器も集めた鉱物から完成していますからね」
「「「!?」」」
再び表に出して鞘から抜くと、ザウロ達だけでなくアウレーゼさんまで顎が外れるほど驚愕している。
オリハルコンの武器というだけで相当珍しいだろうからな。
特に派手な装備をしている上級ダンジョンの住人達は興味津々だろう。
「オ、オリハルコンまで触れるとか、ロキの抱えている鍛冶師って何者なの……? もしかして、異世界人の仲間とか?」
「ふふ、それは秘密ですけど、ハンターのことを思って武具を作ってくれる人ですからね。きっちり仕事はこなしてくれますから安心してください」
「「「……」」」
「そして最後に、これはおまけ程度ですけど、この世界に隠れている裏ボスの出現情報を提供してくれたクラン員の方には、見合う報奨金を僕からお渡しするとお約束します」
「……裏ボスとは、一時噂にもなった魔宝石を有するというあれか?」
「そうです。今のところ、狩場内で特定の条件を満たすと出現することが分かっているので、狩場に存在する怪しい場所、怪しい噂、怪しい現象など、ハンターの皆さんだからこそ知っている情報がもしかしたら出現の切っ掛けになるかもしれません。あくまで成功報酬という形になりますけど、情報次第では億単位の報奨でも支払うつもりですから、ぜひこれはという情報があれが教えてください」
そう告げると、ザウロの背後にいた面々が沸く。
怪しい情報を吐き出すだけで、上手くいけば数億という金が入るのだ。
俺が出した3つの案は全てクラン員が大きなリスクを抱えるモノではないし、これなら良い反応も得られやすいのではないかと、そう思っていたが……
「こちらからも1つ、確認しておきたい」
一人、ザウロだけは思案した様子であまり感情を表に出さず、怖いくらいに俺を見つめながら問うてくる。
「なんでしょう?」
「あんたもアウレーゼ同様、大陸中のボスを管理下に置こうとしているのか?」
「僕の場合、アウレーゼさんと違って満足するまで効率的にボスを狩れればそれでいいという考えなので、管理下というと少し語弊があるかもしれませんけど、でもまあ大陸中のボスは必ず倒しますよ」
「つまり《ロスガイア大渓谷》も含まれているということだな?」
男のこの言葉に、はっきりと顔に出るほど反応してしまったことが自分でも分かった。
《ロスガイア大渓谷》――書物で何度か目にした言葉だ。
公に認知されているSランク狩場のうちの1つであり、現在は灰都リデュールと共に帝国によって占有されている大陸西方の狩場。
だが、そうであっても俺の考えは変わらない。
「そこにボスが存在しているのなら、いずれ必ず狩りますよ。誰が占有していようともね」
「くくっ……くはははっ! 相手が帝国であろうとお構いなしか……了解した。ならば連れの連中は分からないが、少なくとも俺はそのクランとやらに所属させてもらおう。まさかここに来て、ボスの戦果よりも遥かに重く意味のある言葉を聞けるとはな……」
その言葉に同調するように、背後のお仲間達もクランへの所属を表明しながら今まで以上に沸き立つ。
誰も反対する者はいないし、この喜びようだ。
ここにいるのはもしかすると、かつては《ロスガイア大渓谷》を主戦場とし、帝国に追いやられた残党のSランクハンター達なのかもしれないが……
まあ俺が余計な詮索をしてもしょうがないしな。
兎にも角にも、これで大きな障害が取り除かれただろうと思っていると、不意に予想もしていない言葉が飛んでくる。
「じゃあ会長、景気づけにあの大鳥のボスを倒してみてくれよ。俺達は手出ししないし、戦果の分け前だっていらない。自分達の上に立つ人間がどれほどのものなのか、観戦だけさせてもらえれば満足だからよ」
「え?」
それはそれで楽だし有難いけど、でもいいの?
勝手に動くわけにもいかず、自然とアウレーゼさんに目を向ければ、ぽりぽり頭を掻きながら渋々といった様子で頷く。
「はぁ……この状況ならしょうがないか。ごめんね会長。私からは皆に説明して謝っておくから、今回だけは任せちゃってもいい?」
いや、会長というのは余計だけど。
でもアウレーゼさんがOKを出してくれるなら、こちらとしてはまったく問題ない。
時短に繋がることを喜びながら俺は大きく頷いた。