594話 山の狩場
最寄りとなるジュロイ王国の北部に一度転移し、そこから進路は北へ。
案内役のアウレーゼさんを背に乗せ、初のトルメリア王国を眼下に眺めながら、前方に見える山脈群へと向かって移動する。
「そのまま一番手前の山に向かってくれれば着くよ。ズケイラはその山頂付近にいるからさ」
「了解でーす」
そう、今回はレイドボスのズケイラ戦だ。
こいつは冬を越え、ボスフィールドの雪が解けたら現れるという少し特殊な周期になっているらしく、実質的には約1年に1度しかお目にかかれない希少な魔物。
それもあって久しぶりの成長ができそうな機会にワクワクしていると、風切音が鳴る中で再び背後から叫ぶような声が聞こえた。
「そういえばロキは、結局一度もトルメリア王国に行かなかったんだ?」
「ええ。足を運んだのは自由都市ネラスまでで、あとはずっと大陸の東側を旅していましたから」
「へ~そっか。じゃあ私も知らないようなボスに出会えたんじゃないの?」
「ふふ、どうでしょうね~大砂漠を縦横無尽に走り回る大蜥蜴のボスとか、深海を泳ぐかなり巨大な魚のボスなんかはいましたけど」
「え~ちょっとちょっと! その話詳しく教えてよ!」
「うわっ、暴れないで! いくらアウレーゼさんでも落ちたら死にますからね!?」
相変わらずこの人は、ボス関連の話題になると目の色が変わるな……
興奮したアウレーゼさんを宥めながら少しの時間、出会った表ボスや裏ボスの話をしていると、次第に奥の方はまだまだ白い雪を被った山々が迫ってくる。
大陸を上下に分かつエイブラウム山脈。
その西端はここトルメリア王国で形を崩し、南北を通る道がようやく開き始めることは知っていたが、裾野は広く樹海が続いており、この樹海が《ウルバス山麓》と呼ばれるE-Dランクの複合狩場。
そして抜けた先にある、他よりは標高の低い山に目的となるBランク狩場《トラウト山稜》があるようで、俺達はひとまず山の中腹に存在する広場へと向かった。
「へ~ここには家もいくつかあるんですね」
「そっ、ここの休憩所は《ウルバス山麓》と《トラウト山稜》の間にあってね。割高だけど寝泊まりや食事も摂れるから、私達はレイド戦の集合場所にしているんだ」
「なるほど。もう他の参加者は集まってるんですか?」
見回しても人の姿がないため確認すると、アウレーゼさんは一番大きな建物の中へ案内してくれる。
中は宿泊所のようで、管理人と呼ばれるおじさんに慣れた様子で話を聞きながら宿帳を確認すると、どうやらまだマルタから向かっている8名の参加者が到着していないらしい。
と言ってもよくあることのようで、アウレーゼさんはなんでもないような顔をしていた。
「ここまで距離があるからね。調整はしているし、今日か明日くらいには到着すると思うけど、それまでロキはどうする?」
「それじゃ僕は狩場にでも行ってきますよ。この付近に必ずいるかは分からないので、何かあれば連絡用の動物を置いていきますから伝えてください。そうしたらすぐに戻りますので」
「了解。じゃあまたここに集合ということで」
よしよし、時間が空いたのなら丁度いい。
せっかくのDランクとBランク狩場。
しかもトラウト山稜は珍しく5種類の魔物が生息しているというのだから、どんな魔物なのか見ておきたいと思っていたのだ。
(少しでも成長に繋がるスキルがあれば……)
そんな思いを抱えながら、ひとまずは遠目に小さく見える最寄りの町へと向かった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「あっぶねぇ……」
思わず声を漏らしながら、足元で毒霧を放つ、ナマコに大量の足が生えたような魔物――イングベーダーを摘まみ上げる。
ここはDランク狩場のウルバス山麓。
なので自分が危うく死にそうになったというわけではないが、ハンターギルドに寄らず真っ直ぐ狩場へ来ていたら、こんなに小さく、しかも数がビックリするほど少ない魔物の存在には気付けなかったかもしれない。
そうしたら危うく戦果無し。
まあ我慢できずにボスをチラ見したら、見覚えのないスキルを2種類持っていたので安心したけど、周囲の雑魚魔物からは新規スキルどころかスキルレベルも伸ばせずに終わっているところだった。
それもこれも、翼持ちの魔物ばかりが生息する癖の強い狩場――トラウト山稜が期待外れだったためだ。
顔は不細工なのに純白の羽がやたら綺麗なハーピーと、二人乗りくらいまでであれば空の旅に丁度良さそうなヒポグリフという2種の魔物が初見だった。
が、どちらも所持するスキルは既知のモノばかり。
となると、他に俺のステータスを伸ばせそうなのは、イングベーダーなどという名前からはまったく性質が予想できないDランクの魔物だけ。
資料本にはだいぶ厄介そうな説明が書かれているし、頼むからその特性がスキル化されていてくれと。
不安と期待を抱えながら、暫くは汎用性が高く高需要だというハーピーの羽を集めていたわけだが……
狩場を移り、探し出した実物を見て安心した。
ギルドの資料本通り、この魔物はかなり厄介であり、そして面白い。
そう感じながら、近くにいたゴブリンファイターの首を刎ね、横たわる死体の上にイングベーダーを放り投げる。
すると傷口から這うように侵入し、暫くして死んだはずのゴブリンファイターが立ち上がった。
これがイングベーダーの持つ【寄生】の効果らしいが、首なしでもいけるとは驚きだ。
生きている生物には寄生できず、身体を割ったり足を斬り飛ばすなど、戦闘の継続が困難なほどダメージを負うと再び這い出て死体を探すところまでは分かったが……
資料本には稀に、狩場で死んだハンターがボロボロの身体で彷徨い、尚且つ生前に得意としていたスキルまで使用してくるというのだから興味深い。
こんなのスキルは確認するまでもなく使用不可のグレー文字だろうけど、とりあえずレベル1だけでも取得し、欲を言えばイングベーダーを使役していろいろと実験してみたいところ。
だが、町の警護やら連絡用の動物を各所に配置している今は管理コストに余力がなく、試すとしても【魔物使役】のスキルレベルが上がってからになるのかな。
そんなことを考えながら森の上空を飛行し、【広域探査】でもすぐには見つからないイングベーダーを探し回っていると――
「ん……?」
……遠くで一斉に羽ばたく鳥の姿が視界に入る。
よく見ると何かが森の中を素早く動いていて、そのせいで森がざわついている――そんな様子はどこか見覚えのある光景で。
場所は違えど同じエイブラウム山脈の裾野にいたハンスさんのペット。
ロキッシュがこちらに迫ってきた時にも同じような雰囲気だったことを思い出し、まさかと思いながら思わず近づく。
上位種でも希少種でも、なんでもいい。
普通ではない魔物がいるなら儲けモノだと、その程度の感覚だったが。
「んん……?」
木々の隙間から見えたのは、素早く移動する人の姿。
それだけなら魔物を狩りにきたハンターというだけだが、それらは集団で、周囲の魔物に目もくれず、ひたすら森の奥へと移動を続けている様子だった。
その光景を見て、最初はマルタの参加者達かと思ったが、聞いていたより明らかに数が多いし、何より記憶にある彼らとは装備の質がまるで違う。
その瞬間、嫌な予感が脳裏を過り、俺はすぐに先ほどの休憩所へと転移した。