576話 持ちつ持たれつ
翌日。
ノトスさんとザンキさんの二人に対し、うちの領土南方が広く海に面していたこと。
その一角に身を隠すには適した場所があり、周囲にはランクも様々に4か所の狩場が存在していること。
そして小さな町の下地作りは多少済ませていることを伝えると、意味が分からないといった様子だったが、すぐに町を挙げての移住者選別が行われた。
と言っても俺はその状況をまったり見守っていたわけではない。
ただ眺めていたって時間の無駄なので、気になっていた残りの1種を求めて再びBランク狩場 《アムスト海域》へ移動。
深い海域に生息していたヤギと魚が混ざったような魔物――カプリコーンをしばきつつ、適度に【招集】を連発してはゴアスケイルフィッシュを搔き集めていた。
「カプリコーンが海の魔術師ポジションだとして――」
浮かべていた氷島で、リコさんに渡すための魔物所持スキルリストを作成し、一人唸る。
ゴアスケイルフィッシュ:【突進】Lv4【硬質化】Lv2【呼応】Lv3
カプリコーン:【氷魔法】Lv3【雷属性耐性】Lv3【魔法射程増加】Lv3【魔力感知】Lv4
巨大な毛虫:【噛みつき】Lv4【分裂】Lv3【酸液】Lv4
「ん~結構探してみたんだけどなぁ……」
眺めることで一層感じる強い違和感。
でもまあ、そろそろいい時間だ。
一度ベザートで『収納』の中身を綺麗に吐き出してから、そのあとザンキさんにでも聞けば答えが分かるのかな?
そんなことを思いつつ、クアド商会地下の貯蔵庫に移動。
魔力が減少するほど溜め込んだ素材を大量放出し、再び魚人の町へと向かったわけだが。
「お、多い……ですね」
集まっていた魚人の数を見て、思わず言葉が詰まる。
種の存続と子供達を奪われないためとは言え、開拓を前提に見知らぬ土地へ行くわけだから、希望者など精々数百人程度かと思っていた。
しかし、目の前にいる魚人の数はどう考えてもそんなもんじゃない。
規模感で言えば、かつてジュロイで8000人近く殺した時の、あの半分くらいはこの場にいそうな気がする。
「子の命を何よりも優先したいと願う親が多くてな」
「だとしてもですよ。ノトスさん、周囲に何もないような環境から生活を始めなければいけないって、ちゃんと伝えました?」
「当然伝えている。だから子供達だけ移住させれば済む話でもなく、親以外に狩りを行える者など、新天地での生活が維持できるようにワシらも人は選んでおるつもりだ」
「……」
正直に言えば、俺もフェリンもフィーリルも。
全員揃ってだいぶ調子に乗った自覚があるので、この数でも受け入れることは可能だ。
だが問題はどうやってあの場所までこの数を運ぶのか。
そっと瞳を閉じ、考えるフリをしながら【地図作成】を使用するも――やはり距離はそれなりにあり、子供が多いことを考慮しても精々50人程度。
俺の魔力が全回復であることを前提にしたって、生かした状態で人を『転移』させるとなると、このくらいが限界になってくるような気がする。
かといって、これほど子供が多いのに自力で来いというのは無茶な話だし、今後に期待が持てるあの島もさすがにまだ使えない。
まともに制御できる保証なんてどこにもなく、何より隠す目的で引っ越しをするのに、あんな目立つモノで移動していたら本末転倒だ。
「……今後も含めた安全を考慮すると、どうしても移住先に向かう手段は限られてきます。今日だけでどれほどの人を運べるかは分かりせんので、日を置いて少しずつ移動してもらうことになるかもしれませんけど、それでも大丈夫ですか?」
「もちろんだ。キリュウ、ここに残るワシらも協力する。最低限こちらがその順番で揉め事を起こさぬよう、対応せねばならん」
「ええ」
ノトスさんに呼ばれ、言葉を返しながら一歩前に出たのは黒い肌をした大柄な魚人。
この人も派手な鎧を身に着けているので、魚穎番衆の一人であることがすぐに分かる。
「初めまして、ですね。私が新しい移住先で長を任されることになったキリュウです。以後、よろしくお願いします」
「え、あ、よろしくお願いします」
「キリュウはかつて、大陸に住処を構えて案内役を務めていたのでな。一番人間に慣れておるし、ワシらにはよく分からぬ大陸の文化というモノにも詳しい。大概の海の魔物は狩れる力も持っているので、移住先を任せるには適任であろう」
「へえ、向こうに住んでいたことも……」
「と言っても沿岸部に住処を作り、その町の人達やハンターと交流を図っていた程度ですけどね」
そう言って苦笑いを浮かべるキリュウさんは、確かに当たりが柔らかく、人とのやり取りに慣れていそうな感じがする。
ノトスさんの横で、新族長になったせいなのか。
今まで以上に般若みたいな怖い顔して突っ立っているザンキさんとは大違いだな。
「それでは魔力が勿体ないですし、早速動きましょうか。まずは誰を優先して運ぶのか、とりあえず30人くらいの塊をいくつか作ってもらえますか? 生き物ではない荷物なら、後からどうとでもなりますので」
そのように伝え、慌ただしく動き始めた面々の中でザンキさんだけを呼び止める。
「む? どうしたのだ、ロキ王」
「周辺狩場に詳しそうなザンキさんに聞いておきたいことがありまして……まずAランク狩場ってどんなところですかね? これが終わったら行ってみようかなって思ってたので、おおよその場所とか狩場の環境を教えてもらえるとありがたいんですけど」
「ふむ。本来は口外してはならぬ内容だが、我ら魚人はロキ王に未来を託すと決めたからな……」
はい、そう言われたので聞きました。
無理なら意地でも自力で探し出すけど、住民の運搬を進めるためにこっちも女神様達と交渉するのだから、せめてここくらいは楽をさせてほしい。
そんな願いが通じたのか、ザンキさんは言い淀みながらも言葉を発する。
「Aランク狩場 《モデア海底谷》はこのミノ諸島から東南東――約20㎞ほど沖へ向かった海底谷に存在している。だが、さすがにあそこは……どう考えても人間が狩れるような場所ではないぞ」
「と、言いますと?」
「海底谷そのモノは大陸から長く延びているので発見も容易だ。しかし未だどこまで続いているのか分からないほど深くなる箇所があり、その一帯が《モデア海底谷》と呼ばれる魔物の生息域になっているからな。魔物もゆうに1000メートルを超えた深さにしか生息していないし、内部は迷路のように入り組んでいて全容も把握できていない。魚人でも限られた一部の者しか狩れぬのだから、いくらロキ王と言えど、辿り着くことすら困難だと思うが?」
「へえ~それはまた、随分と面白そうなところですね……ふふふ」
「え?」
「ちなみに、普段生息している種類とは異なる、飛び抜けて強い魔物をザンキさんは倒したりしていませんか? 特にBランク狩場の《アムスト海域》で」
強引に話を変えると、ザンキさんは眉間に深い皺を寄せ、余計に怖くなった顔面のまま唸り始める。
んー……すぐに答えが出てくるかと思っていたのに、これは当てが外れたかな。
「そのような魔物に出くわしたことはない。珍しい個体ということなら数年に1度、桃色の肌をした一回り小さいケートスが港に入ってくることはあるが、あれはこの上なく美味なのであって、決して強くはないしな」
「ほほぉ……Cランク狩場にいる、ザンキさんくらい大きな海獣ですか」
「うむ。我らは雌のケートスと言っているが、稀に見ることができるくらいで詳しいことはよく分かっていない」
数年に1度の頻度であれば、まずその桃色ケートスはレア種だろう。
それはそれで有難い情報だが……そうか。
ゴアスケイルフィッシュが【呼応】持ちなら、まず【招集】を持つボス的な魔物も存在する。
そう踏んでいたけど、魚穎番衆の頭だった人が知らないのであれば読みは外している――というより、海洋魔物の性質を考えると重複した狩場は他にもあるので、このミノ諸島周辺にはいなくても、別のBランク狩場にはいるかもしれないのか。
うわー海の狩場って思っていたよりもヤベぇ……
想像以上の厄介さに思わず頭を抱えそうになっていると、横でザンキさんが独り言のようにボソリと呟く声を耳が拾う。
「いや、待てよ……あの目玉が、もしかしたらその類いになるのか……?」
「んお? 目玉とは?」
「あ、ああ。私が直接目にしたとかではなく、そのような言い伝えというか、魚人ならどこの家でも子供への躾に使う言葉があってな。一人で勝手に海へ出たり夜更かしをしていたりすると、海底の奥底から巨大な目玉が現れ連れていかれると。私も小さい頃はよく親に言われて、震えていたものだ……」
「……」
聞いている最中は、巨大な目玉という言葉に惹かれ、もう少し踏み込んだ質問をしようとしたが。
どこか懐かしむように西の海を見つめ、力なく笑いながら告げたその言葉の意味を理解し、俺は思わず口を噤んだ。
そうだな。
この人は幸せな未来があると信じてマリーに子供を預け、そのまま奴隷の一人として奪われている。
連れ去られた子供達が今どこで何をしているのか……
そもそも生存しているのかすら、現状では何も分からない。
「お待たせしました、ロキ王。まずは最初の30名が決まりましたよ。既に準備もできています」
「あ、ああ、分かりました。ザンキさん、ありがとうございます。参考になりました」
キリュウさんから声を掛けられ、慌てたように返事をしながらザンキさんに礼を言う。
しかしザンキさんはその言葉に反応せず、暫し俺をジッと見据えていた。
そして、大きな身体を揺らし、目の前で器用に頭を下げ始める。
「ロキ王、新たな魚人種の族長として……そして、一人の親としても、一つロキ王に頼みたいことがある。子供達を――、いや、連れていかれた子供達が今、どこで何をしているのか、何かのついでだっていい。少しでも知る機会があれば、教えてはくれないだろうか……?」
この言葉と同時に、今まで騒がしかった周囲の声がピタリと止む。
当事者として、同じように子を奪われた者もいるのだろうし、新族長が早々に頭を下げたことで、何事かと様子を見守っている人達も多いのだろう。
ザンキさんの場合、こうして断りづらい環境を狙ったというより、先ほどのやり取りがあってこんな話になったんだろうが……まあ、しょうがないか。
足のない魚人では内陸に連れていかれた時点で救出なんて無理なわけだし、どうせなら出かかった本音の方に答えておこう。
「所在を追い求めて探し回るとか、さすがにそこまでのことはできませんけど……もしどこかで魚人を見かけたら、その時はしっかり連れ帰りますよ」
「ッ……感謝する……!」
そう告げると、先ほどの静寂が嘘のように周囲は沸いた。











