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564話 今更な話

 既に日も暮れ始めた頃。


 ニッカのハンターギルドに向かうと、ガタリと音を立て、先日の受付嬢が出迎えてくれる。



「あっ! ど、どうでしたか……?」



 伝えていた期日になっても俺がなかなか来なくて、不安を募らせていたのだろう。


 既に換金待ちや横のお食事処で酒を飲んでいるハンター達もおり、受付嬢の対応に怪訝な表情を浮かべているが、そんな周囲の様子に気づかないほど視線は真っ直ぐ俺に固定されていた。


 それだけ、期待もしていたということ。


 ならばまずは安心させておかなくちゃな。



「ええ、ちゃんと獲ってきましたよ。なのでどこか置き場所まで案内してくれませんか? 可能な限り大きな所を」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 その後、呼ばれて出てきたイーゴさんと共に向かったのは、港の近くにある冷蔵用の倉庫だった。


 この時のために空けておいたらしく、魔道具で冷やされた倉庫内は綺麗に片付いていたわけだが。



「「……」」



 早速放出し始めたその量を見て、イーゴさんと、それに数を記録するため同行していた受付嬢は揃って言葉を失う。



「もう十分だと思ったらストップって言ってくださいね」


「……」


「あのー、聞いてますかー?」


「あ、いや! もうその辺で! その辺で結構です!」



 なんだ、まだ200匹も放出していないのに、もういいのか?



「まだこの倉庫に入りますよ?」


「いやいやいや、これ以上あっても腐らせてしまうだけですから!」


「というかギルマス。素朴な疑問なんですけど、こんな量、いくら昔の値段とは言え、うちですぐに支払えるんですか……?」


「うっ! そ、それは、方々に声を掛ければなんとか――」



 今がアホみたいに高騰しているというだけで、昔からレモラは高級魚。


 過去の記録にも、素材のランク次第ではあるが1匹150万ビーケ前後で取引されていたので、それなら今回もその値段でと事前に取り決めはしていた。


 保存の問題で困っているだけなら、大サービスでここを一時的な冷凍庫にしてもいいけど……


 ニッカは町の規模としてはそこそこ大きいものの、今はEランクまでが管轄の元中規模ギルド。


 買取費用の負担が大き過ぎるとないう話なら、余りはこっちで使うわけだし無理をさせるべきではないな。



「まさか、これほどの量を納めていただけるとは……しかもまだ、抱えているわけですよね?」


「ですね。余ったら余ったで、自分達で食べるなり売るなりしようと思っていましたから」



 そう伝えると、イーゴさんは少し考え込むように顎に手を当て、眉根を寄せた。



「レモラは魔物なのに警戒心が強く、昔から狩りにくいことで有名でした。魚人種でもそう簡単には捕まえられず、囮の船を用意しても別の魔物が船底に穴を開けて沈めようとしてくる……なのに、これほどの数をどうやって……?」



 聞けるものなら聞いてみたい。


 その程度の、独り言のようにも聞こえる問い掛けだが、さすがにこの疑問をバカ正直に答えるわけにはいかない。


 ここの住民ができるかどうかは別として、具体的なやり方を知ればマリーが動き、あの女の資金源にされてしまう可能性だってある。


 だが……少しだけ逡巡したのち、俺は静かに言葉を返す。



「そこまで分かっているのなら、その穴で沈まないよう、対策をすればいいんじゃないですか?」


「沈まないよう、対策……」



 ほんの少しのヒントくらいは。


 船でなくとも浮かぶモノなら釣れるということに気付き、使い手次第ですぐに穴も修復できる氷島を同じように作るのか。


 それとも未だ見かけたことのない、強度に優れた鉄船の製造という方向に流れるのか。


 もしかしたらまったく別の答えに辿り着くのかもしれないし、時間だって掛かるのかもしれないけど……


 でも、単身で乱獲に成功した者がいる。


 その事実があるだけでも、きっと大きな足掛かりにはなるだろう。


 レモラを求める声が多いのならば、きっと。



「それじゃ、僕は楽しみにしていたレモラを食べてきますので、後はお任せしますね」


「え、ええ。お金は極力早めに……明日の朝までには用意させていただきますので!」


「はーい」



 そんなことを言われても、今はお金よりご飯なのだ。


 ぐぅぐぅ鳴り続ける腹を摩りながらレモラというお土産を抱え、俺は先日の食堂に向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「すまない、遅くなったな」


「ほんと遅いですって、ギルマスも早く手伝ってくださいよ~! 上から滑り落ちてくるレモラに、私もう何回轢かれたと……って、あれ? 応援を呼びに行ったんじゃ?」


「大丈夫だ、ちゃんと応援も連れてきている。皆、それではよろしく頼むぞ」



 ギルドマスターのイーゴが振り向きながら声を掛けると、倉庫の外にいたであろう男女が大きな包丁片手にゾロゾロと倉庫内へ入ってくる。



「おお~すげぇ! 本当にレモラがいっぱいだ!」


「これは久々に腕が鳴るねぇ。あんた達はお嬢ちゃんの手伝いをしてあげな」


「よっしゃ、俺達は端からどんどん捌いてこうか! 氷と入れ物、それに綺麗な水も用意しておいてくれ」



 この場にいる多くは、過去にレモラを捌いたことのある町民達だ。


 しかし受付嬢の目は、最初にイーゴと倉庫へ入ってきた一人の老人に向く。



「ゲンさんまで、どうして?」


「ああ、私が声を掛けたのだ。今回の不足分を工面してもらおうと思ってな」


「あー……」



 この時、受付嬢は納得したようなしていないような、そんな微妙な表情を浮かべていた。


 ゲンさんと呼ばれた老人――ゲンリーは町でも有数の資産家であり顔役だ。


 そのため資金の調達先と言われてれば納得できないこともないが、それでも結局は個人。


 本来ならば商業ギルドに資金を融通してもらうか、もしくはレモラの一部を商業ギルドにそのまま売却するのだろうと受付嬢は思っていただけに、真っ先に出てきた『どうして?』という疑問が、理由を聞いてもなお残り続けていた。


 そんな様子を見てゲンリーは手招きし、周囲を気にしながら受付嬢に小声で呟く。



「このレモラを狩ってきたのは第五の異世界人ロキであろう?」



 この言葉にギョッとし、思わず横のギルマスに勢いよく顔を向ける受付嬢。


 自ら名乗ったのはロキ自身だが、同時に面倒事は避けたいからここだけの話にしてくれと、先日ハンターギルドを訪れた時からそう言われていたのだ。


『犯人はコイツかぁ~!』と、受付嬢は牙を剥き出しにして可愛く睨み付けるも、イーゴは肩を竦めながら首を振った。


 そしてゲンリーは勘違いを正すべく口を開く。



「今日、マスカード伯爵の使いがこの町を訪れてな」


「え? 領主様の使い?」


「ああ、第五の異世界人がアルバート王国に入ったようで、無下に追い出すというのも現実的には難しい。ゆえに不要な接触、揉め事は一切禁ずると、国王陛下の命令でアルバート全域に通達が下りたようなのだ」


「こっ、国王、陛……」



 この時、受付嬢は一度呼吸が止まりかけ、言葉を言い切る前にレモラの山へと再び視線を向けた。


 接触なんてそんな生易しいモノではなく、既にここまでの取引をしてしまっている。


 国王陛下の命令なんて、破ったら余裕も余裕で死罪確定。


 なんなら5回くらい殺されてもおかしくない……


 悲しみと絶望から自然と出てくる鼻水をずび~っと啜り上げ、受付嬢は大粒の涙を浮かべながら吠えた。



「それ、遅過ぎでしょ~!!」



 すると、同じ状況に立たされているイーゴが口を開く。



「私だって先ほど知ったのだ。気持ちは分かるが、この地はアルバートの中でも端の端……既に起きたことで嘆いても仕方がない。それに禁じられているのは不要な接触、あちらからハンターギルドに足を運び、取引を求められたのだから止むを得ないだろう?」


「でも、こんな普通じゃない量……」


「分かっている。だからゲンさんを連れてきたのだ」


「……?」



 なんのことだか、意味が分からず。


 首を傾げる受付嬢に、ゲンリーは顎髭を摩りながら覗き込むような眼差しで問い掛けた。



「君は、あの少年――異世界人ロキを見てどう思ったかね?」


「え? そう言われても、直接何かされたわけじゃありませんし……」


「ふむ。つまり、伝え聞くような話とは違うと、そう思ったのではないのか?」



 これといった答えが出せず、困惑した様子の受付嬢にゲンリーが助け舟を出すと、ここでようやく納得したようにゆっくりと頷く。


 受付嬢が答えに詰まった一番の理由は先入観だ。


 異世界人ともなれば憶測や推測も含めて様々な情報が流れてくるが、多くは身勝手に振る舞い、人を人とも思わず残虐の限りを尽くして諸国を荒らすというモノ。


 それは新興勢力を明確な敵に仕立て上げたいというアルバート側の思惑も多分に含まれているが、それ以上に大きな影響を与えていたのは勇者タクヤの登場する『魔王討伐伝』だ。


 突如として世界に現れ、混沌を齎した魔王という存在と名前が同一であり、また立場も同じ。


 となれば自然と結び付けてしまうもので、子供達を中心に魔王ロキという、まるで恐怖の象徴のような二つ名が巷で囁かれることも多くなってきていた。


 そしてゲンリーもまた、当初は受付嬢と同じ感想を抱いていたと漏らす。



「素性も知らぬまま、一度食事を共にした機会があってな。商人としては失格も失格、お人よしが過ぎるが……とても礼儀正しい好青年だったよ」


「え? 失格って、ギルマスと普通に交渉してましたよ?」



 受付嬢はさすがに言い過ぎではと指摘するが、ゲンリーは訂正する気はないとばかりに大きく首を振った。



「いくらこれほどの量を狩る自信があったとしても、わざわざ数十年も前の取引相場に合わせて、しかもその価格すら確認せずに売却する必要性などどこにもない。情報の対価と考えるのなら、先にその情報自体の価格を決めて支払うか、もしくはその価格に合わせて必要数のレモラを差し出すのが筋というものだろう」


「まあ、それが一番損をしないような気はしますけど」


「金に困っていないからそのような判断をしたとも取れるが……私の時もそうだったのだから、たぶんあの少年は恩を感じた相手にはより大きな恩で返そうとする気質でもあるのだろう。時に当事者や周囲が過剰と思ってしまうほどにな。ふっ、とても伝え聞く傍若無人な姿とは掛け離れたモノだ」



 この時、イーゴは確かにと納得し。


 受付嬢は、相変わらずゲンさん回りくどいわ~と思いながら聞いていると、ようやく話が本題に入る。



「さて、私がここに来た理由を話そうか。イーゴから相談を受け、この件、私も商業ギルドに話を振るのは得策ではないと、そう判断したから資金の援助を引き受けたのだ」


「現商業ギルドの支局長はアルバートの旧家出身。これだけの量を誰が――、という部分はこのような通達が下りている以上すぐに割れるだろうが、『どのように狩ったか』という話は今後間違いなく突っ込まれる。向こうにとっては喉から手が出るほど欲しい情報だからな」



 付け加えられたギルマスの言葉に、ハッとした表情を浮かべる受付嬢。


 そういえば先ほど、答えとは言えないまでも、その後に繋がりそうなヒントをギルマスは貰っていた。



「いくらマリーの息が掛かった商業ギルドといえど、相手がハンターギルドならばそう無茶はできん。だがもし情報を掴めば、異世界人マリーにもそのまま伝わるということ。そうなると、あの強欲が金のためにこの地を利用しようとする可能性も大いに出てくる」


「あ、だから、極力借りは作らないように……」


「そういうことだ。それに昔の値段で町民に振舞った後は、残りの半分を私の裁量で自由に動かしてよいのだろう? ならばこれだけの数だ、どう転んでも私が損を被ることはない」


「さっすがゲンさん、そういうところはちゃっかりしているんですね」


「当然だ。それにどうせなら我らが祖国を潰してくれたマリーより、この町に粋な図らいをしてくれた少年の肩を私は持ちたいのでな」



 この時、ゲンリーの表情から受付嬢はなんとなくこれが本音かと感じ取ったが……


 自分も、それにギルマスだってきっと、気持ちは同じなのだ。


 祖国を盗られて気分のいい者など、売った一部の役人や貴族を除けば誰もいない。


 だから敢えて触れずに作業を再開させる。


 外にはもう、昔食べたレモラの味を忘れられない町民達が多く集まっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ロキは考えてもいなかっただろうけれど、こういう所からマリーの支配体制が綻びていくんじゃないかな
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