563話 嬉しいけども
腹の減りをガブ飲みした魔力ポーションで誤魔化しながら空を飛び、目的の狩場を探していく。
先ほど湯水の如く魔力を使ったためにカツカツだが、まぁいうてCランクだし、行けばなんとかなるだろう。
そんな気持ちで目印となる魔物を探しながらフラフラしていると、ようやく単体ではない、纏まった数の反応を同じ方面から拾い始めた。
「へ~この辺りは上空からだとまだ陸地が見えるのか……えーと、ニッカとサイユの町の間辺りから真っ直ぐに東、と」
マッピングされた地図を眺めながらより正確な位置を把握し、さてどうしたものかと思考を巡らす。
聞いていた通り、Cランク狩場は日中だというのに船の姿がなく、これなら多少派手に動いても支障はなさそうだが……
「ん~とりあえずどんなものか、軽く覗いてみるか」
そう判断し、倒した魔物の置き場用に程よい大きさの氷島を作ってから海へ潜ると、すぐに近寄ってきたのは不気味な複眼を持つエイのような魔物――スカードレイだった。
先端は【麻痺針】か。
異様に長い尾を器用に振り回してくるが、大した速度でもないので対処に困ることはない。
強引に掴んで手繰り寄せ、腹部に手刀を差し込み中の血肉を掻き出すように引き抜く。
すると想定通り、付近にいた魔物の動きは活発になるが、寄ってくるのは他のスカードレイと、水中を跳ねるように動く、馬と魚が融合したような姿をした魔物――ケルピーのみ。
肝心のレモラは離れた位置で何匹か泳いでいるものの、こちらに寄ってくる気配はまるでなかった。
そしてその理由を、レモラのスキルを覗くことですぐに理解してしまう。
(げえっ! 嬉しいけど、ここでかよ!)
心境は複雑だ。
レモラ:【突進】Lv3 【逃走】Lv2 【洞察】Lv2
レモラの所持スキルはこの通りで、懐かしのレイラードフェアリー以降、一度も見かけることのなかった【洞察】持ち。
希少かつ、それなりに使用頻度も高い有用スキルの底上げができるという面では凄く有難いけど、なぜよりによって数を集めなきゃならないコイツなんだという気持ちに襲われる。
これはまず、いくら餌を撒いても向こうからは近寄ってこない。
かと言ってこちらから追おうにも、回遊魚みたいな速度でずっと泳いでいるし、ちゃっかり【逃走】まで所持しているのだからそう簡単には捕まえられないだろう。
(海上から攻撃を加えたとしても、この深さじゃ……それに魔力が心もとないとなると――まずはソレを試してみるべきか)
名前からして、まず水中専用と思われるスキルが目の前に存在しているのだ。
ひとまず血肉に釣られて寄ってくる目の前の魔物を一掃し、死体は氷島にどんどん放り投げていく。
すると。
『【水蹴】Lv1を取得しました』
すぐに目的のケルピーから、このCランク狩場で唯一となる新スキルを取得。
一度氷島で呼吸を整えながら詳細説明を確認すると、このように表示された。
【水蹴】Lv1 水中で踏み込むことを可能とし、素早く移動することができる 速度はスキルレベルによる 魔力消費5
うん、癖の少なそうなスキルだ。
先ほどもケルピーはほぼ静止に近い状態から前脚を掻き、強い加速を得ながら移動していたので、【空脚】の水中版みたいなものだと思うけど……
この手のタイプなら試す方が早いと再び潜り、すぐにその特性を理解する。
(お、おっ、おっ!)
まるでそこに壁があるかのように。
スキルを使用することで勢いよく加速し、連続使用や急な方向転換も可能にしてくれる。
速度はスキルレベルによるとあるけど、まず間違いなく先ほどのケルピーよりは素早く動けているので、使用者の筋力なんかも影響している可能性は高そうだ。
となると……いけるか?
やってみないと分からないが、試す価値は十分にある。
そう判断し、数匹で固まりを作っていたレモラに近づくと――
(は、速~っ!?)
相手はカジキのような、ゴリゴリの魚っぽい見た目をした魔物。
素手で捕まえるなんて絶望的な速度差で逃げられるが、こっちには飛び道具だってある。
(ナメんなよ!)
『指電』
その後の素材を活かせるように。
最小の加減で【雷魔法】を放つと――んんん?
海中だからか、今までのように真っ直ぐ狙った対象には飛んでいかず、途中で溶けるように拡散してしまう。
が、それでも雷の一部に触れ、1体のレモラがようやく動きを止めてくれた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
ポリポリと、頭を掻きながらどうしたものかと考える。
スカードレイやケルピーに混ざって横たわる、2メートル近くはあるレモラの死体。
とりあえず狩れたし、この大きさなら1匹でも百人前くらいは余裕でありそうな気もするが。
「うーん、問題はどうやってコイツを大量に狩るかだな……」
思いの外、狩るのが大変なこの魔物をどう乱獲すべきか。
Cランクとは思えない難易度に頭を悩ませる。
いくら餌は巻いても俺がいたんじゃ寄ってこないし、強引に海中戦を繰り広げたところで呼吸がもたず、追いかけっこの末に1匹2匹を狩るのがやっと。
ならば動きを止めてやろうと【廻水】で海に巨大な渦を作ってみたが、泳ぎの得意な海の魔物が相手では大した効果は得られず。
かといって上空から"天雷"をぶっ放してみても、レモラが泳いでいる深さまでは届いていないようで、スカードレイが2匹死体となって浮かんでくるくらいしか成果を得られなかった。
休憩を挟みながらコツコツやっていけば、それでも1日に30匹くらいは狩れるのかもしれないけど……
「違うよなぁ……それは違う……」
費やす時間と成果が釣り合っているとは思えず、そんな非効率的なことをやろうとはどうしても思えない。
となると、残された方法は一つ。
「……デカい船、買うか?」
背にいくつもの吸盤を備えたレモラを眺めながら、そんな発想に行き着いてしまう。
漁師が船を出すと、稀にはぐれが船底に張り付き、沖へ引っ張ろうとする――。
その特性を皆が理解しているため、船に必ず1つは雷撃を放つ魔道具を用意して自衛しているとイーゴさんは言っていた。
ならばその特性を逆手に取ればいいわけで、船を用意し、底へ張り付いたレモラに【雷魔法】を撃てば狩れるということ。
俺を見ると逃げるレモラも、視界に収めることが発動条件となる【洞察】の特性を理解していれば、船から顔を出さないことで対策はできる。
しかし、問題はいつ船を入手できるのか……
纏めて効率的に狩るなら極力デカい船の方がいいわけで、そうなると金銭面はいいとしても、製造の期間が大きな障害になってしまう。
納期問題を抱えている身としては今すぐにでも欲しいわけで、ボロくてもいいから中古か、もしくは所有者を見つけ、一時的にレンタル契約を結べるかどうか。
というか、この世界に海賊がいたら一番手っ取り早いのでは?
となると、高速で商業ギルドと傭兵ギルド、それに一応港も回って――。
どれくらい、大型船の入手方法を模索していただろうか。
「ん?」
ふと、吹く"風"が気になり、顔を上げる。
ここは海上なわけだし、ずっと潮風は吹いていたと思うが……
周囲を見回しても、360度海しかないので何も景色は変わらない。
が、徐々に頬を撫でる風が強くなり、レモラの死体がこちらへ滑ってくるのを見て。
「…………この氷島、動いてね?」
そんな疑念が口を衝いて出た時、既に俺は笑いを堪えられないでいた。











