545話 ボス談義
「あぁ、もう無理……しんどすぎる……」
疲労と痛みからその場にへたり込み、急激に回復した魔力で【神聖魔法】を連発しながら、流れるアナウンスをボーッと眺める。
さすが裏ボス。
まず【魂装】の結果がエグいことになっており、魔力『6288』とか、今までとは比較にならないほど大きな数字が表示されていた。
それにレベルだって一気に7も上昇したのだから、やはり強さの設定が表ボスとはまったく違うし、ソロとペアという違いはあるにしても、この上がり具合はキングアントより格上だったのではないかと思えてしまう。
収納から取り出した2つの魔宝石を見比べても、やっぱり今回の魔石の方が少し大きいしなぁ。
そして得られるだろうと思っていた称号のアナウンスも無事流れたわけだが――
「やっぱりステータスに影響しないタイプなのかな……」
せっかくならこの機会に判別できればと思ってステータス画面を眺めていたのに、スキル取得の段階ではその度に上昇していた数値が、称号獲得の時にはピタリと動きを止めていた。
スキルの【物理攻撃力上昇】や【魔法防御力上昇】のように、パーセンテージ上昇型でステータスの数値に反映されないパターンもあるにはある。
だからプラス効果なしと断定できるわけではないけど、せっかくならドドーンと全ステータスが1000上昇するとか。
裏ボス討伐というお祝いで貰える称号なのだから、分かりやすい形で大サービスしてくれてもいいのにと思ってしまう。
まぁそうは言っても、変動がなかったのだからしょうがない。
次だ次と気持ちを切り替え、新しく取得したスキルに目を向けていく。
まずは――、これか。
【紫水】Lv7 自身が扱う水に関する技能に限り、毒属性を与えた紫水へ変化させる 毒性の強さはスキルレベルによる 効果時間10分 魔力消費105
あまり好んで使いたいとは思えない、なんとも外道臭の漂うこのスキル。
しかし、相当強いことは間違いない。
先ほどまで散々苦しめられていたからというのもあるけど、この既視感ある詳細説明は、【白火】の親戚みたいなものだろう。
広域にも影響を与える属性強化や属性変化系が弱いわけはなく、それこそ【廻水】あたりと同時に使えば――とは思ってみたが、自分の身に着けている鎧が視界に入り、これは無しだろうと思わず首を左右に振った。
変色し、ボロボロの鎧を見てしまうと、よほどの急迫した場面でもなければ使用禁止だ。
使えば魔物にしろ人にしろ、素材として活かせなくなるのだから、貧乏性の俺にはとても扱いづらい。
それに効果時間の設定はあるにしても、一度毒に塗れた餌をジェネやウィグに食べさせるというのは気が引けちゃうしね。
では、一番レベル上昇が低かった【穢れた霧】はというと…………んえ?
こちらは詳細説明を思わず二度見。
自分の想像していた以上のスキルであることが判明し、驚きから変な声が漏れてしまう。
【穢れた霧】Lv4 黒く穢れた霧を生み出し、触れた者の五感を順に奪っていく 範囲、進行の速度はスキルレベルによる 魔力消費80
盲目だけかと思っていたら五感全てとは……なんと凶悪なことか。
一瞬、なぜ俺は盲目効果しか分からなかったのかと疑問に思ったが、たぶん"順に"という部分が重要になるのだろう。
つまり最初に奪われるのは『視覚』だということ。
検証すれば、それぞれの順番も判明するのだろうけど……うーん。
カルラに使うのはちょっと怖いので、これはどこかで野盗でも見つけた時に実験してみよう。
そして、暗霧がレベル10を所持していた【昇華】はというと、残念ながらグレー文字の使用不可になっていた。
たぶん、あの気体と固体を使い分けていたのがこのスキルだったのかな。
それならしょうがないというか、人の身体でそんなことできたら最強どころの騒ぎではないので、生物ですらない魔物だからこその特権と思って納得しておくしかないだろう。
まったく、そんないらぬ特性のせいで、期待していた魔物素材は魔宝石以外に一切無し。
これじゃまたカルラに笑われそうだと苦笑いを浮かべながら、周囲に目を向け頭を掻いた。
「あー……この地形、どうしよ……」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
翌朝。
泣きながらピストン回収した山のような土石を、あったらあったでいずれ何かに使えるかもしれないと。
そんな適当な理由からベザートの奥地に放出した俺は、その足でニューハンファレストの屋上に向かう。
「おはよー特に問題なし?」
「うむ。間諜だろうという者はチラホラ見かけるが、異世界人はあの【刀術】を持つ者以降――……って、どうしたロキ!? ボロボロだけど大丈夫なのか!?」
今日はスナイパーではなく、涅槃仏のようにだらしなく横たわりながら町を眺めていたリル。
こちらに振り向いた途端目を見開き、慌てたように転がりながら立ち上がる。
身体は治したけど、血だらけだし鎧の破損も酷いからなぁ……
でも真っ先に伝えるべきは、模擬戦にも付き合ってくれたリルだと思っていた。
それにリルならきっと、喜んでくれるかなって、そう思って。
「はは……ちょっとね。久しぶりに死ぬかもって思ったけど、それでもなんとか倒せたよ、裏ボス」
素直にそう告げると、驚きは一瞬で。
すぐにニカッと笑みを浮かべながら口を開く。
「お、おぉ!? そうか、倒せたのか! 良かったじゃないか。それだけボロボロにやられたということは……ふふ、やはり手強かったか?」
「そりゃもう、今まで倒した魔物の中じゃ断トツも断トツ、というか突き抜け過ぎだよ。デバフに特化したいやらしい敵でさ~あのキングアントより強いかも」
「ほう、それほどの魔物か。具体的に何をしてきたのだ?」
「それがさ、攻撃を片っ端から無効化してくる霧の魔物で――」
ワクワクしているリルに買ってきた屋台飯を渡し、二人で屋上から町の様子を眺めつつ、ボス戦談義に花を咲かす。
理不尽なボスの能力や強さに感嘆の声を上げ、それでも自分ならこうする。
こんな攻め手もあるのではないかと、そんなゲーマーにありがちな会話ができるのは、リルと、あとはゼオくらいのものだろう。
今日は目出度い裏ボスの初討伐、たまにはこんな時間があってもいいじゃない。
そんな気持ちで、小一時間ほどダークミストの攻略法や、キングアントはあの時どんな動きをしていたのか。
今まで聞いたことがなかった具体的な敵の動きなどを聞いていると、一区切りついたタイミングでリルがボソリと呟く。
「叶うのならば、私もそのダークミストと戦ってみたいものだな……」
たぶん、俺に聞かせようとは思っていない言葉。
だけど俺も頷く。
お互い、同じ気持ちだ。
相対する相手が強ければ強いほど燃えるリルは、俺が強かったと太鼓判を押すダークミストに興味を示し。
俺もまた、リルの話を聞いていると、あの時は観戦することすらままならなかったキングアントと叶うのならば戦いたい。
そう思ってしまうが。
「一応さ、もう一度出現させられないか試してみたんだ。けど、まったく同じ工程を踏んでもダメだった。長く時が経過した後ならまだ可能性はあると思うけど……そう上手くはいかないよね」
言いながらも魔宝石を取り出す。
再湧きの可能性を確認するために朝まで掛かってしまったけど、結局2度目は魔石を食わせてもポイズンクラウドが大きくなるだけ。
黒い霧に変化するようなことはなかった。
まぁ表ボスだって半年ほどのリポップ周期が存在しているのだから、裏ボスなら尚更に長い周期が設定される可能性もある。
それにたぶん、鍵になるのはこの魔宝石の存在だ。
相変わらず中は煙のようにモワモワと動いているのだから、こいつが"生きている"限り、再湧きしないのではないか。
勝手に可能性が高いと踏んでいるだけで確証は得られていないし、このタイミングでキングアントやダークミストの魔宝石をわざと『消失』させるなんて、そんな恐ろしい検証は怖くて試せないけど。
でもいつか、ゼオがかつて倒したという場所で再度同じ裏ボスが出現すれば、よりその可能性が高まるのではないかと。
そんなことを二人で話しながら、楽しいボス談義の時間は過ぎていった。











