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528話 呪いとは

 狩りを一旦切り上げ、下台地に転移すると外は明るい時間帯。


 腹の空き具合と眠気から、籠っていたのは半日にも満たない程度だろうと予想しつつ裏庭へ向かうと、ウィングドラゴンのウィグとブタ君が気持ちよさそうに寝そべっていた。



「あれ? ジェネとカルラは?」


「ジェネは向こうで薪を、カルラはゼオの所に遊びいった。それより主、腹が減ったぞ」


「……」



 寝そべりながら、器用に尻尾だけを左右へ振って方向を示すウィグ。


 このだらけっぷり、いったい誰に似たんだろうか?


 確かにここ最近は魔物を満足に狩れず、クイーンアント戦で持ち帰った大量の蟻の死体も、今は綺麗にバラされ跡形もない。


 だとしても一応Sランク魔物なんだから、自分で餌くらい捕ってこいって話だが……まぁいいか。


 ここからは死ぬ気で食ってもらわないといけないのだ。


 腹が減っているのなら、なおのこと都合が良い。



「ウィグ、食事の時間だよ。ここが溢れかえらないように頼むね」



 そう言って魔力の自然回復量を上回り、マイナスに転じ始めるほどにまで溜まった魔物の死体を目の前に放出した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「ふむ……それであの量になったわけか」


「そそ、Sランクの魔物は大概大きいけど、特にアースドラゴンが表ボス並みだからねぇ……」



 視界の先には、堆く積もった死体の上で動く2つの影。


 見学しにいったエニーと強制連行されたケイラちゃんの姿は見当たらないけど、早速仲魔の2体が食事も兼ねた解体作業に入っていた。


 まぁウィグの役割は硬い外皮を大雑把に切るくらいで、あとはただひたすら食うだけだが。



「売り物になりそうなお肉も食べさせちゃっていいの?」



 そう問うカルラに、驚くほど味が濃厚な竜の肉を齧りつつ頷く。



「いいと思うよ。半日くらいであの量だし、当分このペースが続くだろうから、いくら急いで解体したって間に合わないでしょ? かと言ってあのままの状態で他所のハンターギルドに持っていったところで、大抵は処理に困るだけだろうし」



 王都ファルメンタのオルグさんか、あとはロズベリアのオムリさん所に持っていけばSランクでもなんとかしそうな雰囲気はあるが、他の小さな町じゃバラすことすら難しいだろうからなぁ。


 少しずつ暖かくもなってきたんだ。


 放っておいて腐らすくらいなら、ウィグとジェネに食べてもらって、成長を促した方が有意義ってもんだろう。



「美味しい血が飲み放題なのは嬉しいけどさ。当面って、どれだけ狩るつもりなの?」


「諸々のレベル上げもあるし、他の階層にだって籠る必要があるから――、どうだろ。最低でも2週間くらいは通うんじゃない? それにまだ、目的の鉱石だって確認できてないし」


「うへ~」



 分かりやすくげんなりするカルラ。


 しかしその横で、酒のつまみに炙ったキノコを齧っていたロッジが、興味あり気に片眉を上げた。



「当ては外れたか?」


「いや、まだ分からないよ。デカいから多く見えるだけで、狩った数はまだ数百とかその程度だし。それに予想していた範囲で、その下の鉱物までは拾えてるからね」


「ほう、量は?」


「アダマントなら――、これだけ」



 そう言って机の上にゴロゴロと、重量感のある金緑色の鉱石を転がす。


 魔物が大きいと付着している鉱物も大きく、一つ一つがおにぎりくらいの大きさはあるわけだが、それでもバケツ一杯にも満たない程度の量しか集まっていない。



「半日でこれか」


「んだね。シルバーとかミスリルならこれの数十倍は拾えてんだけど」


「いや、十分過ぎるだろ。市場価値で言えばこれだけで軽く億はいく。探している連中が個人なら、2~3年掛けてようやく集められるくらいの量だ」


「へえ~まぁしばらくアダマントだけはベザートに流さないでこっちの資材倉庫に置いておくから、魔物素材も含めてロッジの好きに弄っちゃっていいよ。前と違って今は売り場もあるし、少量なら製品をそのまま現金化もできなくはないからさ」


「へへっ、ボス素材をようやく触り終えたってーのに、ここに来てからは暇になることがねーな!」



 そう言いながら顔はだらしなくニヤけてんだから、未知の魔物素材に触れることが楽しみで仕方ないんだろう。



「あーあと、リコさんにはコレね」



 渡したのは待望とも言える、城内部の魔物構成と所持スキルの一覧だ。


 結局、最後に纏めた上層のスキル構成はこのようになっていた。



 ・城内部(上層)


 アースドラゴン:【烈震】Lv4 【踏みつけ】Lv5 【丸かじり】Lv5 【物理防御力上昇】Lv3

 ミノタウロス:【咆哮】Lv4 【捨て身】Lv5 【底力】Lv3

 燃える竜:【発火】Lv3 【火属性耐性】Lv5 【灼熱息】Lv4

 青白い狼:【凍結息】Lv3 【俊足】Lv5 【爪術】Lv4

 孔雀:【呪術魔法】Lv4 【飛行】Lv2 【魔法射程増加】Lv4



 魔物の名前が分からないやつは、しょうがないのでそれっぽい特徴を残しておいたが、『真・魔物図鑑』を作ると息巻いていたリコさんなら喜ぶ。


 そう思っていたわけだけど――。


 肉汁滴る孔雀肉を握ったまま、小さく呻いたリコさんは具合の悪そうな顔色で俯いた。


 あれ……


 今までは魔物が所持するスキルの情報も喜んでいたのに、おかしいな。


 もしや一番当たりっぽく見えた孔雀肉が、実は大ハズレだったのか?


 【鑑定】じゃ可食って出てたんだけど……



「リコさん、大丈夫?」


「大丈夫ですけど、大丈夫じゃないです……」


「え?」


「だってこの上層って場所、遠くから何かをしてくる魔物が多そうですし、スキルを見るだけでも凄く強そうじゃないですか!」


「あ~それはねぇ。Sランク狩場だし、しょうがないと思うけど」



 口ではそう言いながらも、ここでリコさんが何を言わんとしているのか理解する。


 前回は鼻水がズビズビになるくらい無理させちゃったもんなぁ。



「Sランク狩場が見つかったらとは言ってましたし、やっぱりここで貢献を溜めるんですよね……?」


「ん~その予定ではあったんだけど……」



 新たなパワレベ会場になればいいとは思っていたし、そのための事前調査も狩りと並行しながら行なっていた。


 安全地帯とまではいかないが、各階層を繋ぐあの長い階段には魔物が湧かないのだから、万が一討ち漏らしたとしても、『封魔』の結界を張っておけばブレス系ならある程度は遮断できると思うが……



「ねえゼオ、【呪術魔法】の、特に呪いの効果ってどんなのか分かったりしない?」



 問題は孔雀が持っているコイツだ。


 麻痺と睡眠は死に直結しないのでまだいいとしても、毒と呪いの2つは対処の仕方がはっきりと定まっていないためどうしても怖い。


 特に呪いは、先日まで悪霊役をやっておいてなんだが、その効果すら俺自身がよく分かっていなかった。


 このままだと強い耐性がありそうなゼオと、あとは食らっても死ぬイメージがまったく湧かないカルラ以外は危なくて連れていけそうにない。



「以前にも言った通り、我も【呪術魔法】には詳しくないからな……」


「うん。だからせめて、ヒントになるようなことだけでも分かればなって。せっかく見つけたのに、このままじゃエニーの特訓の場としても使えなくなっちゃうからさ」



 そう告げると、ゼオはデカいキノコを咥えたまま瞳を閉じ、暫し考え込こんだのちにボソリと呟く。



「呪いとは、精神の汚染だ」


「ん?」


「毒は身体の汚染であり、直接表に現れるモノ。呪いは表面化せず、心を蝕むモノとされている」


「あーそういうこと」


「だが、何を以て心を病むかなど人それぞれだからな。呪いを放った者も受けた者も、その効果をはっきりと認識できないからこそ、具体的なことがあまり分かっていないのだ」


「……あまりってことは、一部は分かってるの?」


「強力な呪いを食らった者の末路なら、少しはな。気が触れて周囲と自身を傷つけ、最後は望むように死へと至る」


「マジか……」



 うーん。


 これは、キツイな。


 呪いの影響を受けているのか、いないのか。


 受けていたとして、どれほど進行が進んでいるのかも分からないのでは、俺自身だって気付いていないだけでその影響を――


 そう思っていた矢先、ゼオは先ほどからリコさんの手元にある、魔物のスキル構成が書かれてた木板を手にした。



「ふむ……ロキよ、【神聖魔法】は所持していないのか?」


「ん? 持ってるけど」


「ならばそこまで心配する必要はない。この魔物が所持する【呪術魔法】はレベル4、ならば【神聖魔法】のレベル4以上であれば効果を打ち消すことができるはずだ」


「え? そういうことなの?」


「【神聖魔法】と【呪術魔法】は対なる存在だからな。このように【呪術魔法】を放つ対象が特定できており、かつレベルがそう高くないのであれば大した脅威にはなり得ん」



 言い換えれば姿を見せない高レベルの【呪術魔法】使いだと、とんでもない脅威になり得るということだが……


 まぁ今はいいか。


 俺の【神聖魔法】はレベル4。


 ギリギリだろうと間に合っているのだから、魔力消費さえ気にしなければ蓄積したデバフは浄化できる。


 となると、飛び跳ねるほどSランク狩場の発見を喜んでいたのもいるし、まずはこちらから先に試してみるべきか。



「よし……それじゃあ一度、戦える人間で潜ってみようか」



 目的のうちの1つ。


《夢幻の穴》をゼオ達の修業の場として活用する場合、俺抜きでも上層がなんとかなるのかどうか。


 そのことを、興奮した様子で戻ってきたエニーにも伝えた。

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