517話 魔王が去ったあと①
教師が整地したことで戦闘の跡もすっかり消えた、クルシーズ高等貴族院の第一修練場。
そこには休校明けの学院生徒達が集められ、国の役人やセトナ学長が改めて事態の説明や今後の学院方針について語っていた。
と言っても生徒の多くは成人前の子供達。
それなりの教育を受けてきた者が多いとはいえ、小難しい話となれば興味は薄く、この惨事がガルムの内戦によるものだとして、いったい誰が自分達を助け、今後この学院は大丈夫そうなのか。
休校中に様々な噂が飛び交っていたこともあり、生徒達の話題はその2点に傾注していた。
身銭を切っていない子供達に、逃がさないための授業料免除や寮費の値引きなんて、どうだっていいのである。
そして、自分が行くと言って聞かない王をなんとか宥め、自らこの場に立ったガルム国軍のトップ、ハーゼン騎士総団長から語られる真実。
その内容に生徒達は大きくざわついた。
――竜を引き連れ生徒達を一時的に避難させたのは、エリオン共和国の元首であり異世界人の一人であるハンスであること。
――それまで学院を一人で護り、今も残る外周の巨大防壁を築いたのは、第五の異世界人でありアースガルド王国の王、ロキであること。
――そしてこの地を攻めた黒幕が、異世界人であり四強の一角とされるアルバート王国のマリーであること。
二人からは公表の許可を得ているため。
また反乱軍や傭兵などの供述から、マリーがこれまで以上に明確な敵であると判明したことで、特に最後は遠慮や配慮なんてものもなく。
この学院と皆の命を狙ったのはマリーでありアルバート王国なのだと、怒気も孕んだ強い口調で告げられた。
そして、その後の様子を食い入るように見つめる数名の大人達。
「ふむ……あの二人の印象がよほど強かったせいか、今は興奮している生徒の方が遥かに多いようですが、やはり、反応は様々ですな」
「それはそうでしょう。特にアルバート王国出身の子達は相当混乱しているでしょうから」
国が大きく、そして比較的近くでもあるため、アルバート王国出身の生徒はこの学院にも多い。
学長達がそのような感想を漏らした通り、生徒の大半は興奮した面持ちだが、愕然とする者や蒼褪める者。
中にはアルバート王国出身と思われる生徒を強く睨みつける者までいた。
生徒達の関係性を分かつ恐れもある、危険な言葉を吐いたことは学長や役人、それに今しがた説明を終え、檀上から降りてきたハーゼン本人も理解していたが……
それでも、ただ黙って事態を見守りながら防衛に回るつもりはない。
この場にいる大人達は事前に協議を重ね、強い覚悟をもって生徒達への説明に臨んでいた。
「ふぅ……必要不可欠なことだと頭では分かっているが、それでもあまり気持ちの良いものではないな」
「仰る通りですな、ハーゼン騎士総団長殿。しかしこの場にいる子供達の多くは"特別"、それこそ扱い次第でガルムにとって毒にも薬にもなります」
「承知している。だからこそ我らは、ガルムにとっての特効薬となり得るこの子達を、なんとしてでも守り通す責務がある」
「ええ、あとはお任せください。ここからは私の仕事、各方面に不和が生じないよう、偽ることなく事を進めていきますので」
今回マリーは、アルバート王国出身の子供達を事前に逃がすことなく、学院を含む王都の攻撃に踏み切っている。
この事実は重く、そして実際に命を狙われ怯えながら逃げ惑った、生き証人とも言える子供達がこの場に多く残されたのだ。
これがただの子供であれば大した影響も見込めないが、親の多くはそれぞれの国で相応の立場と力を有する権力者。
そのような者達が、マリーに命を狙われたと、大事な子供に泣きつかれればどう思うのか。
各国にはアルバートでありマリーに対して、今まで以上に強い敵対の感情を残すように仕向け、特に戦争の機運が高まったパルモ砂国とテリア公国には、その関係に大きな亀裂が入ることを期待して。
またアルバートそのものに対しては、直接的な手段までは取らずとも、国の中枢をグラつかせ、国力の低下と内部崩壊を誘う。
その程度の反撃くらいは当然のように狙っていた。
再び壇上に上がったセトナ学長は、一度生徒達を見回してからゆっくりと口を開く。
「当事者である皆さんにはこうして事実をお伝えしましたが、くれぐれもアルバート王国出身の生徒達に憎しみの目を向けないでください。亡くなった生徒の一人もアルバート王国の出身……この場にいる皆さんが同じ被害者であり、原因は被害も顧みずにこの国を手に入れようとした異世界人マリーにあるのですから」
この言葉に、それもそうかと。
飛び交っていた刺々しい眼差しは分かりやすく和らいだが、しかしそうなると新しい問題も生まれてくる。
「それで、結局ここは安全なんですか! 国内の争いは解決したって言いますけど、僕は命を脅かされてまでこの学院で学びたくなんてない!」
「そ、そうですよ! 第五の異世界人はここの生徒なんですよね? また何かあれば、彼が守ってくれるんですか!?」
当然とも言える、生徒からの疑問。
これにセトナ学長は、予め用意していた答えを返す。
「ロキ王の入学はもとより一時的なもの。今回で目的を達せられたわけですから、もう既に学院を去っています。なので皆さん、安心してくださいね」
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「ちぇ~、もう魔王に会えないのか」
「残念、一度お話ししてみたかったなぁ」
「そうですね。楽しみにしておりましたのに」
「ねっ! 物語の魔王ロキみたいで怖そうだったけど、凄かったし、なんかカッコよかったし!」
「わ、私は魔法のことが聞きたかっただけで――」
「でもさ、これでこの学院も安全になったってことなんだろ? なら良かったじゃん」
セトナ学長から告げられた言葉に、多くの生徒は思い思いの感想を漏らしながらも、どこか安心した様子を見せていた。
王子や王女という立場ならまだしも、一国の王がなぜこの学院に生徒として在籍していたのか。
そもそも学院にいたことすら知らなかったのだから、理由なんて尚更に知るわけがない。
が、子供達からしても、王が生徒という立場になるなど、明らかに普通ではないことくらいすぐに理解できる。
そのため先ほどの言葉から、異世界人ロキはこの学院を予め守るために潜伏していたのではないかと、そのように考える者が多くいたのだ。
事実として、上空から大地を埋め尽くさんばかりの兵士と対峙している姿を生徒達は目撃しており、学院が戦場になるという警告と避難指示の後は、四方から襲い来る凶賊を迎撃し続けていた。
学長が偽りのない範囲で仕向けた結果ではあるが……
自然とそう判断し、そして納得してしまう事由は、各生徒の中にいくつも存在していたのである。
しかし――。
中には別の考え、別の反応を示す者達も僅かながらにいた。











