506話 行く手を阻む者
(あれは、なんなんだろうな……)
学院の敷地に横たわる、4体の巨竜。
大きさや色はまちまちだが、どれも表ボスの比ではなく――、っていうか、興奮し過ぎてもうヤバい。
一番大きいのは100メートル以上ありそうだし、語彙力が崩壊するほどいかつくカッコ良過ぎな竜である。
単純な大きさだけで言えば、地下にいる腐敗のドラゴンの方がさらにデカいけど……
それらを4体も使役しているハンスさんにまず驚くし、そもそもこの竜はどのランクなんだって疑問も湧く。
明らかに、うちの覚醒体予備軍であるウィグよりも強いのだ。
それはもう、段違いと言ってもいいくらいに。
ガハガハ笑いながら飯ばかり食っているウィグは、あれでも一応Sランク魔物。
となるとそれ以上は確実なわけで。
SSランク狩場とか聞いたこともないけど、どこかに生息しているのだろうか?
それとも自力であそこまで育て上げるのか?
スキル構成も面白いし、ヨダレが出るほど興味深い魔物だ。
これは落ち着いたらダメ元でも、ハンスさんにおねだり作戦を実行してみるとして――
「こっちはオッケーです。完全に塞いだんで、もう追加で侵入者が入ってくることはまずありません」
「おう、了解。にしてもすげーな……やることが派手過ぎんだろ」
「いやいや、ハンスさんには負けますから。ちなみにどうですか? 一気にいけます?」
今も生徒達が教師陣に誘導されて、それぞれの尻尾からおっかなびっくり竜の背中に移動している。
まだ内部に潜む侵入者は駆逐できていないし、防壁も俺と同じように【精霊魔法】が使えるなら戻すことは可能。
それこそ地面を押し上げただけなので、【土魔法】だって時間を掛ければ戻したり穴を開けるくらいのことはできるだろう。
だから生徒を、安全な場所へ移動させる。
それが一番手っ取り早いと思って、防壁を作るよりも前に、ハンスさんへ『ここで借りを返してくれ』と。
転移してまで真っ先に応援要請したわけだし、いざとなれば東側には誰もいない方が気兼ねなく戦えるからな。
誰かを守りながらというのは、酷くストレスが溜まる。
「そのためにコイツらを連れてきたんだ。一遍に運んじまう」
「おぉ~さすが……それじゃ今のうちに残っている連中を始末してきますので、もし反乱軍が来ちゃったら生徒の護衛だけお願いしますね」
「おう。ただ約束通り、ガルムの内戦には参加しねーぜ?」
「ええ、そちらは僕一人で対応しますし、相手の反応次第では争いにならないよう説得するつもりですから」
「説得ねぇ……まぁいい、こっちは任せておけ。ここに辿り着いている生徒の命だけは保証してやる」
そう言ってパチンと指を鳴らした途端、生徒達を囲うように四方を向いて待機していた巨竜がそれぞれ大口を開く。
エグいな、これは……
こんなの自ら喰われに行くようなもんだし、まともな神経の持ち主ならビビッて近づけないだろう。
借りをいきなり消費したのは痛いが、ハンスさんに任せておけば間違いはない。
そんな安心感からホッと一息吐いて、俺は【飛行】を開始。
まだ生き残っている侵入者から強引に情報を拾いつつ、逃げ遅れている生徒を探して回った。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
魔物である赤兎馬との配合によって生まれた『赤馬』は、そのスピードもさることながら、スタミナも通常の馬とは大きく異なる。
とりわけ血の濃い最上級赤馬ともなれば、魔石を持たない動物の枠であっても半日は走り続けると言われるほど。
軍として足並みを揃えても驚異的な移動距離を叩き出すことに変わりなく、朝から移動を続けていた東部反乱軍は、昼過ぎに目的地となる王都近郊へ辿り着いていた。
殲滅ではなく軍の通過を優先したため、王政派に生き残りがいないわけじゃない。
既になんらかの形で侵攻の情報は得ているだろうが、それでも止まらずに南北へ分かれ、このまま王都に対して挟撃を仕掛ける。
――その予定であったが、先頭を走るロイト・シュトラング子爵が突如移動の速度を緩めたことで、軍全体が詰まり始める。
王政派の軍がもう東部に出張ってきたのか?
後続を走る騎士や兵士達がそう思うも、次第に全容を現し始めるソレに戸惑い、多くが言葉を失った。
そして完全に停止する、軍の行進。
「……エキネ、私はまた、幻を見ているのか?」
「いえ、大丈夫です。私も見えておりますので」
「では、通い慣れたはずのこの道を私は間違えたとか?」
「それもないかと。ここまでは見覚えのある光景が続いておりましたから」
「では、道を塞ぐアレはなんなのだ?」
「山、でしょうか。なぜあるのか、皆目見当もつきませんが……」
本来ならば、このまま進むと正面に学院を覆う防壁や見張り塔が現れ始め、街道は北と南門に続く左右の二手に分かれるはずだ。
しかし、その手前。
街道が分かれるより前に、高さ300メートルはあろうかという断崖絶壁が聳え立っていた。
このまま左右に分かれたとして、道無き草原をひた走れば門に辿り着けるのか?
それすらも左右に渡って崖しか見えないのでは判断がつかない。
そんな状況に業を煮やしたのか、ダムラット辺境伯や他の指揮官までもが先頭にやってくる。
「動きを止めた理由はこれか……」
「ええ、辺境伯はこれに、何か思い当たる節がおありで?」
「いや、まったくない。間諜の報告に間違いがなければ、昨日までは存在していなかったはずだ」
「となれば、魔法なのでしょうが……あまりにも規模が大き過ぎ……ん?」
最初に気付いたのは、見上げるように崖の上を眺めていたカーマン・テリウム子爵だった。
頂上付近から、小さい何かが飛び出したように見えたのだ。
「なんだ……?」
距離はある。
だからその黒い点のようなモノが最初は何か分からず、暫く目で追っていたが……
「……ダムラット辺境伯、人です。人が、浮いて……こちらに向かってきております」
「なんだと? 黒い何かが浮いていることは分かるが……鳥ではなく、真に人なのか?」
「間違いありません」
「……」
その後、続く言葉はなく。
代わりに、何人かの息を呑む音だけが聞こえた。
空を飛ぶ者――、その噂をダムラット辺境伯や指揮官だけでなく、多くの者達も耳にしたことがあったためだ。
第五の異世界人、ロキ。
もしそうであるならば、目の前の理解し難い現象にも自ずと納得ができてしまう。
だが、なぜこの場に……?
混乱から抜け出せずにいると、宙を浮いていた男は静かに地面へ降り立った。
そして真っすぐにダムラット辺境伯を見ながら言う。
「探す手間が省けて助かりましたよ、ダムラット辺境伯」
なぜ、異世界人ロキは辺境伯を――、反乱軍の長を知っているのか。
周囲の者達は疑問に思いながら武器に手を掛け、庇うように身体を前に出すが。
「僕はロキと言います。まず最初に言っておくと、今この時点で僕はあなた達の敵でもなければ味方でもない。ただ強引にここを抜け、王都に向かおうとすれば『明確な敵』と判断するしかなくなりますのでご注意を」
このなんとも言えぬ言葉に、シュトラング子爵は構えを解かぬまま、武器を抜こうとしていたその手を静かに、そしてゆっくりと離した。
これだけの聖王騎士を前に、一切物怖じしていないのだ。
目の前で空を飛んだこともそうだが、この肌がひりつくような只ならぬ雰囲気は間違いなく本物。
下手に刺激を与えてはこの好機を潰すことになると理解し、周囲の人間にも目で促す。
そして――。
ダムラット辺境伯とロキとの、約10万に及ぶ反乱軍の命を天秤に掛けた対話が始まった。











