481話 貸し一つ
調査開始から10日後。
予定通りハンスさんの下へ向かうと、もう慣れた様子で建物の中へ通される。
前回と同じ部屋、既にエリオン共和国の重鎮達も待機していた。
「わざわざ済まなかったな」
「いえいえ、ほんのついでですから」
マッピングを行い、各地に点在する狩場を見つけ、自らを高めていく。
結果的にグレー文字ではあったが、【麻痺針】はレベル6までもっていけたし、他にもいくつか魔物専用スキルのレベルを1つずつ上げられた。
10日程度の探索結果としてはまずまずの内容だろう。
「確定的なのが1件と疑惑が1件。マリーというよりはアルバート王国としておきますけど、スチア連邦で動いているのは間違いなさそうですね」
「そうか……具体的には何をしていた?」
「1つは魔物素材の収集です」
言いながら、予め回収していた素材を机の上に置く。
「蟻の頭部と、蜂の腹か……?」
「ですね。スチア連邦の中央よりも東部寄り、乾いた土が大きく盛られたBランクの狩場は知ってます?」
「あーっと、確か"魔物塚"って呼ばれているヤツか。穴から魔物が這い出てくる土が剥き出しの山だろ?」
「それです。そこのナワバリは猪の獣人で間違いないと思うんですけど、その狩場に多くの人間が入り込んで取引をしている様子でした」
「ドズル、あの魔物塚のナワバリは猪の連中で間違いないか?」
「間違いありません」
「だとしたら普通じゃありえねー話だな。本来なら人間なんて見かけたら武力行使で追い出すような連中だ」
「僕が行った時は平和に共闘していましたけどね。猪獣人はサンドワームを、人間はこの素材を求めてそれぞれ狩った獲物をトレードし、荷車を使って東の町『スティナ』に運ばれているところまでは確認しています。ちなみに『スティナ』は森を抜けた先にあるアルバート領土内の町になりますね」
「獣人は食料と皮を、アルバートは――、チッ、狙いは『酸液』と『麻痺薬』か?」
「それしか考えられません。そして猪の種族がアルバート側に落ちていることもまず確定でしょう。接触を避けるために住処は一切調査していないので、具体的な見返りまでは定かじゃありませんけど」
「いや、十分だ。そっちは俺らの方でやるから気にしなくていいとして、もう一つの疑惑は?」
その言葉に、もう一度頭の中で情報を整理する。
こちらは何を目的にしているのか、魔物塚と呼ばれる狩場と違ってはっきりとは見えてこないからだ。
「スチア連邦の南部に、一部が狩場にもなっている広い湿地帯があるのはご存じで?」
「あることは把握している。リザード種の連中がナワバリにしている一帯だろ?」
「でしょうね。竜にも蜥蜴にも見える姿をした、それこそファンタジーの世界でよく見かけるような雰囲気の人達がいましたから」
「確かあそこには……あぁ、睡眠薬まで狙ってやがるってか?」
「【胞子】を振り撒くマイコニドがいたので、どうやって抽出するのか分かりませんけどその可能性もあると思います」
「ん? そこがはっきりしないから疑惑ってことか?」
「それもありますね」
「んん?」
ハンスさんは疑問を浮かべた表情をしているけど、俺だって同じなのだ。
知った情報をそのまま伝えて、あとはこの人達に判断してもらうしかない。
「僕が知り得た情報をそのまま伝えますと、スチア連邦南部からアルバート王国に抜けるような人の動きまでは確認できませんでした。ただマリーが【空間魔法】持ちということを考えれば、どこかに集積して一気に回収という方法も取れるので、はっきりとしたことは言えないというのが一つ。そしてもう一つ、僕が一番納得できていないのが、先のBランク狩場よりも強い連中が複数人その湿地帯にいたことです」
「それは、人間ってことだよな?」
「もちろんです。マイコニドの生息していた湿地帯はDランク相当、どう見てもAランク、もしくはそれ以上の連中が適正の狩場ではありません。リザード種と交戦という雰囲気もなく、既に立ち入る許可は得ており、その上で狩場とは関係のない場所を徘徊している様子でした」
「……」
さて、俺の知り得た情報でこの人達にピンとくる何かがあるのか。
少なからず期待して反応を待つも、沈黙が続いている時点でかなり厳しそうだな……
「具体的にどの辺りを徘徊していたか分かるか?」
「いえ、湿地帯の中でもかなり奥、それこそ険しい岩山が聳え立つその周辺としか。上空から眺めようにも連日霧が凄くて、はっきりとした規模や活動範囲が分からなかったんですよね」
「あそこは常に霧が立ち込める地帯だからな……現実的に最も可能性が高そうなのは、うちに裏から入り込むためのルート探しか」
「ちなみに『外』と呼ばれていた南東部の方面はどうだったんですか?」
「俺も境界付近を直接確認しに行ったが、あの反応からしてまず間違いなくマリーの手には落ちてねーな。生活環境が変わっている様子もなかったし、どこに顔出しても"立ち入るな、何も求めていない"の一点張りだ」
「となると、差し迫って戦争に発展するほどの事態というわけでもなさそうですかね」
そう告げるも、ハンスさんは頬杖を突きながら、未だかつてないほど険しい視線で机の上に置かれた地図を睨む。
その姿は俺が見ても怖いと思えるほどだった。
「だと良いがな。俺も直接状況を確認してから族長連中と会って、あとはアイツらの反応次第だ。狙いが他所であるうちは干渉するつもりもねーが、もしうちに狙いを定めて何か企んでやがるなら先手を譲るつもりもねぇ。それこそ俺が丸ごと潰してやる」
「……進展があったら教えてください。鳥が届けてくれる手紙で十分ですから」
「これだけ協力してもらったんだから当然だ。ただそれ以外にも相応の礼をしないと、国のメンツに係わっちまうな。ロキ、何か俺に協力できることはねーか?」
「え、急にそんなこと言われても出てこないんですけど」
「別になんだっていいぜ? 貸し一つにしておいてもらってもいいしな」
「うーん……じゃあ、貸し一つということで。ただその前に事実確認だけやっちゃってくださいよ」
一瞬【空間魔法】の件でもお世話になったし、たんぽぽちゃんを譲ってもらえればそれでいいかくらいに思ったけど、さすがにハンスさんの貸しは重さが違うからなぁ……
ここは慎重に、ハンスさんの協力が本当に必要と思った時のためにとっておこう。
そう考え、少しだけモフモフさせてもらったあとにベザートへ向かった。
はぁ。
それにしても、クアドになんて言うかなぁ……